第111話「連鎖も重ねて響く反応」
人型スライムは王城を去った後、聖女達の動向を知らない。
同じように聖女達も人型スライムがどうして王都に残っているかを知らない。
住宅街から聞こえる粉砕音とちょっとした悲鳴を背景に、お互い睨み合うような状況に陥っていた。
「円陣!」
聖女の一言で護衛騎士達は肩に手を置いて、頭を突き合わせる姿勢になる。奇妙な組体操に驚く人型スライムは、何かの儀式かと警戒の眼差しを向けた。
ごにょごにょと内緒話を目の前で行っても、不自然にならない。それが聖女の認識ではあるが、護衛騎士達からしてみれば騎士達の反省会の苦痛を思い出す。
中腰姿勢。相手の肩に手を置くため、常に腕を上げている。小さな体の者に合わせて膝も曲げなくてはいけない。筋力が試される。
「よくわからないですけど、ライムさん見つけられましたよ!」
「しかしライム殿には不思議な力があるので、取り戻されたら逃げられてしまうのは確実です」
「たぶん洋燈がないとそれは使えないと思います。今がそんな状況ですし」
「まあ貧民街の浄化には協力してほしいでござるなぁ」
「じゃあこれから取る行動は……」
話し合いは短時間で終わる。魔導騎士よりは短くとも、人型スライムとの付き合いは長いという自負がある。
たとえそれが三ヶ月にも満たない時間であったとしても、目的に関すること以外を隠していなかった人型スライムの力量についてはある程度把握できた。
付き合っていられないと人型スライムが一歩踏み出した矢先、騎士達は散らばった。表通りとの交差点から左右と屋根上という三通り。
間抜け騎士が右、酔っ払い騎士が左。屋根上には聖女を抱えた男装女騎士がひらりと跳躍。そのまま壁へと向かって走り出した。
青い瞳が直線を辿るように視線を動かす。今にも切れそうな縁の糸を探そうとした、頭上を覆う影に集中力が途切れる。
巨体の人間も折り畳める蟹。横を意識した一番大きな二本腕と、上下の圧縮を主とした補助腕が二本。それ以外は歩行のために細い裏路地の壁をガリガリと引っ掻く始末。
「足止め役を買う拙者は働き者でござろう?」
「知らん」
淡々とした声音で返事をしながらも、人型スライムは背中を向けて逃走。
建物に引っ掛かるような移動しかできない巨大蟹では、どれだけ足が遅い相手でも追いつけない。
蟹の背中に乗っている魔道具愛好騎士はニヤニヤと笑いながら、住宅街から聞こえてくる異音の方向を確認する。
住宅街でも混乱の声が広がっているのか、叫び声や救助を求める悲鳴が上がっている。それは中心部へと進んでいた。
「んー、こんなにあっさり騙されてくれると、悪い気がするでござる」
人間の嘘や騙し合いを知っているようで、目の前のものを信じてしまう性質。
それは人間では捉えられない巡り合わせを視認しているかどうかまでかは、魔道具愛好騎士も把握していない。
とりあえず聖女の作戦通りに行動しようと、魔道具の蟹を操作して住宅街を通って壁へと向かう。
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曲がり角で間抜け騎士とぶつかりそうになった人型スライムは、怯えた顔で逃げ出すのを目撃する。
縁の糸を視認する前に遠ざかる距離に舌打ちし、間抜け騎士の背中を追いかける。大盾を背負っている上に、元から脚力は騎士の平均以下のようであった。
追いつけそうだと考えて手を伸ばした矢先、大盾を背負ったまま時計塔の壁へと体を密着させた。
振り返って対面する。間抜け騎士は恐怖に顔を歪ませており、逃げ場がないように時計塔の壁に大盾を押し付けている。
飛び出た車輪が高速回転し、人型スライムの目前で射出される間抜け騎士。情けない悲鳴が遠くなり、あっという間に時計塔の上空へと駆け抜けていく。
聖女からしてみれば上下運動のジェットコースターやロケット発射に例えられるのだが、どちらも知らない人型スライムはポカンと口を開けて見送った。
間抜け騎士の着地を見届ける前に、大振りの攻撃を躱す。身体能力の低さのせいで地面に転ぶ体勢で、手のひらに摩擦の熱が伝わる。
五体投地の如く派手に倒れた人型スライムに、酔っ払い騎士は目を丸くする。あまりにも運動神経が悪すぎて不安になるが、あっという間に立ち上がる光景を目の当たりにした。
痛覚が鈍い。青い瞳が無機質に睨んできても、痛みによる怒りなど浮かんでこないのだ。
「そういえば浄化遠征の時はありがとさん」
「……?」
「あれは俺の夢じゃなかったよ」
未知の技術を目の当たりに目を輝かせている職人達を前に、その応用を楽しそうに思いつく魔道具愛好騎士を横に。
長い時間をかけて気づいた、ちっぽけな話。それがどれだけ凄まじい革新だとしても、酔っ払い騎士の「理想」ではなかった。
誰かを想って、丁寧に仕事をする。仲間達の武器を作った時の高揚感こそが、酔っ払い騎士の目指すべきもの。
「だから世界の終わりなんてごめんだね」
「……」
「俺は誰かさんが好きなんだ」
まだ見ぬ人物には、どんな武器が最も実力を発揮できるだろうか。
全盛期を過ぎてから火花のように現れた夢は、生涯辿り着けない遠い星のようで。
届かないからこそ、期待と不安で動き出したい。手を伸ばして、足を前に進めたくなるばかりだ。
「生きてくれよ」
「それは地獄だ」
王城での出来事を知らない酔っ払い騎士には、その単語に込められた感情全てを推し量るのは難しい。
しかしどうでもよかった。表面上はお願いでも、根底にあるのは頑なに譲れない意志。世界の終わりという理不尽で、夢が消えるのは嫌だ。
たとえそれが人型スライムの希望を踏み躙ることだとしても、酔っ払い騎士はエゴを貫き通すと決めた。
「じゃあ」
「そうだ」
『諦めてくれ』
世界の終わりを、夢を。
全く違う意味合いであっても、二人の言葉は重なった。
柄の長い金槌が振るわれようとした矢先、時計塔の鐘が不自然に大きな音を鳴らす。
「……やっべ」
金属の塊がひしゃげる音だと気づいた酔っ払い騎士は一足飛びで退くが、人型スライムはゆっくりと見上げる。
側面をへこませた鐘が、その原因と一緒に落ちてくる。真っ暗な口腔に飲み込まれるように、人型スライムは鐘の中に閉じ込められた。
内側から何度もゴンゴンと拳を打ちつけている音が響いているが、大人でも持ち上げるのが難しい鐘から抜け出すのは不可能だろう。
「お前さん、生きてるか?」
「ふぁ、ひゃい……」
鐘の音が肉体全てに痺れとなって広がったせいか、間抜け騎士は目を回しながら返事をした。
軽くて頑丈なはずの大盾がわずかに折れ曲がっているが、おかげで間抜け騎士の正面に傷一つない。
鐘から引き剥がすように体を動かせば、金色の巨大な金属に人型の陥没。しかし間抜け騎士の背中は無傷である。
「さっき上空に飛んだんじゃ……」
「着地を忘れてて……飛んだ先に大神官様が……」
瞳の中で星が散らばっているのか、頭も上手く働かないまま断片を口に出している状態。
大盾の制作者である酔っ払い騎士にしてみれば、それだけで済んでいる方が恐ろしい。
並大抵の威力では傷つけるのも難しい加工を施している。その防具がほんのりとはいえ折れ曲がっているのが素人目でもわかるのだ。
「魔法か?」
「お、おにょ」
「…………あ」
思い当たった要因との答え合わせをするように、住宅街を逃げ回っている大神官がこちらへと走り寄ってくる。
その背後には筋肉達磨と表現できる立派な体格の処刑人。銀色の瞳は大神官だけでなく、間抜け騎士や酔っ払い騎士達にも狙いを定めていた。
「業務執行妨害ニハ死ヲ」
嗄れた声には怒りに満ちており、背筋が凍りつく殺気に頭よりも腕が先に動いていた。
金槌を振り回して球遊びでもするように大鐘を打つ。鼓膜を破裂させそうな音が周囲に響き、大神官すらもよろめいて前のめりになる。
彼の頭上を通り過ぎた大鐘は処刑人へ一直線に飛んでいく。大斧を捨ててそれを受け止め、石畳に二つの足が引きずったような平行線が刻まれた。
受け止められるとは思っていなかった酔っ払い騎士は、口元をひくつかせた。その光景を振り返って目撃してしまった大神官も、顔色を真っ青に染め上げている。
音のせいで頭痛がして動けない人型スライムと間抜け騎士は、大鐘を頭上に持ち上げる処刑人の姿に気づかない。
「傷害罪ニモ死ヲ」
どんどん障害の罪状が重なることに、処刑人は布袋の下で唇を吊り上げていた。
その気配を察した酔っ払い騎士は間抜け騎士を、大神官を人型スライムを抱える。
住宅街の奇妙な追いかけっこは人数と被害を増やし、窮地に陥る壁への道のりを険しくも遠くしていく。
住宅街の上空を大鐘が飛び、大斧が空を切る音と石畳の破壊が連続する。
裏道に隠してあった試作剣の束を拾い上げていた魔道具愛好騎士は、物陰からこっそりと様子を伺いながら呟く。
「負の連鎖反応でござるな」
目的第一のため、魔道具愛好騎士は巻き込まれないように壁へと急ぐのであった。




