第115話「至極一般的に善良な悪女達」
悪い女達がいた。しかも五人。
とある貴族の五男坊を各自が恋の心と色気で籠絡し、多額の金銭を奪っていた。
それを家族のため、仕事のため、夢のため。自分達にとって大切なものに消費した。必要ならば高価な服や宝石飾りもためらわず手を出した。
そうして罰を受けて、大事なものを失いかけた。
人生がめちゃくちゃだと罵る感情と、ツケのまとめ払いだと諦める理性がせめぎ合う。
女達にとって悪いことは何一つしていないつもりだ。それでも他者の好意を利用して、金を奪っていたのは事実。
すると恥も外聞もなく走り回った貴族の五男坊がやってきて、真顔で「助ける」など言うものだから、「お前のせいじゃーい!!」と痛烈な平手打ち。
感情に振り回されてる内に、トントン拍子に話がまとまった。噂好きのおばさんが「アンタ達も大変だったね」と同情する始末。
何にも悪いことしていない加害者から、冤罪をかけられた被害者へ。悪女五人はそれにちゃっかり乗っかった。
そうそう、何も悪くない。
貴族って偉そうで、圧力かければ折れると思ってる酷い奴だから。
住宅街で慎ましく暮らす女達は、悪い男に騙された――なんて。
馬鹿みたい。
悪女達だってわかってる。すっごく阿保みたいにお人好しな五男坊が、走り回ってくれたおかげ。
優しさが空回る勢いで「悪者になってくれた」くらい、見せかけの恋に付き合ってた女達は知っている。
いい女は騙されてあげるの。場末の酒場を盛り立てる綺麗な熟女の言葉は、悪女達を諭す優しいものだった。
じゃあ悪い女はどうしようか。
なんか竜が出てきて国を滅ぼそうとしてるし、魔物の軍勢が迫ってきてるとか、聖女を生贄にとか大混乱。
世も末。教会に駆け込むのも馬鹿らしくて、人生最後はどうしようかと哀愁を漂わせて考えてみるのも一興か。
優しかった。
けれど正しくない。
間違えたまま終わるのは、きっと悪いことだ。
家族達を住宅街の中でも比較的安全な場所に置いて、気怠げに歩いた先で。
悪女五人組は約束もないまま集まって、お互いの顔を見合って侮蔑するように笑った。恋敵ですらないし、あの男さえいなければ繋がらなかった他人。
普段の状況でばったり出会えば完無視一択の、もしも話し合うことがあれば罵倒と掴み合いの醜い惨状展開間違いなしな相性。
でも共感した。
「やっほー、孤児ちゃん」
飄々とした明るさのサナが声をかけたのは、根暗美人なミランダ。金ヅルを寝取られた覚えのある関係。
「世の終わりよ?お肉を食べなくていいの、鶏ガラ女」
「脂身好きじゃなーい。孤児ちゃんの胸を見てると胸焼けするもん」
「知能の低い会話」
火花を散らし合う二人の会話に入り込んだのは、眼鏡がよく似合う知的なクラリス。しかし胸元や太ももは大胆に曝け出し、禁欲と色気の格差で相手の思考を揺るがす格好である。
「ガリ勉がなんか言ってるよ?」
「底上げ養殖が天然物の谷間に勝てるとでも?」
「ど、努力の価値は万民に通じるものです」
「はわわぁ。怖いですねぇ」
ふわふわした口調で場を和ませようと見せかけて、自分を一番可愛く演出するニーアは、プルプルと震える子羊のようだ。
その下が肉食獣であることは悪女達にはお見通しで、下半身の無節操さはすけべ野郎と揶揄されるおっさんよりも酷いものである。
「ジェーンちゃんもそう思いますよねぇ?」
「同類扱いしないで。ウチはあの馬鹿が複数交際してたの知らなかったんだから」
土木工事、街路整備などの力仕事で焼けた肌のジェーンは、うんざりした様子で喧嘩する四人を突き放す。
汚れた作業着や粉塵防止眼鏡など、仕事上がりの姿。工具箱を片手に、竜が火を吹く壁へと視線を向ける。
「つーか、ウチは付き合ってるつもりなかったし」
「お金もらってたくせに」
「援助交際じゃなくて貴族様の偽善だと嗤ってたんだよ」
ジェーンの一言に、四人の悪女達は揃って同じ笑みを浮かべた。
わざわざ住宅街まで足を運んで、女を取っ替え引っ替えしながら夜を楽しむ貴族の五男坊。後ろ暗いことしか感じない内容だ。
それでも満足できるお金を貰えるならば文句なし。各自の欲を満たし、相手の要望を叶えて釣り合いが取れた関係性。
どうせ本命は他にいると、五人とも理解していた。
いつだって優しくて、楽しいことを話してくれて、重くならないように気軽にやってきては身軽に去っていく。
こちらを気遣うくせに、踏み込まれることを怖がっている。最もわかりやすいのは「一番」を使わないこと。
綺麗、可愛い、聡明、明るい、真面目。五人の長所を褒めることはあっても、一番だと認めてくれない。
軽薄な男。
噂好きのおばさんの話では、壁上で貧民街の住人達を匿っているとか。
国の終わりでも嫌になるくらい優しくて、愚かなくらいお人好しな性格は変わっていないらしい。
「じゃあ決まってんね!」
「今度こそ逃さない……」
「きっちりはっきりさせますよ」
「ぷみゅぅ、頑張っちゃうぞぉ」
「よし、行くよ!」
いい女は悪い男に騙されてあげる。
けれど悪い女はいい男を正してあげるのだ。
そんな悪女五人衆の背後を走り抜けていく、絶世の美青年――大神官。
『イケメン!!!!』
「いきなり輪を乱すな!」
ジェーン以外の四人が目をギラつかせ、コソコソと追いかける。
仕方ないので真面目なジェーンも付き合いで走り、そして――。
目撃してしまう。
処刑人を救おうと足掻く、馬鹿な美形の姿を。
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心臓まであと少し。
手に力を込める処刑人の気配に、間抜け騎士と酔っ払い騎士が動き出そうとした矢先。
『ちょぉっと待ったぁ!!!!』
騎士二人の背中を容赦なく踏み越えて、悪女四天王は大神官の周囲を取り囲む。
五人の唯一の良心であるジェーンだけが騎士達を気遣って声をかけるが、ピンヒールが肩甲骨の間に刺さって痛かった酔っ払い騎士は返事もできない。
その間にも悪女四天王はここぞとばかりに大神官の胸筋や背筋、言葉に出せないような場所まで遠慮なく触れる。
「イケメンを傷つけるのは世界の損失だし!」
「讃美歌まで美しい完璧美形……ちゅき」
「あ、ミランダさんずる……はしたないですよ!?」
「意外とあそこ大っきいんだぁ……じゅるり」
処刑人、生まれて初めての意味不明さだった。
悪人ばかりを切ってきた。仕事のため、あらゆる罪に罰を与えてきた。
しかし目の前にいる悪女達を、処刑人は「一般人」にしか見えなかったのである。
「庇ウナラ、同罪。殺ス」
殺意を滲ませて警告する。
「え?まじ?一抜けー」
「あー、美形に命をかけるのとか、ちょっと……」
「これは極めて賢明な撤退です」
「聖職者ってつまみ食いしにくいんだったぁ」
あっという間にさっと身を引く悪女四天王。
血が流れすぎて判断力が落ちた大神官は、世の無情さを少しだけ嘆く。やはり女神様が一番慈悲深い気がしてきた、など思考が単純化している有様だ。
邪魔をしてきたが、警告に従う善良な市民。処罰対象外として認識し、改めて大斧に力を込める処刑人だった、が。
「あのー、ちょっといいかい?」
悪女五人衆の良心、ジェーンが恐々と声をかけるのであった。




