第105話「働きもの」
「なにこれ怖い」
「常識人の常識外れ」
「変態の所業」
熟練の職人達から様々な感想……もとい罵倒を浴びるのは、人間国宝が孫に託した新技術である。
その武器を持っているだけで浄化の力が全身を包み、瘴気の中でも自由に戦えるというものだ。魔法の才能がなくとも、戦い続けるためのもの。
思いついても机上の空論だと笑われてきた、真面目に取り組むのも馬鹿らしいような夢物語。
それを目の当たりにした職人達は、一人を除いて全員渋い顔をした。
まず素材。伝説級の最高品質の魔石に、命を削るほどの浄化で性質を変化させる。
黄金をダイヤに。それくらいの無茶を突き通す類の要求。しかも魔法使いを一人瀕死にする覚悟が必要だ。
一流の職人は材料を自作するというが、人間国宝は錬金術師さえも飛び越す発想をしているらしい。
次に加工。用意した材料を太陽の熱でも溶けない鉱石で作った鍋で滑らかな液体にする。
タングステンならばギリギリ合格範囲内だが、希少鉱石のため道具として持っているものなど限られている。今すぐ鍋を作れるほどの量も、王都ですら保有していない。
まず太陽の熱を使って加工するとなれば、火傷による脱水や衰弱で死人が出るだろう。
さらに細工。蜘蛛の糸よりも薄い線で緻密な紋様を、紙幣一枚分を埋めるほどの大きさで描かなくてはいけない。
太陽の熱で溶かした魔石の液体で描く。触れただけで筆は燃え、刃は溶けることは必然だ。
それを紙幣一枚分を埋める緻密な図形を、液体が固まりきる前に終わらせる。その速度は人間の可能範囲を軽く凌駕している。
考えるだけで頭が痛くなる工程に対し、職人達の感想という名の痛烈批判を止まらない。
この技術をずっと守っていた酔っ払い騎士でさえ、職人達の味方だ。この異常さがわかる年齢に達した時、初めて祖父に対して「一周回って馬鹿になったのでは?」と思ったくらいである。
様子が違うのは二人だけ。
壊れた石板を抱えてニコニコしている魔道具愛好騎士。
そして人間国宝が残した芸術のような紋様に魅入られ、熱心に木の板を彫り続けている印章職人である。
「なあ坊主。国の危機を救えるのは俺達だけ、とか言いながら無理難題を披露して楽しいか?」
職人達をまとめ上げるギルド長が苛立ちながら問いかける。太い足でひたすら貧乏揺すりを続け、古びた椅子が楽器のようにギシギシと軋んでいた。
ドワーフのハーフとは本人談だが、豊かな髭に頑強な体の太さ、馬の顔と同じ大きさの足など。血の濃さはドワーフが勝ったらしい。
ドワーフは仕事への集中力は凄まじいが、それ以外の物事には短気である。怒りがすぐ噴火する活火山のような性格が種族的な特徴と言われるほどだ。
今にも金槌を振り回して頭をカチ割りそうなギルド長を前に、魔道具愛好騎士は楽しそうな笑顔のまま返事をする。
「いやいや、こんなのちょっとした工夫で解決できる問題でござるよ!」
「つまり?」
「老人は頭固いで候」
「おい、若いの。溶鉱炉に火を入れろ」
静かに怒っている方が制裁手段が残酷になる性質らしい。
仲間の口元を塞ごうとした酔っ払い騎士だが、子供のような俊敏さで魔道具愛好騎士は助けの手を避けてしまう。
「まあまあ。こちらをご覧あれ」
「この深い緑色は……染色したのか?」
「強力な光で色彩変化するやつかもしれねぇ」
「森林迷宮産の魔石でござるよ」
机の上に置かれたのは壊れた石板。
竜が用意した貧民街を瘴気に包んだ原因。
そして獅子舞元帥が軍勢を連れてきた理由である。
『王碧鉄鋼!?』
職人達の声が揃い、全員が目をギラつかせた。
一生に一度拝めるかどうかの伝説級鉱石。特徴的な緑色にほのかな雨上がりの匂い。王の名を冠する最上位品質。
人間国宝が手に入れた量は林檎ほどだったらしいが、机の上にあるのは赤子が寝る布団のように大きく、法律全書のように分厚い。
持ち上げてみれば生まれたての赤子のように軽いく、しかし爪で削られた文字部分をなぞるだけで指の皮膚が簡単に切れてしまった。
鍛冶用の分厚い手袋で触っても、頑丈な革素材が簡単に傷つく。これで武器を作れば、新米職人でも最高のものが作れてしまう。
「ちなみにこれが壁向こうで目撃された獅子舞元帥でござる」
そう言って水晶玉を取り出した魔道具愛好騎士は、指先でトントンと磨かれた表面を叩く。球体の中に水が満ちていたかのように水晶の光が揺らぎ、浮かび上がってきたのは魔物の姿。
望遠鏡で覗いたかのように小さな姿ではあるが、それでも鮮明に映し出されている。そして距離が離れているとわかっているはずなのに、今にも水晶を砕いて襲ってきそうな気迫で工房に重い空気を落とした。
しかし職人達は魔物が身につけている鎧に注目した。深緑――王碧鉄鋼を贅沢に使った防具は、一般的な鎧と比較しても上質だ。
けれど。
「なんちゅー粗末な!?」
「この継ぎ目の荒さ、見ているだけで蕁麻疹が出るわい!」
「体のことを考えていないせいで、ブッカブカやないか!!」
職人の目は誤魔化せなかった。どれだけ素晴らしい鉱石を使っても、人間が培ってきたような技術がない。
不器用な子供が見様見真似で粘土の服を作ったような心地を味わい、王碧鉄鋼に憧れていた職人達は一斉に石板へと目を向けた。
自分が最高の鎧を作り、獅子舞元帥に見せつけてやる。気持ちを一つにしながらも競争を始めようとした職人達よりも早く、魔道具愛好騎士が石板をヒョイっともち上げる。
「そうじゃなくて、これでわかるのは……」
「魔物でも加工できる鉱石なのか?」
そう呟いたのはギルド長だった。溶鉱炉に火を焚べるのを止めないが、先ほどまでの怒りはどこかへ消し飛んでしまったらしい。
子供のようにキラキラした瞳で水晶玉に映る獅子舞元帥を眺め、滑るように石板へと視線を向ける。
森林迷宮に住む魔物の多くは植物型や動物型である。高熱――太陽の熱に耐えられるような魔物は存在しないはずだ。
子供が見様見真似で粘土細工をしたような、不恰好の鎧。
加工によって粘土のように柔らかくなるならば、沸騰した水に投げ込めば溶けてしまうのではないか。
その思考に気づいた職人達がざわめく中、商店街の裏路地に近いところから「ひょぇえええええ」という情けない悲鳴が聞こえた。
聞いた覚えがある声に酔っ払い騎士が目を丸くする中、罠にかかった獲物が狙いどおりだと喜ぶ魔道具愛好騎士。
数分後、四肢を伸ばして潰して折り畳む蟹に抵抗する男装女騎士が工房の外にやってきた。
蟹挟み代わりの板を抑えようと、左右それぞれに間抜け騎士と聖女がしがみついている。
「コトルヨ殿!!」
大の字で板挟みからの圧死を防ぎ続けている男装女騎士は、耳が痛くなる怒声を響かせる。
しかし祝砲がなったかのように、魔道具愛好騎士は人懐っこく近づく。巨大な蟹の魔道具の背後に回り、停止用のネジを抜く。
停止した板挟み蟹からようやく救出された男装女騎士は、怒り心頭のまま剣を抜こうとした。それをスラリと盗んだ魔道具愛好騎士は、ギルド長へ颯爽と手渡す。
「ほう?いい仕事してるな」
「人間国宝の孫作でござる!」
「お前が威張るな。あと恥ずかしい」
褒められたことに少し照れながらも、祖父の存在を同時に並べられた酔っ払い騎士は気まずそうにしている。
しかし真剣に細身剣を見定めるギルド長は、楽しそうに笑う。
「シャラク殿にはない気遣いで溢れた、優しい武器だ」
魔道具愛好騎士に寝技をかけている男装女騎士は、ギルド長に同意するようにうんうんと頷いている。
他の職人達も細身剣を品定めしては褒めていき、自分ならもっとこうすると改良案を並べていく。
「いいぜ、坊主達。国を救うために働いてやるよ」
工房に勝鬨のような声が上がり、溶鉱炉の火が勢いよく燃えるのだった。




