「今日この日」
わずかに太陽の余韻を残す空が、段々闇へと染まっていく。
その下では多くの人が行き交い、屋台の灯りや匂い、そこかしこにある見慣れぬ食べ物やゲーム、浴衣などの、非日常感溢れる空気に高揚している。
「わっ! わあ! わああ‼︎ キャー」
そしてここにも、そんな光景に興奮している者が一人。いや、一妖精?
少女は、明るく照らされた屋台、光るドリンクや飴をもった人たちを見るたびに、目を輝かせては楽しそうに叫んでいる。
その身を包むのは、白地に赤い花が描かれた浴衣である。いつもはポニーテールのセイラだが、今日はなんだか頭の後ろでお団子? のようになっている。
とにかく、普段とは違う姿に、俺もなんだかドキッとしてしまう。
「……花火大会、良いな」
夏休みに入り二週間程経過した今日、俺とセイラは、花火大会に来ていた。
例の咲との会話で花火大会の存在を知ったセイラは、行くからには徹底的にやりたい、と言って聞かなかった。
そのため俺は、浴衣のレンタルについて調べ、着付けから髪型まで全てをやってくれるところを探し、そこで完璧な花火大会らしい格好を準備してもらった。
当然セイラだけが認識される状態で行ったわけだが、着付けのお姉さんに、
「デートですか?」
と聞かれて、
「デート⁉︎ デートってなんですか⁉︎」
と、お姉さんを困惑させていた。
認識の話でいうと、今も他の人から姿を認識されているのはセイラだけで、俺は今は他の人からは見えていない、という状態である。
ドンッ
「痛っ!」
……なのでこういう、他の人にぶつかられるということがしょっちゅう起こる。
「大丈夫? ヨシヨシ」
ぶつかった所をさすりながら、セイラが見上げるようにこちらを見て心配してくれる。
今日は多少メイクもしているらしく、普段の元気いっぱい、という顔に少し、凛とした乙女らしさが見え隠れする。
それがなんだかとても美しく、可愛らしく、人間離れした綺麗な目と肌によく似合っていた。
「……花火大会、良いな」
俺は思わず、再びつぶやく。
「ね! すごく楽しい‼︎ ワクワク」
「……しかし、どちらかの姿しか認識してもらえないっていうのは不便だな。今さらの話だが……」
俺が人から足を踏まれたりぶつかられたりするのもそうだが、浴衣姿の女の子が一人ではしゃぎまくっているというのも、それはそれで余計なトラブルを生むかもしれない。
俺の言葉に、セイラは顎に手を当て何かを考え始めた。
「……うーん。ムムム」
「なんだ? どうした?」
俺が声をかけると、セイラは急に両手をあげて飛び上がった。
「そうだ! 私が二人分やれば良いんだ! パパーン」
「……二人分?」
「そう! 見てて! ビシッ」
そう言うとセイラは、目を閉じて何やら強く意気込んだ。
「……んん、むむむむ、ん〜、ハッ‼︎ ドリャ」
何やらゴニョゴニョ呟いた後、彼女は飛び跳ねた。
「よし! これでできたよ! 今、私は二人組のカップルとして認識されてる! これで万事解決だね! パパーン」
「カップル⁉︎ ……っていうか二人分て、そんな裏技があるならもっと早く教えてくれよ!」
俺はやれやれという調子で言う。
「あはは、ごめんごめん! 今までやったこともなかったから思いつかなかった。アハハ」
セイラはケタケタと笑ってみせる。
「今、周りの人にはマサの姿もちゃんと認識されてるよ。私が認識したマサの姿を、私が作り出す認識のイメージに反映させてるから。ヘヘーン」
「……それはすごいな」
俺がそういうと、突然セイラは少しモジモジとした態度になった。
「……ん? なんだ、どうした?」
「……ただこの方法にも弱点があって、あんまり離れすぎると認識の位置がずれてマサの位置がおかしなことになっちゃうんだよね。……だから、」
そこまで言うと、セイラはそっと右手を差し出して、
「手、繋いでおいてもらえると嬉しいんだけど……」
「……へ?」
あまりに唐突な提案に、俺は間抜けな声を出す。
「ほら! 今カップルとして認識させてるし! そっちの方がいいよ! 絶対!」
セイラは両腕をパタパタさせながら必死で訴えてくる。
その様子がなんだかとても可愛らしくて、俺は思わず笑えてくる。
「ハハッ、なんだよそれ」
「なんで笑うの!」
セイラはプーッと頬を膨らませる。
それがまた、なんだかとても可愛らしい。
「悪い悪い……。わかったよ、手をつなげば良いんだな?」
俺はそう言うと、彼女の手を取った。
「えへへ……」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
その笑顔が究極に可愛らしくて、俺は急にドギマギしてしまう。
もしこの様子を正確に認識されたら、それはほぼ間違いなく付き合いたてのカップル、その初デートに見えるだろう。
「ま、まあ、実際その方が効率いいしな……!」
あまりにも甘い空気が流れそうになったので、俺はあえてそんな空気を壊す余計な一言を付け加える。
横目でチラッとセイラの方を確認すると、彼女は目をパチクリとさせて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
しかしやがて、ハァ、と小さくため息をついてから、
「……まあ、マサはそういう人だよね……」
と、どこか呆れたような、どこか優しいような声でそう言った。
俺はなんだか少し恥ずかしくなったが、それを振り切るように前を向き、
「……じゃあ、行くか!」
と、先陣を切って進み始めた。
「うん! 行こう!」
そうして俺たちは、屋台巡りへと繰り出した。
『マサ、あれ! あれ取ってよ!』
『よーし、任せろ!』
祭りで射的をするとなれば、当然こういう会話をするものだと、そう思っていた。
——しかし実際は。
「マサ! もう一回! あと一回だけ!」
「……お前、まだやるのか?」
「やる! 何か手に入れるまでやる! お願い! もう一度玉もらってきて!」
「ハア……。……すみません、もう一回」
銃を握るのは彼女、俺はまるで、娘を見守る父親のようだ。
彼女の好奇心は、この射的という競技が大変気に入ったらしい。
セイラは先程から、夢中になってやっている。
思えば、俺も子供の頃は銃や射的といったものに夢中になっていた時期があった。やはり銃は、根本的にとても魅力的な要素があるのだろうか。
……しかしそれにしても。
パン!
「……下手すぎるだろ」
「むーー‼︎」
俺がつい言葉を漏らすと、セイラが悔しそうに頬を膨らませながらこちらを見てきた。
「——お嬢ちゃん、良かったらこれ、持っていきな」
「え!」
見かねた店のおじさんが、セイラがずっと狙っていた小さいストラップを差し出しながらそう言った。
「良いの⁉︎」
「ああ良いぞ! 嬢ちゃん頑張ってたからな、サービスだ!」
そう言っておじさんは、ニカっと笑う。
射的やの人間なんて、意地悪な人間しかいないと思ってたんだが……。世の中いろんな人がいるってことか。
……それかもしくは、セイラがあまりに可愛いからだろうか。
「良かったな」
「うん!」
「あ〜、兄ちゃん! 兄ちゃんの分も、良かったら持っていきな。ほれ!」
「えっ、ありがとうございます……!」
俺はおじさんからセイラとお揃いの、頭がライオンの形になっている人型のストラップをもらった。
……もしかして、単純にこれが人気ないだけなんじゃないか?
「わ! おじさんありがとう!」
セイラが笑顔でお礼を言って、おじさんも満足そうな顔をしていた。
「よかったねマサ! これでお揃いだよ!」
……ま、セイラが満足そうだからそれで良いか。
そうして俺たちは、二つの『顔だけライオン人間』のストラップを持って、射的屋を後にした。
‥‥ほんと、なんなんだこのストラップ。
その後、俺とセイラはたくさんの屋台を回った。
綿飴を食べ、りんご飴を食べ、焼き鳥を食べ、電球ソーダを飲んだ。
それらの代金は全て、以下略……。
一通り回り終えると、俺たちは人が比較的少ないエリアへと移動し、石を切り出した椅子のようなものに腰掛けた。
「花火大会って楽しいね!」
「花火自体は、まだ始まってないけどな……」
「あ、そうか!」
一通り屋台を巡って美味しいものも食べ、セイラはすっかりご機嫌なようだった。
「……俺は、久しぶりに人に姿を認識してもらえて嬉しかったよ」
これに関しては、心からの言葉である。
セイラの強引な発想により、久しぶりに人と目を合わせて関われている。
まさかそんなことに感動する日が来るとは思ってもいなかった。
「そっかそっか、良かった!」
「……お前、いつもの語尾はどうした? 今日はなんだかすごく普通に喋るな」
「え⁉︎ そうかな? ……今日はそうだね、なんだかうまくいかないというか、インスピレーションが湧いてこないというか……」
セイラは目を左右に泳がせながら言う。
……なんだ。あの語尾は別に、絶対につけなきゃいけないやつじゃなかったのか。
「まあなんでも良いけどさ。あの変な語尾も、今や聴きなれたどころか、無いと違和感を覚えるなんて、我ながら変な感覚だよ」
俺はなんだかおかしくって、へへと笑う。
「もう、何それ!」
それを見たセイラも、あははと笑う。
俺たちは屋台の匂いが感じられる夏の空の下で、二人で大きく笑った。
「おっと、もうすぐ打ち上げ開始の時刻だ」
周りに座っていた人たちも、次々と移動を開始している。
「やった! 花火花火〜!」
セイラは飛び跳ねるように立ち上がる。
「よし! じゃあ移動するか」
「する〜!」
この花火大会には、昔家族で来ていたことがある。我が家はその時、花火が良く見えてかつ、人も比較的少ない場所を見つけているのだ。
俺はその時の記憶を頼りに移動を開始する。
「——あ! ちょっと待って!」
「ん?」
後ろからセイラに声をかけられる。
「……忘れたの? 今日は手を繋いでないといけないんだよ?」
セイラのことだ。おそらく妖精の無知ゆえ、こんな大胆なセリフを発しているのだろう。
……しかしそれにしても、今まさに目の前にいるセイラは、少しの恥じらいと少しの勇気、そして少しの悪戯心を持った、可愛らしい恋する少女そのものに見えた。
「そ、そうだったな……」
俺は、自分の動揺を悟られないように、そっと手をとる。
俺の手よりもずっと小さいその手から、愛くるしい柔らかさと命の温度が伝わってくる。
平常心を取り戻していた俺の体に、再び緊張が走った。
手を繋ぐと、俺たちはそのまま歩き出した。
「……なあセイラ」
「ん? なあに?」
「……これは、どうしても手を繋いでなくちゃいけないのか?」
「え、嫌だった?」
俺の問いに驚いたように、セイラはパッとこちらを向いて尋ねてくる。
「いや、嫌ってわけじゃ無いんだが……、その……」
「良かった! じゃあ繋いだままでいいじゃん!」
セイラはニコーッと笑って、ルンルンと歩いていく。
俺はその横顔を見て、なんだか胸が熱くなるのを感じた。
俺たちは、そのまましばらく何も喋らずに、ただ黙って歩いた。
沈黙と雑踏の中、お互いの手の温度だけがはっきりと感じられた。
「着いた、ここだ」
「わあ! 広―い!」
俺とセイラは、開けた土手の芝生のエリアにやってきた。
ここは、多くの人がレジャーシートを広げる位置から少しずれた位置にある。
人の流れから外れて少し歩かなければいけないのだが、花火の見え方は中央と大差がないし、何より人が少ないので、野外の開放感をもったまま花火を見ることができる。
「……よし、このあたりにするか」
俺は、肩に下げていたウエストバックからレジャーシートを取り出し、手頃な位置に広げた。
「おお‼︎」
「ここに座って、花火を見るんだ」
「すごい! 楽しみ!」
俺が座ると、セイラも意気揚々とシートの上に腰掛けた。
時刻は19時26分。花火大会開始まであと4分である。
俺とセイラは、静かに高まっていく興奮を胸に、黙って暗い夜空を見上げた。
「……ねえマサ、」
「ん?」
「花火、すっごい楽しみ!」
えへへ、と彼女は満面の笑みで再び言う。
その笑顔に、俺はまたしても見惚れてしまう。
「……そうだな。」
「花火見てる時、お話できるかな⁉︎」
「んー、そうだな。花火はな、ものすごく大きな音がするんだ。だから喋ってもあんまり意味ないかもな。」
「そうなんだ……、わかった! じゃあまた終わったら話そ!」
そんな会話をしていると、向こうの人の多いエリアが、なんだか騒がしくなってきた。
携帯を開き、時刻を確認する。
——19時29分。
「お、もうすぐ始まるぞ!」
「えっ! ほんと⁉︎」
俺がそう言った次の瞬間、中央のあたりから十秒前のカウントダウンが聞こえてくる。
「お、来た‼︎ いくぞ、ろく! ごぉ!」
「——え⁉︎ え⁉︎」
「さん! にい!」
『いち‼︎』
——ヒューーー、ドォーン‼︎ パチパチパチ
一発目の花火が打ち上がると、あたりは歓声に包まれた。
それに続くように次々と花火があがり、夏の夜空を明るく染める。
「わあぁ⁉︎ わああ! わあ〜‼︎」
隣でセイラが驚いてワーキャー騒いでいるのがよく聞こえる。
「すごい! すごいすごい‼︎」
花火の音であたりの音はまるで聞こえないが、一番近くにいる彼女の声だけがやけにはっきり聞こえた。
その楽しそうな声を聞いていると、こっちまで楽しくなる。
人間として過ごしていた時、こんな日がくるなんて想像もしていなかった。
俺は夜空に咲く花火を見ながら、自分が妖精としてここにいること、そして隣にセイラがいることを、ふと不思議に感じた。
俺はふと、隣にいるセイラの顔を見た。
花火の赤や緑の色に照らされたその横顔は、今まで見てきたどんなドラマや映画のワンシーンよりも印象的で、ドラマチックだった。
「……綺麗だ」
気がつくと俺は、そんなことを呟いていた。
『本日の花火大会は、終了致しました。』
花火大会が終わると、人が一斉にガヤガヤと動き始めた。
「……一旦、人の波が落ち着くのをここで待つか」
「ねえマサ‼︎ 花火、凄かった‼︎」
セイラの方に顔を向けるや否や、彼女は目を輝かせてそう言った。
「ほんとにほんとに凄かった‼︎ ピュ〜って、ドーンってぇ‼︎」
彼女はどんどんと身を乗り出して、こちらに語りかけてくる。
「……ああ、そうだな」
「すっごぉ〜く楽しかった‼︎」
「……ああ、楽しかった!」
「へへへ!」
俺も、俺もとても楽しかった。
そんな会話をしながら、俺たちは人混みが落ち着くのを待った。
「ねえマサ……」
「ん?」
「ありがとう! 今日まで色々、人間のこととか教えてくれて!」
改まった様子で、セイラがにこやかに続ける。
「私、すごく楽しい! 楽しかった! 今日も、今までの日々も全部! マサと一緒に行動するようになってから、毎日がすっごく楽しい‼︎ だから、ありがとう‼︎」
セイラはまた、眩しすぎる笑顔でそう言った。
だが、お礼をいうのはこっちの方だ。
「……こちらこそ、ありがとな。俺も、楽しかったよ。今日も、これまでも全部」
そうだ……、俺はずっと楽しかったのだ。
最初は、自分の生活が大きく変わったことに戸惑いを感じていた。
けれど、その先にあったセイラとの時間は、とにかくどれも楽しくて、自分の弱さを突きつけられるようなこともあったけど、それすらもかけがえのない大切な時間で……。
俺は、セイラと出会ったことで大きく変わった。
セイラとの時間が、俺を変えてくれたのだ。
それを自覚した時、俺の胸にふと何かが宿ったような気がした。
……いや、何かなどではない。俺は、これが何かすでに知っている。
「ん? マサ、どうしたの?」
黙り込む俺に、セイラが首を傾げながら呼びかけてくる。
その目を、俺は真っ直ぐに見つめ返す。
……そうだ、これは。
「……いや、なんでもない。さ! そろそろ行こうか」
「え〜……! まあいいや! 行こ!」
「まだ夏休みはあるんだ。また今度、別の遊びにも行くか。」
「えっ! やった〜‼︎ うん、行く行く!」
いつもの軽いやりとり。それが、わずかに湿った空気の夜空に高らかに響く。
もっと早く気づけただろうか?
……いや、やはりこのタイミングだったんだろう。
今日この日、この花火に照らされる彼女の顔を見た時に気づくのだと、そう運命で決められていたのだ。
まだ耳に花火の音が残っている。空気に混じった硝煙の香りが鼻を抜けていく。
そんな夏の空の下、俺は初めて、彼女に恋をしたのだとを自覚した。




