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12/22

「変化」

 次の月曜日、その日のセイラは今までとまるで違った。

「よ! おはよ!」

「……よう」

 朝から玄関でさわやかに挨拶してきた陣内じんないを、面倒くさそうにあしらい教室に入った。そしてそのまま、一人で読書を始めた。

 さらに授業中も、今までのようにソワソワするのではなく、じっと座って素朴そぼくに授業を受けていた。

 俺はその様子を隣で見ながら、先生に指名された時にすぐ答えられるよう、いつも以上に集中して授業を聞いていた。


「驚いたな……」

「え? なにが? キョトン」

 お昼休み、俺とセイラはいつもの人気の少ない中庭のベンチに座って、二人でおにぎりを食べている。

「お前、俺のフリめちゃめちゃ上手くなってないか?」

 俺は素直に自分の驚きを吐露とろする。

「……正直、あまりにも俺らしくて、見ていて少し恥ずかしくなったくらいだ」

 自分のモノマネを見るというのは、なんだか複雑なものだ。

「へへへ、一緒に買い物に出かけた甲斐があったね! フフーン」

 彼女が渾身こんしんのドヤ顔でそう言う。

「それ、関係あるのか……?」

 俺は正面の木を見ながら、へっと苦笑いをする。

「別に、ただマサに対する理解が深まっただけだよ。というか、互いにかも! 互いに理解が深まったから、お互いがお互いをより深く感じられるようになったんだと思う。ただ、それだけのことだよ! エヘヘ」

 横目で彼女を見ると、彼女も正面の木を見ながら楽しそうに笑っていた。

「……なるほどな」


 彼女の言いたいことが、何となくわかった気がする。

 確かに俺とセイラは、以前よりもずっとお互いのことを知るようになったし、お互いのことをより信頼できるようになったと思う。

 言葉で説明するのは難しいが、少なくとも今の俺は、この場所で二人でおにぎりを食べるこのお昼の時間をとても気に入っている。この時間が、一日の中で一番楽しくすらある。


「……確かに、それはあるかもな」

 俺は改まって、つぶやくように言った。

「でしょ! シシシ」

「だな、ハハハ」

「アハハハ!」

 俺たちは声をそろえて笑った。

 何が面白いのかはわからないが、とにかく笑った。


「……何を一人で笑っているの?」

 突然隣の方から声がして、俺は慌てて口を閉じた。

「……相変わらずこんなところに一人でいるなんて、あなたも好きね」

 例のごとく、そこには黒髪ロングの模範的もはんてき優等生、神林咲かんばやしさきが立っていた。

 クソ真面目まじめは相変わらずのようで、制服のボタンは丁寧に全て閉められ、リボンもきちんと締められている。

 腕を組み、どこか見下ろすような角度でコチラを見ているその佇まいは、まさにいいとこのお嬢様、という感じだった——まあ実際、彼女の家はそんなイメージにぴったりのいい家の育ちなのだが。

 咲の両親はしつけに厳しいらしく、家の中でもあまり気を抜くことはできないらしい。

 更に、彼女が中学に上がったあたりから、三つ上の姉と自分を比べてしまうことが増えたという。それが彼女自身の心を縛っているところもあるのだろう。

 一応、幼馴染としてこのくらいは彼女のことを知っている。

 だから、神林咲がこういう性格なのは、ひとえにこのようなバックグラウンドが関係しているのだと思う。


「あ、えっと……」

 さすがのセイラも、突然声を掛けられたことに動揺しているようだった。

「……幼馴染おさななじみの神林咲。俺は『咲』って呼んでる」

 咲だぞ。くれぐれも『咲ちゃん』なんて呼んでくれるなよ?

 俺が耳打ちすると、セイラも彼女を思い出したらしく、スッと俺らしい太々(ふてぶて)しい態度になり、おにぎりを一口頬張ほおばった。

「……無視?」

 そんな俺——セイラ——の態度を見た咲が、鋭い声で問い詰めてくる。

 そんな咲の威嚇いかくにも動じず、セイラはゆっくりとおにぎりを飲み込んだ後で、じろりと咲の方を見た。

 ——わお、実に俺っぽい!

「……何の用だ? つまらないことで俺のいこいの時間を邪魔しないで欲しいんだが」

 もはや自動操縦じどうそうじゅうとなったセイラは、何の指示もなくサラッと俺らしい言葉を発してみせる。

「おお……」

 その成り代わりっぷりに、思わず口から声がもれる。それは関心というより、引いている感覚に近いのだが。

 咲の方は、セイラのその態度に呆れたようで、ハア、とため息をついて額に手を当てた。

「まったく……。今日は話があってきたの!」

「話?」

 突然の言葉に俺とセイラは驚く。

「……マサ、あなた少しは海斗くんの言葉に反応しなさいよ」

 咲の言葉に、今度は俺の方がため息をつく。

「またそれか……」

 今度はセイラが言葉を発するより早く、俺がそうつぶやく。

 前にも同じようなことを言われたことがある。咲は、陣内と俺のやりとりをやたらと気にしているところがあるのだ。

「セイラ、少し俺に会話させてくれ」

 俺はそう言うと、セイラの隣に立った。

 セイラは横目で俺を確認すると、すぐに視線を正面の咲に戻した。


「……お前、なんでそんなに俺と陣内の関係にこだわる。そんなに陣内が可哀想に見えるのか? 陣内を無視する俺が、腹立たしく見えるのか?」

 俺は少し強めの口調でそう言った。

 セイラは、俺のその調子を真似して言葉を繰り返す。

「違う! 別にそういう意味で言ってるんじゃない……!」

 咲がはっきりとした態度で否定してくる。

「じゃあ、どういう意味だ?」

 俺も負けじと口調を強めて言う。

 すると咲はスッと空気を変えて、改まった調子で口を開いた。


「別に、海斗君のために言ってるわけじゃない。……あなたのために言ってるの!」

「俺のため……?」

 思わぬ言葉に、俺は返す言葉を失う。

「海斗くんは、きっとマサと仲良くなれる。マサは、海斗くんのことを知らないだけなのよ」

 まっすぐな彼女の言葉に、俺は言葉を詰まらせる。

 すると、俺のその様子を見たセイラが俺の代わりに口を開いた。

「……陣内がどんな奴だっていうんだ?」

 セイラがそう尋ねると、咲は一瞬考えてから口を開いた。


「……あなたは知らないだろうけど、実は海斗くん、両親がいないの。まだ彼が幼い頃に、事故で……」

「なっ!」

 俺は思わず驚きの声を出す。

「その後、彼はおじいちゃんとおばあちゃんの家に引き取られて、今もそこで暮らしてるんだって」

 俺は、あっけに取られて立ち尽くす。

 セイラもその雰囲気を感じ取って、同じように振る舞っている。

「……彼、それを話してくれた時とても明るかった。壮絶な過去を背負っているはずなのに、それを悲観的に話すんじゃなくて、明るく話してくれた! マサなら、この意味わかるでしょ⁉︎」

 咲が必死に放つ言葉を、俺は黙って受け止めていた。

「……マサも同じように、中学の頃に人と違う経験をしたことで悩みを抱えた。そのことで人にからかわれたりもしたし、自分でも嫌になったことがあるでしょ? きっと、海斗くんもそういう経験をしてきたと思う。多分、マサよりもずっと長い期間。でも海斗くんは、それを嫌なことだとは感じていないみたいだった! 誰よりも明るい、クラスの人気者。言いたいこと、わかるでしょ?」

 俺は、口元を締めながら小さくうつむいた。

「海斗くんは、きっとマサのことをよく理解してくれる……。きっと、海斗くんもマサに何か自分に近いものを感じたんだと思う。だから、こんなに話しかけているのよ」

 咲の言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。

 その言葉に何か返事をしようとしたが、上手く言葉が出てこなかった。


 近いものなんてとんでもない。きっと陣内海斗が経験してきたことは、俺のそれとは比べ物にならないほど大きなものだ。

 これまで、世界で一番辛い経験をしてきたのは俺だ、と言わんばかりに周囲の人間に対して距離をとり、幸せなお前らには俺の気持ちはわからない、と壁を作ってきた。

 楽しく過ごせないのは過去の辛い経験があるからだ、と自分自身にも言い聞かせていた。

 しかしどうだ? 陣内海斗は俺よりもずっと壮絶な過去を持っていた。想像しただけでも、その苦難は俺の経験などとは比べ物にならないほど大きなものだろうと感じる。

 それにも関わらず、彼はあんなにも明るく前向きに、世界と向き合っている。


 ……俺はもう、認めざるを得ない。俺自身が世界と上手く付き合えていないのは、過去の経験があったからではないと。

 過去に辛い経験があったら人生が暗くなるのなら、陣内は今あんな風に振る舞ったりできない。

 俺の毎日が暗いのは、単に今の俺が、自分を晒すことを恐れているからだ。世界に対して、コミットすることを恐れているからだ。

 俺が真に向き合わなくてはならないのは、他ならない俺自身なのだ。


 何か言葉を発しようとするが、言葉にならない。それほどに大きな変化が、自分の内側で起きていた。


「……わかったよ。」

 かろうじて出てきた言葉を、セイラが丁寧に復唱してくれた。


 自分の価値観が大きく変化し、世界の見え方が変わっていく——そんなパラダイムシフトのような現象が、今俺の中で起きていた。

 そしてそれによって、陣内海斗に対する見方もすっかり変わっていた。

 彼と、話をしてみたくてたまらなかった。


「……次は、陣内と話す」

 俺がそう言うと、咲は表情をゆるめて、

「……そう」

と言った。

 そのまま俺と咲の間に、長い沈黙が流れた。


 すると突然、セイラが口を開いた。

「……本当に咲ちゃんは、陣内くんが好きなんだね。フフ」

「——なっ!」

 セイラの言葉に、咲は顔を真っ赤にして動揺していた。

 俺も、セイラが自分の口調で話したことに動揺した。

 しかし咲は「好き」という言葉の方に動揺して、呼び方や口調などは気にもしていない様子だった。

「な、何⁉︎ 別に、そんなんじゃ……‼︎」

 慌てる咲を見て、セイラが、フフ、っと笑う。

「も、もうこんな時間! 私、教室戻るから! じゃあね‼︎」

 そう言うと、咲は逃げるように教室の方へと駆けて行った。

 その後ろ姿を見ながら、セイラはニコニコと微笑んでいた。

 俺は、その二人の後ろ姿を視界に入れながら、

「……ありがとな」

と言った。


「良い昼休みになったね!」

 咲が見えなくなった後、セイラが優しい笑顔でそう言った。


 昼休み。……そう、わずか四十分間の昼休みだ。

 その区切られた時間の、わずか一瞬。

 その一瞬で、俺の世界の認識は大きく変わり、目の前には新しい世界が広がっていた……。

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