↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人目の聖女が頼りないため、転生失敗スライムが頑張ります〜愚かな人類は反省してください〜  作者: 文丸くじら
3束「転生失敗スライムの糸口」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/131

第100話「転生失敗スライムが頑張る理由」

 最初に吸い込んだ息は熱く、喉の奥が焼けたような痛みで瞼を上げた。

 赤と黒の大地。あらゆるものを灰に変えても、その下で燻る火の輝きを見つめる。

 呼吸をして、眺めて、気づく。これが人間の五感。鼻を掠めるのは煤の臭いと、耳に届くのはパチパチと炎が小さく爆ぜる音。

 

 水分しか求めなかった生き方が、圧倒的な情報の洪水で遠くへと置き去りになっていく。水滴のようにちっぽけな生命核では処理しきれない。

 けれど手の中にあるのは水晶の結晶体と似た形の洋燈。中で燃える白炎の中心には糸車がカラカラと回り、道具の名前が理解できることを受け止める。

 人間に転生する際、あれこれ付属すると聞いていたが――嫌な予感はいつまでも拭えない。

 

 足の裏に違和感。立ち上がるという行為も初めてだというのに、慣れたように視線が高くなる。

 ひょいっと片足を上げる。首が動いて、均衡が崩れて傾きそうなのを腕で重心を整えた。

 脳も筋肉も、全てが滑らかに機能している。これが人間の体なのかと思いたかったが、焼けた皮膚の奥に透明な皮膜が水分をたっぷり含んで潤っている。

 

 ――失敗したぁっ!

 

 絶叫が頭の奥まで突き刺す勢いで、慌てて周囲を見回す。しかし焼け野原に生物は存在せず、障害物となるべき植物や岩でさえ焼け溶けてしまっている。

 それなのに呻き声が四方八方から反響して聞こえるので、条件反射の如く瞳が動き続けるのを止められない。

 このどうにも頼りない感じには覚えがある。女神に関する知識は無駄なものも含めて膨大な量が知識として引き出すことが可能だ。

 

 ――オプションのバグ!?それとも致命的エラー!?

 ――体構造が人間と異なるのなんで!?

 ――転生失敗スライムの完成なんですけど!?

 

 それは完成ではなく……と言いかけて、無視することにした。

 女神は訳のわからないことばかり口走り、果てには「私自身が転生に成功した見本みたいな存在なのにぃ」とか頭のおかしい発言をしている。

 面倒になったので歩き出そうとした時、足裏でプチリと裂ける音が聞こえた。そこからじわりと灰を濡らすのは透明な水で、それが流れ出るだけで体から力が消えていく。

 

 ――スライムの血の気が引くって感じね。

 ――たぶん水分を失うと動けなくなるわよ。

 

 平静さを取り戻した女神の他人事のような呑気な言い方に腹が立つ。感情さえもスライムの頃よりも複雑で、体の感覚と連動していることに気づく。

 しかし転生してもう一度焼け死ぬのは嫌である。焼死など、もう二度と味わいたくない。灰の下で燃える残り火に嫌悪感を抱くには充分な経験だ。

 倒れそうになる体で焼け野原を走る。泉も、川も、大樹を中心に栄えていたはずの森などどこにも見当たらない。

 

 ようやく辿り着いた池には、火傷で傷ついた動物達が集まっていた。

 夕焼けの中でもわかるくらい赤黒く焼け爛れ、絶命したものは水面にぷかぷかと浮かんでは餌の代わりにされている。

 汚れた水面をいくつも見た。湖や、沼でさえ。焼け野原近辺の水場は全て血に汚れて、生死の境目となっていた。

 

 血を飲んだ。どろりと粘つく塊が口の中に残り、喉に引っかかる。

 口元を真っ赤に濡らしながら水場を渡り歩き、焼け野原から立ち上る黒煙が見えなくなる頃に透明な滝を見つけた。

 太陽がじりじりと肌を焼く不快感に耐えきれず、滝壷へと飛び込む。浴びるように水を飲んで、一息ついたところで水面に反射する己の姿を視認した。

 

 あらゆる汚れ流れ落ちた髪は真っ白だった。青い瞳は空の色よりも、水面に似ていた。

 燃え尽きた色。灰のような煤けた白。転生しても刻み込まれた、焼け死んだという事実を押しつけられている。

 

 ――だからちゃんと聞いてる?

 ――異世界の神子は絶対に元の世界に帰すの。

 ――じゃないと私という崇高な存在が消失するかもしれないから。

 

 転生の仕組みだの、前世の父親がこの世界に縁を繋いだせいで女神になったとか、よくわからない話ばかり。

 しかし目的と内容は一貫して変わらない。心底激怒している運命の女神は、時折凍えそうなくらい冷酷な様子で告げる。

 

 ――愚かな人類には反省してもらいましょう。

 ――命の大切さを知らないなんて言わせない。

 ――私の偉大さを無視することは許さないわ。

 

 岩の上で日向ぼっこしながら、滝壺の底で沈んでいた体から拝借した布地で人間らしい格好を真似る。

 女神がうるさいので、布地を身につけていた肉の塊は何時間もかけて埋めて花を供えた。おかげでもう一度滝壷で体を洗う羽目になった。

 陽射しを浴びた洋燈はきらきらと光を反射していた。鎖で吊り下げればゆらゆらと揺れて、砂利に虹の輝きを散らす。

 

 ――結果的に失敗してよかったわ。

 ――おかげで殺されやすくなったもの。

 ――人類の自滅装置にピッタリ!さすが私!

 

 勝手に盛り上がる女神を放置しつつ、昼間の陽気の中で揺れる洋燈を見つめる。

 生命核。人類が破壊することによって、世界の終末――混沌の海を氾濫させる仕組みが施されている。

 女神曰く「いえーい、人類くん見ってるーぅ?今から君達の世界を滅ぼしちゃいまぁーす!」という内容らしい。まあそんなのはどうでもよかった。

 

 ――よかったわね。

 ――スライムの命一つで、全人類が終わるなんて素敵なことになって。

 ――これなら男神も納得してくれるし、見捨ててくれるわ。

 

 女神の目的は人類や世界のために身を費やす男神の救出。

 今も苦痛に苛まれながらも希望を失わない存在へ、決定的な結果を突きつけることで別の世界へ旅立つ準備を行う。

 立つ鳥跡を濁さず、女神は世界全ての運命の糸を断ち切り、原初の姿へと戻してしまう気だ。

 

 ――私のふかぁーい慈悲の心を無碍にした報いを受けてもらわないと。

 

 一人目の神子。女神の森を燃やしても許したのは、そこを棲家にしていた竜を追い出すことに成功したからだ。

 けれどその神子を殺したことは許容できなかった。男神の苦しみを取り除くための駒であって、人類の道具ではない。

 扱いづらいからと投げ捨てていいものではなかった。立場や社会的な問題などに巻き込まれて、次代を作る時間が足りなくなってしまった。

 

 男神の苦痛。その一端を無理やり体験させられた時、一瞬の出来事が永遠の責苦のように感じられた。

 少しでも癒しを途切れさせないための神子。それを異世界から召喚するのを天から眺め、結果をあらかじめ目測した女神は頭を抱えたらしい。

 

 ――よりにもよって魔法陣で私を象徴する文字を使って、縁の糸を無自覚で使うのよ?

 ――そりゃあ私の縁者が来るわよ!最悪なことに余計なおまけつき!

 ――しかも一つは途中で見失うし!ほっんとうに愚かな人類!!

 

 あれこれ喋る女神の声はいつも反響していて、方向が定まらない。そのせいで首を動かしすぎて痛いというのに、飽きないのかと思うくらい続けるのだ。

 縁者だから浄化の力を持っているのは当たり前だとか、魔法陣のせいで運命の糸による干渉が無効化されるなど話が終わらない。

 太陽も傾いてきた頃、遠くの薄闇で広がる星に向かって遠吠えが轟く。疲れることすらも知ってしまった。ため息を吐きながら、足を前に出して歩く。

 

 ――王都に行けば協力者がいるから。

 ――まあそこですぐ殺されても文句は言わないわ。

 ――お互い目的は一致しているようなものだしね。

 

 愚かな人類に死の間際で絶望の表情を浮かべながら反省してほしい女神。

 どうして死にそれだけの情報を盛り込むかわからないが、ある一点では共感が持てるようになった。

 瞼の裏に焦げついた焼け野原。スライムの頃では見ることも叶わなかった、故郷とも呼べる場所の風景はそれだけ。

 

 瑞々しい植物が風に揺れる時の光はどんな色なのだろうか。

 動物達が果実を齧ると、どんな匂いが周囲に広がるのか。

 森の上空を飛ぶ竜の鼻歌は、どんな音色で楽しめたのだろうか。

 

 その全てが消えた。永遠の喪失感を、愚かな人類にも与えよう。

 女神がこの世で最も美しいと褒め称える森を、瘴気で姿を変えても素晴らしかったという居場所を。

 自らの白髪を見るたびに煮え滾る衝動。転生したことで手に入れてしまった、人類が言葉を与えた感情の一つ。

 

 ――人類絶滅を願うスライムなんて、最悪なくらい素敵ね。

 

 転生失敗スライムが頑張る理由は、炎によって生み出された復讐のためだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。