第106話「続!働き者」
聖女は顔を真っ赤にしながらも、満更ではないニンマリ顔で浄化の力を込める。
魔法使い百十人分の浄化が使えるため、石板という大きな魔石の性質を変化させるくらい朝飯前である。
魔法は仕事で使う程度でしか把握していない職人達でも、目の前で石板が金剛石のように輝いていくのを興奮して眺めていた。
「あのー……国の存亡の危機は……」
「やかましい!新時代の技術革新を目の当たりにしてる最中なんじゃぞ!!」
「竜と獅子舞元帥が共倒れしてくれたら新素材大量獲得!!」
「素人は黙っとれ!!」
現状を伝えようとした間抜け騎士だが、職人達が目の色を変えて怒鳴ってきたことに涙目になる。
骨壷騎士すらも折り畳める魔道具の蟹は片付けられた。しかし文句が山のように積み重なる男装女騎士は、魔道具愛好騎士に詰め寄る。
クラゲのようにふわりと動いては、ひらりと躱す。魔道具愛好騎士の逃げ方の上手さにも感心するが、職人達の疑問に答えていく姿を酔っ払い騎士は注目する。
「魔法陣を描くコツ?丸テーブルでござるよ」
「まさか丸椅子でも……」
「そうでござる!地面に描かずとも、そこにあらかじめインクを多めにつけて紙に押し付ければ――」
「判子になる!!」
印章職人が木の板を掘り続けながら、興奮したように答えを弾き出す。
綺麗な丸の描き方についての話から、日常のもので簡易化して量産していく思考。いかに労力を使わずに、便利にするか。
汗水流しながら苦労して作る一点物や特別製に惹かれる酔っ払い騎士とは真逆の、手軽に簡単で大量にを重視した製作方法。
一流のシェフに憧れるか、街中の美味しくて大盛り料理を作る食堂を営業するか。
こだわりが違うためぶつかることは必須だが、それでも学ぶことが多くて聞き逃せないと思う知識。
男装女騎士から逃れながらゴマスリ棒と鉢で変質した王碧鉄鋼の欠片を砂状に変えて、少しずつ限界まで沸騰したお湯を加えて柔らかくしていく。
魔道具越しに見えた獅子舞元帥の鎧。その第一印象を子供の粘土細工だと感じた職人の予想通り、お湯に溶けると粘り気が出て柔らかくなる。
しかし冷える速度が異常だ。湯気が減るだけで硬度を増していき、ゴマスリ棒があっという間に動かなくなる。
逆さにするとキノコのようになってしまったゴマスリ棒と鉢を見て、魔道具愛好騎士は心底楽しそうに笑う。
「接着力の高さ……熱には弱くても、常温時の硬度が異常でござるな」
「というか石板の時よりも硬くなってるぞ」
「熱を加えることで材質変化し、加工をすることでさらに強固になる……」
「おいおい、世界で一番硬い盾が作れるじゃねぇか!」
わいわいと騒ぐ職人達の顔は明るく、王都の壁で竜と魔物の軍勢が未来を脅かしていることを、頭の中からすっかり抜け落ちていた。
むしろ「ここで獅子舞元帥を倒せれば、森林迷宮で採掘し放題なのでは?」とちょっと欲張りな未来予想図さえも描き出している。
森林迷宮自体が天然の迷宮として恐ろしいのだが、開拓の強さを知っている人間達からすれば獅子舞元帥以上の脅威ではない。
人型スライムや竜がこの考えを知れば「人間愚か」的な反応をするだろうが、幸いなことに商店街で一番大きな工房にはどちらも不在である。
「人間国宝の設計思想など聞いてないんでござるか?」
「え、あー……」
王室に捧げられた王壁鉄鋼のナイフ。祖父と一緒に見たことがあり、何かを説明された程度の記憶はある。
しかし幼い頃……数十年も前の話だ。目の前にある武器の美しさに目を奪われて、加工方法については右から左へと通り抜けるような状態。
技術を全て受け継いだわけではないため、酔っ払い騎士はしどろもどろに覚えている範囲を言葉にする。
「金継ぎと混合に近いとか……姫でも魔物に対抗できるように……」
人間国宝による直々の説明を全て思い出せないことが歯痒い酔っ払い騎士だったが、職人達には今の言葉だけでも十分だった。
「溶鉱炉で鋼の欠片を溶かせ!」
「そうか、この接着力ならば壊れた武器の修復に最適なのか」
「他の素材に混ぜ合わせることで、熱への耐性を獲得できるかも」
子供実験室コーナーみたいだと感じる聖女は、浄化の力を込め終えた。石板全てを変質させても、全く疲労を感じない。
もしかして自分は優秀なのではと自信をつける中、水晶玉に映る獅子舞元帥の姿と空から飛来する岩を見つめる。
聖女は一般的な女子高生である。戦争について忌避感を持っており、ロマンとして語られる兵器や戦術など一切興味はない。
そのため巨石が壁に向かって飛んでくる光景を、ファンタジー世界だから当たり前くらいにしか受け取っていない。
間抜け騎士が怯えたように空を見上げて怯えているのも、異世界でも怖いものは同じなのだろうと親近感を持っている。
ただ少しだけ不思議ではあった。質量保存など難しいことではなく、単純な疑問でしかない。
いつまでも途切れない巨石の飛来。
魔物達はあれをどうやって「調達」しているのだろうか。
浄化遠征に出た際、王都近辺で岩を採掘できるような山を見かけていない。
首を傾げる聖女を横に、職人達は鋼と王壁鉄鋼を溶鉱炉で混ぜ合わせた結果を眺めていた。
美しい緑色の鋼。冷える速度や硬さは王壁鉄鋼と同じであり、熱への耐性や鋭さは鋼そのもの。
お湯をかけても粘り気が出ないことを確認して、職人達は大成功であることを喜んでいた。
「これで武器を作ればいいんだな?」
目を輝かせるギルド長の問いかけに、魔道具愛好騎士は首を横に振る。
「全然違うでござるよ」
大盛り上がりの空気が、王壁鉄鋼のごとく急速に冷えていった。
一人だけ異なるのは印章職人であり、お札程度の大きさの緻密な紋様を彫り終えて満足そうな笑みを浮かべている。
「ショウさん、これでいいの?」
「感謝感激でござる!これこれ!」
「でもおかしくないかな?これじゃあ逆だよ」
印章職人は木の板の溝を見る。印章は溶けた蝋の上に印を押し付ける。そのため紋様部分を彫るのである。
しかし職人達が想定しているのは刃に溝を彫ることであり、もしも木の板を使う予定ならば紋様の周囲を彫らなくてはいけない。
子供が作る芋判子を考えていた印章職人は、普段と同じ作り方に疑問を抱いていた。
「むしろこうじゃないと後が大変でござるからな!」
言いながら魔法を使って蝋を溶かす魔道具愛好職人は、そこに王壁鉄鋼の欠片を投げ入れた。
貴重な鉱石をよりにもよって日常品である蝋と混ぜ合わせることに驚いた職人達は、怒りと困惑で言葉が出なくなってしまう。
「溝の深さも薄くしてくれたし、混合による特徴もわかったところでこうすれば……」
木の板の溝に王壁鉄鋼蝋を流し込み、あっという間に固まったそれを魔法を使ってくり抜く。
レースのように薄くて繊細な模様が、金細工のような硬さであっという間に固まる。
それを近くにあった剣の刃に接着剤でペタリと貼り付けて、魔道具愛好騎士は目論見通りに笑う。
「これで人間国宝の無茶な武器が、量産できるわけで候!」
一瞬の静寂。そして疑問と怒号と――目から鱗が落ちたような大笑い。
再現できないと数十年悩んできた酔っ払い騎士は目の前の光景を受け止めきれず、魔道具愛好騎士に詰め寄る。
「おま……人間国宝の技術をそんな……」
「まだまだ実証とか必要でござるから、完成には至ってないでござるよ」
逃げるのも上手いが、口も回ってのらりくらりと躱される。
真面目で頭が固いことを欠点だと思いつつ、柔らかすぎるのも冒涜する可能性が高いことを酔っ払い騎士は実感するのだった。




