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第12話:白瀬推しの後輩は、全員分を確認したい

 管理表は、ついに四人目まで埋まっていた。


> 白瀬玲奈 仮デート疑惑

> 橘芽衣 幼なじみ買い足し ※生活圏が強い

> 城ヶ崎莉愛 放課後遊び ※理由なしが強い

> 一ノ瀬凛花 学習管理/相互指導 ※管理のはずが近い


「お兄ちゃん」

「何だ」

「あと一人で、主要項目が全部埋まるよ」

「……埋めなくていい」

「私もそう思うけどさ。でも、空欄があると逆に怖くない?」

「管理者の発想になってるぞ、それ」

「なりたくてなったんじゃないってば」


 こはるは猫のぬいぐるみを抱えたまま、死んだ目で管理表を見下ろしていた。

「白瀬先輩、芽衣ちゃん、莉愛さん、一ノ瀬先輩。ここまで来たら、次は雫ちゃんが何か言い出す気がするんだよね」

「小鳥遊は白瀬先輩推しだろ」

「だから怖いんだよ。白瀬先輩を振ったお兄ちゃんが、毎日別の女子と予定作ってるんだから」

「俺が作ってるわけじゃないんだが」

「その言い訳、もう備考欄からはみ出してるからね」


 朝から妹に論破された。


* * *


 教室に入ると、宮坂が俺の顔を見るなり、ゆっくりと首を振った。

「佐倉。今日はまずいぞ」

「何がだよ」

「暦で言うと、そろそろ『後輩の日』だ」

「お前の暦を公式にするな」

「白瀬さん、幼なじみ、ギャル、風紀委員長……。ここまで来たら、残ってるカードは白瀬推しの後輩だろ」

「不吉なことを言うな」


 その瞬間、教室の入口がふっと静かになった。

 嫌な予感とともに振り向くと、小鳥遊雫が立っていた。

 一年生の制服。きっちり結ばれた黒髪。隙のない姿勢。

 派手さはない。けれど、俺を見つけた瞬間、迷いなくこちらへ歩いてくる目。


 宮坂が小声で呟いた。

「……後輩の日、来たな」

「黙れ」


 小鳥遊は俺の机の前で足を止めた。

「佐倉悠斗先輩」

「はい」

「確認に来ました」

 ……来た。

「何を」

「全員分です」


 教室の空気が止まった。宮坂が顔を覆う。

 小鳥遊は鞄から折りたたんだ紙を取り出した。どう見ても管理表の写しだ。

「……なんでそれ持ってるんだ」

「こはるちゃんから、現在の状況を共有してもらいました」

「こはる……」


 俺が入口の方を見ると、そこにはこはるが立っていた。

「違うから。雫ちゃんに聞かれたから見せただけ。私はもう、管理表を一人で抱えるの無理だからさ」

「共有するな」

「巻き込まれてる側にも知る権利があると思って」

 もっともらしいことを言うようになっている。管理表は妹を変えてしまった。


 小鳥遊は紙を広げる。

「白瀬先輩を振った人が、仮デート疑惑、幼なじみ買い足し、放課後遊び、相互指導を発生させています」

「……並べるとひどいな」

「はい。ひどいです」

 即答だった。


「なので、確認します。白瀬先輩のために。……たぶん」

「また言った」

 こはるがすかさず反応する。

「言っていません」

「言ったよ、雫ちゃん」

「言っていません」


 小鳥遊の耳が、少しだけ赤い。


* * *


 昼休み。なぜか俺の席の周りには、関係者が集まっていた。

 芽衣は弁当を持って正面。城ヶ崎は机に肘をついて斜め横。一ノ瀬は少し離れた位置で監視。白瀬先輩は、入口近くに自然な顔で立っている。……自然ではない。

 小鳥遊は管理表の写しを手に、俺の前に立っている。


「まず、白瀬先輩の件です。仮デート疑惑とは何ですか」

「買い出しだ」

「カフェに入りましたよね」

「十分だけだ」

「十分は、時間として短くても、事実としてはカフェです」

 事実が強い。


 白瀬先輩が穏やかに微笑む。

「小鳥遊さん。あれは買い出しのお礼です」

「はい。白瀬先輩がそうおっしゃるなら、買い出しです」

「判定が甘いな」

 城ヶ崎が笑った。

「白瀬先輩だけ甘くない? えこひいき?」

「当然です。白瀬先輩なので」

「理由になってないよ」

「なります」

 なるらしい。


 小鳥遊は次の欄を指した。

「次に、橘芽衣先輩の幼なじみ買い足し」

「私はただ、スーパーに寄っただけだよ」

「プリンとブロッコリーを買っています」

「うん」

「佐倉先輩の好みも把握していました」

「幼なじみだからね」

 芽衣はさらっと言った。


 小鳥遊は少しだけ黙る。

「……幼なじみは、強いんですね」

「そうだよ」

 芽衣がにっこり笑う。

 こはるが管理表の端に小さく書き足した。


> 雫ちゃん:幼なじみの強さを学習中


「こはるちゃん、書かないで」

「管理者なので」

「その管理者、そろそろ返上していいと思う」

「できるならしてるよ」


 小鳥遊は咳払いをして、次へ進む。

「城ヶ崎莉愛先輩。放課後遊び。理由なしが強い」

「はい、うちです」

 城ヶ崎が片手を上げた。

「理由なしで誘ったんですか」

「うん。遊びたかったから」

「断られたらどうするつもりだったんですか」

「へこむ」

「へこむ」

「でも誘った」


 小鳥遊の視線が揺れた。

「……それは、少し」

「少し?」

「強いと、思います」

 城ヶ崎が嬉しそうに笑った。

「やった。後輩ちゃん公認」

「公認ではありません。白瀬先輩を振った人と遊んでいる時点で、まだ確認対象です」


 小鳥遊は最後に、一ノ瀬の欄を見た。

「一ノ瀬凛花先輩。学習管理。相互指導。管理のはずが近い」

 一ノ瀬の眉が動いた。

「その注釈は不正確です」

「でも近かったんですか」

「適切な距離でした」

「適切に近かった、ということですか」

「違います」

 こはるが小さく頷いた。


「雫ちゃん、理解が早い」

「こはるさんまで不正確な理解を広めないでください」

 一ノ瀬がきっちり訂正する。

 小鳥遊は、管理表の四項目を見つめた。

「……白瀬先輩を振った人なのに」

「はい」

「なぜ、全員に対して、ちゃんと違うんですか」

 思わぬ質問だった。


「違う?」

「はい。白瀬先輩には買い出し。橘先輩には幼なじみ。城ヶ崎先輩とは遊び。一ノ瀬先輩とは勉強」

 小鳥遊は俺を見る。

「軽い人なら、全部同じように扱うと思っていました」

 教室の空気が、少しだけ変わった。


「俺は、そんなに器用じゃない。……それに、みんな同じじゃないだろ」

 言ったあとで、少しだけ恥ずかしくなった。

 白瀬先輩が微笑んでいる。芽衣がこちらを見ている。城ヶ崎が目を細めている。一ノ瀬が何かを記録しそうな顔をしている。

「……記録しないでください」

「まだ何もしていません」

 一ノ瀬がノートを閉じた。


 小鳥遊は、ほんの少しだけ視線を落とした。

「……『最低ではない』の範囲が、少し広がりました」

「まだ保留か」

「はい。まだ保留です」

 その「まだ」は、白瀬先輩の「まだ」とは少し違って聞こえた。


* * *


 放課後、こはると一緒に帰ろうとしたところで、小鳥遊がついてきた。

「……なぜいるんだ」

「確認が終わっていません」

「全員分確認しただろ」

「表面上は、です」


 こはるが隣で頭を抱える。

「雫ちゃん、今日はもう部活ないの?」

「あります。でも、その前に少しだけ」

「……少しだけって言う人、最近みんな何か増やすんだよね」

 妹の声が疲れている。


 小鳥遊は俺の隣ではなく、こはるの隣を歩いた。俺とは少し距離がある。

「佐倉先輩」

「何だ」

「白瀬先輩のことを、どう思っていますか」

「またそれか」

「大事なことです」

 俺は少し考えた。


「すごい人だと思う。綺麗で、丁寧で、こはるのこともちゃんと見てくれている」

「当然です」

「でも、俺にとっては、まだ『こはるの先輩』でもある」

 小鳥遊は少し黙った。

「まだ、ですか」

「白瀬先輩の言う『まだ』とは違うけどな」

「……そうですか」

 小鳥遊は、少しだけ不満そうで、でも少しだけ納得したような顔をした。


「では、橘先輩は」

「幼なじみ」

「城ヶ崎先輩は」

「距離が近い」

「一ノ瀬先輩は」

「正論が強い」


「私は」

 流れで聞かれた。こはるが、横で息を止めたのが分かった。


「小鳥遊は……白瀬先輩推しの後輩」


「はい」

「それと、こはるの友達」

「……はい」

「あと、確認が多い」

「……それは今、悪口ですか」

「事実だ」

 小鳥遊は少しだけ頬を膨らませた。初めて見た顔だった。


「『最低』から『保留』にしたのは、失敗だったかもしれません」

「戻るのかよ」

「戻しません。確認中なので」

「便利だな、確認中」

「便利ではありません。真剣です」


 小鳥遊はまっすぐ前を見た。

「白瀬先輩のために、佐倉先輩を見ています。……たぶん」

「雫ちゃん」

「言っていません」

「言った」

「言っていません」


 俺は笑いそうになって、少しだけ我慢した。


* * *


 家に帰ると、こはるはすぐに管理表を広げた。

「今日は書くことが多すぎるよ」

「書かなければいいだろ」

「もう遅い。雫ちゃんからも修正依頼が来ると思うし」

 予言のように、スマホが震えた。

 小鳥遊からだった。

『本日の確認内容について、表記案です』

 早い。


> 小鳥遊雫 白瀬先輩推し/最低→保留/観察中/全員分確認


 続けて、もう一通。


> ※白瀬先輩のために確認中


 こはるが画面を見て、少しだけ目を細めた。

「ここ、修正する」

「するのかよ」

「する」

 こはるは赤ペンを取った。


> 小鳥遊雫 白瀬先輩推し/最低→保留/観察中/全員分確認


 そして横に小さく書き足す。


> ※たぶん自分も気にしている


「こはる。……それは怒られるんじゃないか」

「たぶんね」

「たぶんで書くな」

 その瞬間、またスマホが震えた。

 小鳥遊からだった。

『その注釈は不正確です』

 こはるは猫のぬいぐるみを抱きしめた。

「やっぱり来た」

 続けて、もう一通。

『ただし、完全には否定しません。確認中です』


 こはるが、今度こそ机に突っ伏した。

「もうやだ。この人たち、全員自分で欄を育ててくる……」

 その通りだった。


* * *


『今日の更新分』


> 白瀬玲奈 仮デート疑惑

> 橘芽衣 幼なじみ買い足し ※生活圏が強い

> 城ヶ崎莉愛 放課後遊び ※理由なしが強い

> 一ノ瀬凛花 学習管理/相互指導 ※管理のはずが近い

> 小鳥遊雫 全員分確認 ※たぶん自分も気にしている


『全員分、埋まりました』

『埋めるなと言っただろ』

『もう遅い。みんな自分で育ってるもん』


 俺はスマホを置いた。

 考えたくなかった。


 白瀬先輩は、まだ振られたまま。芽衣は、隣の家から。城ヶ崎は、理由なしで。一ノ瀬は、管理の名目で。小鳥遊は、白瀬先輩のために。

 たぶん。


 誰とも付き合う気はない。

 そう言ったはずなのに、管理表にはとうとう全員分の欄が揃ってしまった。

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