第107話「瘴気に紛れる商機」
「というかお前、王壁鉄鋼の特性を知っていたのか?」
「まさかのまさか!王子の要請で石板が集まった時、こっそり石粒拝借してからの精密検査で候」
第三王子による石板文字の解析の裏側で、小狡いことをしていた魔道具愛好騎士の暗躍。
浄化遠征時から魔導騎士団長の間者として動いていたこともあり、呆れすらも通り越して感心してしまった。
「拙者の背後に古狸ありでござるよ」
魔導騎士団長の美しい顔を思い出して、間抜け騎士が身震いした。美しさすらも霞むような好奇心と探究に対する貪欲さを、少しの時間だけで味わったのだから仕方がない。
水晶玉の鮮明な映像なども彼の手引きだろうと酔っ払い騎士も納得している間も、職人達は人間国宝の技術に関してあれこれ議論していた。
若輩の魔道具愛好騎士ですら思いつくような内容を、人間国宝が思いつかなかったとは考えられない。
「瘴気の中で実際の耐久時間を調べないと」
「あれだけ無茶な制作方法を提示するということは、儀式的な意味合いで恒久に渡る効果を」
「これで何かあったら責任問題が」
職人達の仕事は作って終わりではない。
その武器が買われた後、不慮の事態で壊れた時。その原因と対策を打ち立てて、次に活かさないといけない。
特に命に関わる武器であるほど、その責任は重い。今回は瘴気の中で自由に動くための武器、耐久時間は検討を重ねなくてはいけない。
「じゃあ拙者が体験してくるので、あとよろしくでござる!」
ヒョイっと剣を手にした魔道具愛好騎士は、そのまま工房を出て行こうとする。
その体を首根っこを掴んで止めたのは酔っ払い騎士であり、ギルド長も若手に扉の前で待機するように指示を出した。
「待て待て待て!あそこは一番の激戦区だろうが!」
「竜の目もあるし、落石騒ぎで大忙しだ!避難民達にこれ以上の刺激を与えるな!」
酔っ払い騎士の注意に続き、男装女騎士も魔道具愛好騎士の気ままさによる被害をそれとなく告げる。
職人達も戦いに参加できないからこそ、慎重の姿勢だ。しかし浄化の力もある魔道具愛好騎士は、ピンとこない様子で言い返す。
「最前線を進めないと、壁がずっと危険地帯でござるよ。竜のせいで避難民も移動できないわけで……」
壁のすぐそば、貧民街が瘴気に覆われているせいで魔導騎士団以外の騎士が尻込みしている状況だ。
そこに竜が陣取っているため、魔物達の軍勢は一直線にそこを目指している。どちらかの脅威を取り払うために何かしらの行動を起こさなくてはいけない。
魔道具愛好騎士としては画期的な作戦のつもりなのだが、どうにも同意を得られない。いつものことだと諦めようとした矢先。
「ショウさんは避難民の皆さんのために頑張ってるんですね」
聖女の言葉に一番虚を突かれたのは魔道具愛好騎士である。
半分以上は結果を見たいだけ。誰かを助けたいというよりは、新技術がどれだけの効果があるか試したい。
しかし無自覚な善良性による視点からの好意的な言葉には、いつものクラゲのような行動が上手く機能しない。
「い、いや……そのぉ……」
「ヤンさんの故郷ですもんね!わかります!」
仲間の話を持ち出されてしまい、魔道具愛好騎士の真意の逃げ場がどんどん失われていく。
問題なのはそれが居心地悪くないという点だ。そう言われてしまうと「とりあえず建前はそれでいいかな」という気持ちになってしまう。
「でも大岩はどうします?」
「ああ、そろそろ弾切れと思われ……ん?」
聖女の言葉に答えを出そうとした魔道具愛好騎士も、ようやく違和感に気づいた。
巨石が落ち始めてから一時間は経過しそうな頃合いだ。しかし日が傾き始めても止まらないのは、異変として認識するには充分である。
職人達や男装女騎士達も気づき、空を見上げる。竜の炎や壁上の騎士達による魔法で撃ち落とされ続ける城壁崩しの弾丸。
おそらく壁上でも同じ疑問が噴出し、不安による動揺が広がっていることだろう。
「魔法って便利ですよね。無限に岩を生み出すんですから」
「聖女様、さすがにそれは無理でござるよ!」
「へ?」
「魔力にも量があるでござる!聖女様だって浄化しすぎて疲れた覚えがあるはずで……」
ジャルネット村でのことを思い出し、軽薄騎士からも浄化は魔法の一部だと教わっていた。
神子の浄化の力は魔法使いを束にしたようなものとは聞いていたが、それでも長時間の浄化には耐えられないことを感覚的に知っている。
歴史で習った偉人の三段撃ち……理解は追いついていないが、物量作戦による途切れない攻撃とも思ったが、騎士達の反応から違うらしいと察しはついた。
「あの岩は魔法じゃない?」
「しかしあの数に、投石器が見当たらないほどの長距離での投擲……魔法以外で説明がつくのか!?」
「ちょーっと待つでござるよ!前提が間違っているとしたら……」
騎士達が混乱する最中、職人達も空で砕け散る巨石に注目する。
投石器が特別性なのか。否。魔法で人類が実現できていない空間転移をしているのか。否。鉱山を支配して補給路を形成したのか。否。
獅子舞元帥の鎧。人間を恐ろしいほど理解している魔物。森林迷宮を根城とし、魔物達を軍勢にしてしまう統率力。
散らばった情報をかき集めて、答えを導き出そうとした最中。
商店街に大きな音が響き渡った。聖女は工事の大音量に似ていると思ったが、職人達には大きな武器で石畳を割った音だとすぐにわかった。
大勢が窓に張り付くように集まって、音がした方向へ視線を動かす。豆粒だった大きさのものが、近寄ってくるのと比例して姿形がはっきりする。
大神官ハンス・アムダ。
男女問わずに見惚れるような美形が、必死の形相で街路を走り抜けていく。
その背中を追うのは威圧的な筋肉質の体。両腕で大きく振るうのは処刑用の大斧で、布袋に視界確保用の穴を開けているだけで顔は見えない。
処刑人に追われる大神官。神聖騎士団所属の男装女騎士と間抜け騎士は見知った顔の危機に飛び出そうとしたが、扉を塞ぐ若手と正面衝突してしまう。
ギルド長に言われるがまま扉を守っていた若手は気絶し、その間に処刑人と大神官の鬼ごっこは裏路地へと吸い込まれていく。
音の方向から現在地はわかるものの、住宅街へと移動していることは酔っ払い騎士にも理解できた。
「え?」
「怖っ……」
「世も末だなぁ」
「国の終わり寸前って、こういうこと?」
職人達の他人事な感想を余所に、ギルド長だけが考え続けた内容に答えを出す。
「おい、坊主」
「なんでござるか?」
「お前、浄化を使えるよな」
「一般的な範囲ならば無問題でござる」
本人からの太鼓判に満足したのか、ギルド長は意地悪な笑みを浮かべた。
「おい、テメェら。希少鉱石が大量に手に入る好機だぞ!」
「へ?ギルド長、何を言って……」
「市場に出回る前に確保すりゃあ、値崩れもない。流通価格を武器基準で握れば、小売店がデケェ顔もしないってことよ」
「ボケました?」
「お前の頭がな、オラぁっ!」
加齢による思考の衰えを心配した職人だったが、ギルド長の拳骨で違うことを物理的に思い知らされた。
ギルド長の考えがわかった職人達が、窓から離れて水晶玉と石板へ集まっていく。軽い素材に、金継ぎや混合による長所の引き出し合い。
そして刃に貼り付けた紋章の色合いがくすんで――茶色へと近づいていることを確認した。
「鎧の粘土細工なんて遊びができるんだ。
大岩に見せかけた団子なんて楽勝なもんだろ?」
軽くて頑丈な、魔物でも加工できる素材。
降ってくる巨石の正体――王碧鉄鋼を見抜いたギルド長は、職人に有利な市場改革の気配に目を輝かせるのだった。




