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「ひと月ぶりの登校」

 登校日というのは、なんと頭の悪い制度だろうか。

 宿題を提出したりちょっとした小テストをやるためだけに、夏休みなのにもかかわらずわざわざ一日だけ学校に来させられるのである。


 学校に行くと決めたのは良いものの、この制度への疑問と不満が消えたわけではない。

 医者からの承諾しょうだくをもらい、その後の手続きも大人達がテキパキと進めてくれたおかげでここに来れている。

 そのうえで言うことではないが、やはり学校などロクなところではない……。


 しかもどういうわけか、今日、俺の机には多くのクラスメイトが集まってきているのだ。

 理由は明確めいかく、この記憶喪失のせいだ。

 当然といえば当然だが、クラスメイトとの予期せぬトラブルを避けるため、先生はホームルームで俺の状況についてクラス全員に話した。

 先生の判断は至極しごく真っ当なことだろう。しかし、俺からすればいい迷惑である。

 もともと、俺には話をするような友達もいなかったわけだし、夏休みに入る前の二週間程度の記憶、無くしていても日常生活を送る上で何の支障ししょうもない。

 だが先生が話したことによって、クラスメイトは珍しいものへの興味をつのらせ、こうして今まで一度も話したことがないような男に群がっている。


「……やれやれ」

 俺は避難先のトイレで、一人呟いた。

 記憶がない期間で、一躍いちやくクラスの人気者にでもなったのだろうか。

「ったく、そんなわけないだろ……」

 俺は自分でツッコミを入れる。


 教室に戻るため廊下を歩いていると、俺は何だか視線を感じた。

 何人かの生徒が、俺をもの珍しそうにみたり、俺をみて何か話していたりする。

「……噂ってのは早いもんだな」

 俺はまるで、動物園のパンダになった気分だった。

 本当に、たまったもんじゃない。

 俺は、とても嫌な気分になった。


「……もう、帰ろうかな」

 俺はそう呟くと、階段へ向かって回れ右をした。

 すると目の前に、本物の人気者が立っていた。


「よ! マサ!」

「……陣内」

 陣内はいつもの爽やか挨拶で、俺に話しかけてきた。

「お前すっかり人気者だな、ハハ! 大変だろ、ちょっと付き合え!」

「え? あ、おい!」

 俺の返事も待たず、陣内は俺を引っ張ってどこかへ歩き出した。

「——お前、次の授業は⁉︎」

「まあまあ、細かいことは気にすんなって!」

 そう言って陣内は、俺をチラチラ見ていた群衆ぐんしゅうをよそに校舎を後にした。

「俺、良い場所知ってんだ。あそこなら誰にも見られねえよ!」

「あそこ? あそこってどこだよ?」

「まあまあ、いいからついて来いって!」

 陣内はとても強引だったが、不思議と俺は心のどこかで安心していた。

 今日初めて俺に話しかけてきた人がたくさんいたが、その誰にも俺は心を許せなかった。

 だがコイツにだけは、不思議と心を許せた。


「ここだ!」

「……ここって」

 陣内が連れてきた場所は、いつも俺が飯を食べていた中庭だった。

「ここなら誰も来ないだろ? 絶好の隠れ家だ!」

「……よく知ってる」

 俺はクラス一の人気者も認める隠れ家を見つけてたってわけか。

 そう思うと何だかおかしくて、笑えてきた。


 キーンコーンカーンコーン


 次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「……良いのか? 次の授業始まったぞ」

「まあたまには良いだろ! クラスに居たってマサとは話せないからな! たまにはゆっくり、二人で話そうぜ!」

 そういうと、陣内はニカッと笑った。

 ……ほんとどこで得られるんだ、その真っ白な歯は。

「……わかったよ」

 俺は観念してそう言った。

「やった! こんな日が来るとは、感動だなぁ、うう……」

 陣内がわざとらしく嘘泣うそなきをしてみせる。

「ったく、見えすいたことを……。ハハッ」

「ヘヘ、アハハハ!」

 俺たちはそのまま、しばらく二人で笑った。




 中庭のベンチに二人で座っていると、何だか不思議と気持ちが落ち着いた。

 隣にいるのは、正直あまり好きじゃないクラスの人気者だ。俺にやたらと構ってくることも含めて、あまり得意ではない。

 それにも関わらず、誰かとここに座っていることが俺にはとても心地よく感じられた。

「……なあ陣内」

「ん?」

 俺から話しかけたことに、内心ないしん自分でも驚いた。

 いや、もしかしてこれは記憶喪失の影響なのか?

 俺はそんな葛藤かっとうを繰り広げながらも、話を続けた。


「……ありがとな、助けてくれて」

 俺がそう言うと、陣内は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。

 だがすぐにニカッと笑って、

「なあに、気にすんなって! 俺がやりたくてやったことだ! 友達が困ってたら助ける、そうだろ?」

と言った。

「……友達ねぇ」

 ハハ、と俺は笑った。

「……なんだよ?」

 陣内がなんだか不服そうな顔で俺に言う。

「いや、あれで友達だったんだ、と思ってな。今までろくに会話をしたこともないだろ」

 俺がそう言うと、陣内の表情が確かにくもった。

 いや、曇ったというよりも真剣になったという方が適切かもしれない。

「……そうか、そうだよな」

 陣内はつぶやくようにそう言った。

「……なんだよ? ……もしかして本当に、この一ヶ月で何か?」

「いや! それは一旦置いておこう!」

 陣内はパッと手のひらを前に突き出し、俺の言葉を制した。


「……俺はな、マサ、こう見えてお前のこと色々知ってるんだぞ?」

 少しニヤッとしながら陣内は続けた。

「俺のじいちゃんは、浅井ゴロロって作家の小説が好きなんだ。俺も家で読んだことがあるけど、難しくて俺にはよく分からなかった。けど、マサはどうやらその面白さがわかるらしい」

 突然何が始まったのかと、俺はあっけにとられる。

 浅井ゴロロは、確かに俺が一番好きな作家だ。だが、俺がそれを学校の人間に話したことはないはずだ。と言うことはやはり、俺が記憶を失っている期間内に何かがあって、俺はそれを陣内に話したということか?

 俺の頭の中に、さまざまな思考が交錯こうさくする。


 そんな俺を見ながら、陣内はさらに続けた。

「そんな俺だが、ライトノベルはよく読むんだ。当然、『ロッカールームに俺、おっさん、ヤンキー』も読んだし、俺が一番好きな作品は『との物語』かな……」

「……それは俺も一番レベルで好きな作品だ」

 俺は、何かを察したように言葉を返す。

 すると陣内はへへと笑って、

「知ってる」

と言った。

「俺さ、嬉しかったんだ……。まさかマサとライトノベルの趣味が合うとは思ってなかったから」

 そう言う陣内は、なんだか本当に嬉しそうだった。

 それを見て、俺はなんだかとても不思議な気分になった。


「……どうして」

 一つの疑問が湧いて、俺は口を開いた。

 陣内と俺が会話したという件は一旦置いておく。それはおそらく、記憶のない期間に何かあったのだろう。

 今俺が抱いた疑問は、そんなものではなかった。

「……どうして、そんなに俺に話しかけようと思ったんだ?」

 俺が素朴なトーンで放った問いに陣内は、

「ん〜、どうしてかぁ……。難しいな。」

と言いながら、腕を組んで難しそうな顔をした。

「……なんていうか、マサとは仲良くなれそうな気がしたんだよ。なんつうか、似てるところがあるっていうか。」

 陣内の意外な答えに俺は、

「クラス一の人気者とクラス一のぼっちの似ているところ、ねえ……」

と、ひねくれたように笑ってみせた。

「ハハッ、そんなにひねくれんなよ!」

 陣内はワハハと笑いながらそう言った。

「……それで? どんなところが似てるっていうんだよ」

 俺は少しぶっきらぼうに聞く。

「ん〜、そうだなぁ……」

 ——今考えるんかい!

「怒るなよ?」

「それは聞いてから決める。」

「こわ!」

 いいから早く話せ、という勢いで俺は陣内をにらみつける。


「……なんていうか、最初にクラスでマサを見た時、寂しそうに見えたんだよ。昔の俺に似てたっていうか……」

「昔?」

「俺、両親を小さい時に亡くしててさ。今もじいちゃんとばあちゃんと暮らしてるんだ。」

 陣内はあっさりと自身の過去について語った。

 しかし俺は、その衝撃に言葉をつまらせる。

「だから、小学生の頃なんかは時々寂しくなることがあったんだよな。なんで俺にはパパやママがいないんだろ〜って……」

 陣内は目の前の木を見上げながら続ける。

 俺は、その横顔をじっと見つめる。

「だけどそんなある日さ、じいちゃんに言われたんだ。友達を大切にしろって……。それで、そう思って学校に行ったらさ、クラスには思ったより多くの友達がいて、そいつらと話したり一緒に遊んだりしたら、不思議と気持ちが明るくなったんだ」

 俺は静かに、陣内の言葉にうなずいた。

「友達の存在が、俺を救ってくれた。だから、友達っていうのは俺にとってとても大事なものなんだ。……俺はマサのことよく知らなかったけど、どこか寂しそうな姿をみて、俺がマサにとってのそういう『友達』になれたら良いなって、そう思ったんだ」

 陣内はへへっと照れ臭そうに笑いながらそう言った。

 俺はその言葉を聞いて、自分の中で何かが動くのを感じた。


「……ん? どうしたマサ?」

「……いや、なんだかすごく腑に落ちた感覚があってな。なんて言ったらいいのかわからなかった」

 俺は静かなトーンでそう言った。

「そっか……」

 そのまましばらくの間、俺たちは何も喋らず座っていた。


 実際時間で一分くらい経った後だろうか、俺が先に口を開いた。

「……俺たち、友達になれるかもな」

「何言ってんだ、もう友達だろ」

 陣内が間髪かんぱつ入れずに返してきて俺は少し驚いたが、すぐにニヤッと笑って。

「……そうだな」

と言った。


 そのあと俺たちは、チャイムが鳴るまでの間ここでしょうもない話をした。

 時間に余裕がないとできないような、他愛もないような話だ。


 そうして、俺と陣内海斗は、友達になった。


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