第108話「逃げて追いかけてその先で」
目の前にあるチャンスに気づいた職人達の仕事は早い。
即座にその場にある剣数本に蝋と混ぜた王碧鉄鋼の紋様を接着し、まとめて酔っ払い騎士に手渡す。
そして聖女とその護衛騎士達を扉の外に押しやり、勇気づけるように言うのだ。
「実証よろしく!」
「不具合があったら即連絡!」
「他の奴らにあれが王碧鉄鋼とバラすなよ!!」
お代はいらねぇ、素材を確保してこい。
そんな言葉が見えそうな表情で、爽やかに見送ろうとしている。
「いや、バラすが?弱点を伝えないと壁上がいつまでも危険地帯でござる」
「わかった……半々だ」
「だーかーらー」
「駄々こねるな、馬鹿野郎。おい、坊主。報連相でこちらと連携できるように壁周辺待機の騎士達に周知しろ」
がめつい職人の頭を小突きながら、ギルド長は工房の看板を指差す。金槌を模した形の中に鍛治ギルドの名前と住所が書かれていた。
魔道具愛好騎士は魔法の墨で自らの腕にそれを記載し、擦っても消えないことをギルド長に見せる。
「ここで騎士団と王家に恩を売っておくから、融通できるやつに伝えとけよ」
「承知いたした!では聖女様、壁に向かうでござるよ!」
「え?あ、はい……あの、えっと……」
寄り道させられたと思ったらいきなり本筋に戻されて困惑する聖女は、よくわからないまま答える。
「が、頑張ります!」
「おう!気張れよ!!」
勢いよく見送られると、背中を押されたように重圧が消えた気がする。
大通りは不安で外に出てしまった住人などがウロウロしているため、人目を避けるためにも裏路地へと足先を向けた。
先頭を一番足が速い男装女騎士、魔道具愛好騎士に続いて真ん中に聖女、剣を抱えた酔っ払い騎士の背後で殿を務めるのが間抜け騎士である。
裏路地は細く、物が散乱していた。あらゆる住人が誰かがいる場所を求めているせいか、人の気配は不気味なほど消えていた。
壊れた木箱が道の真ん中に落ちているのを避け、壁に空いた不自然な穴に目を丸くする。
先ほどの追いかけっこを誰もが思い出し、神聖騎士団所属の男装女騎士はキョロキョロと視線を動かしていた。
「大神官様には悪いが、処刑人と出会わないように行きましょう」
「その心は?」
「面倒」
四音だけで必要な犠牲だと切り捨てる男装女騎士の潔さに酔っ払い騎士などは感心するのだが、一番後ろで慌てたように声を上げる間抜け騎士。
「で、でも大神官様は女神信仰です。ライムさんに対しても擁護側だと思うので、いなくなるのは困るのでは?」
「それでも、だ。あの処刑人の腕力に対抗できると思うか?」
成人男性並みの長さと、首を肉や骨ごと叩き潰すための分厚い鋼鉄で鍛えられた大斧。刃にこびりついた血の跡を見るだけで、切れ味の悪さは保証されている。
男装女騎士も素早さには自信はあるし、腕相撲でならば間抜け騎士や魔道具愛好騎士に勝てる。しかし純粋な力勝負となれば慎重になるしかない。
間抜け騎士と魔道具愛好騎士の視線が酔っ払い騎士に集まるが、注目された男は剣の束を抱えながら器用に肩を竦めた。
「最近筋力衰えてんだわ」
「迫る年波ってやつですか?」
「聖女様、地味に傷つくんですけど……」
浄化遠征で長い槌を軽々と振り回していた酔っ払い騎士でも、あの丸太のような腕と比較されても困る。
あえてぼかした言い方をしたのだが、聖女に直球な言葉をぶつけられてしまい少しだけ落ち込んだ。
「そもそもライム殿は世界を滅ぼすつもりなのだ。擁護しても、その主張が変わるとは思えない」
「聖女様に対しては甘い面もあるので、そこに期待しませんか?」
「は?拙者達が知らないところで何が!?」
「世界を滅ぼすって、あの亀みたいに遅い運動能力で!?」
男装女騎士と間抜け騎士は王城で起きた一連の流れを目の当たりにしていたが、ギルド長と掛け合って技術に関して話を広げていた二人は聞いていないと驚愕する。
説明を忘れたつもりはないのだが、人間を折り畳む魔道具の蟹にいきなり拉致されたままだった。
その怒りを沸々と思い出した男装女騎士が魔道具愛好騎士を睨むが、誤魔化すように背中を押されてしまう。
「今は人間国宝の技術簡易版の試験が大事でござるな、うん!」
「あの蟹で私の体が真ん中から折れていたらどうするつもりだったんだ、おい!?待て、コトルヨ殿!」
先頭の二人の順序が逆転し、鬼ごっこのように速度を出してしまう。
それを追いかけようと聖女も走り出してしまい、酔っ払い騎士も離れないように距離を保つ。
最後尾の間抜け騎士は慌てて動こうとした代償に、自らの足が絡まってしまう。ぐらりと体が傾いて、近くに積まれていた樽へとぶつかってしまう。
派手な音を立てて樽が転がり、間抜け騎士は中に入っていた水が隙間から噴き出したのを顔面に浴びてしまう。
全員の足が止まり、振り向く。樽が積まれた影に隠れていたのか、小さな木箱が置いてあった。
樽の足場とするには大きさが足りず、ボロボロの布地がかけられているせいで違和感が肥大していく。
「ドージさん、怪我してませんか?」
「僕は大丈夫です。サケグさんの盾もありますし」
背負っているため大盾を指さして笑う間抜け騎士だが、明らかに前方に向かって転んだので盾に潰されたような体勢だった。
しかし怪我していないことを見せるように手の平を聖女に向ける。剣を握った際にできるマメ以外は、生っ白くて柔らかい肌をしていた。
かすり傷ひとつない。擦りむいて薄皮が剥けた様子もなく、聖女だけでなく酔っ払い騎士達も驚く。
「が、頑丈なんですね……」
「盾のおかげです!」
「いや、怪我を軽減するなんて機能はないんだが……」
「それより気になる木の箱、ご開帳でござる!」
無傷の間抜け騎士を放置して、魔道具愛好騎士は布をかけられていた木箱の蓋を開ける。
水晶の柱に似た形。吊り下げるための銀の鎖。聖女の瞳には、硝子の内側でカラカラと回る糸車を中心に、白炎が金粉を撒き散らしながら燃えていた。
「ライムさんの洋燈!」
「ライム殿の生命核!?」
『まじで王城で何があった!?』
普段の口調も忘れて声を揃えた酔っ払い騎士と魔道具愛好騎士は、まじまじと洋燈を見つめる。
魔物の生命核といえば真珠粒のようなものから宝石の塊のようなものまで。大きさから輝きまで様々だ。
加工する方法は確立してるものの、ここまで精巧な細工は見たことがない。
「綺麗だな」
ポツリとこぼした酔っ払い騎士の言葉に、空気がしんみりと湿っぽくなってしまう。
魔物の生命核。世界を滅ぼすために転生し、失敗した生物。その心臓や脳とも言えるものが、水晶の形に似ているのだ。
暗闇を照らすための道具。それを壊すだけで世界が滅んでしまうのは、悪い冗談である。
「でもなんでここに?」
人型スライムは王城から消える際に洋燈を持っていった。最弱な魔物が世界を滅ぼすには、女神の仕掛けである洋燈が必要不可欠である。
既に国から去ったと思っていた矢先、商店街と住宅街の中間である裏路地で見つかった謎。
その答え合わせと言わんばかりに、新たな気配がやってくる。
「そこにあったのか」
淡々とした言い方ではあったが、声音からは少しだけ苛立ちを感じられる。
聖女と騎士達が振り向いた先には、人型スライムが立っていた。




