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「異種族交流(デート) その3」

 映画を終え、近くのラーメン屋でかなり遅めの昼食——もはや夕食——を食べると、俺たちは帰路きろについた。

 時間帯のせいもあってか急行の電車は混んでいて、俺たちは人とぶつかることを避けるため、空いていた各駅停車の電車でゆっくり帰ることにした。

 帰りの電車で、彼女は今日の感想を延々と喋っていた。自分が見たもの、発見したものについて無邪気に報告する様は、まるで小さな子供のようだった。

 その止まることを知らない純粋なエネルギーが、俺にはとても心地よく感じられた。


 最寄駅に着くと、なんだかとても落ち着いた気分になった。

 七月の空はこの時間でもまだ明るかったが、陽の光はだいぶ弱まり、ちょうど過ごしやすい気候になっていた。

 最寄駅から自宅までは歩いて十分ほどかかる。

 その間も、セイラは休むことを知らずにずっと何かを喋り続けていた。

 やがて俺たちは人通りの多い駅付近から離れ、人通りの少ない住宅街に入った。


「ねえマサ、今日はありがとう! ニカッ」

 あたりに人がいなくなると、セイラが唐突にそう言った。

「……突然なんだよ」

「今日一日すっごく楽しかった! こんな経験ができたのは、全部マサのおかげ! だから、ありがとうって言っておきたくて! エヘヘ」

 本当に嬉しそうな顔をして、彼女はこちらを見て笑う。

 その笑顔を見て、俺はおもわずドキッとしてしまう。

 ……今日、色々変なことがあったせいだろうか。

「……そうか、それなら良かった」

 左側を歩くセイラの左手には、今日買った服の袋が握られている。

 風が吹くと、彼女の身を包むワンピースのフリルが優しく揺れた。


「……俺も、楽しかったよ」

「ほんと⁉︎ 良かったぁ‼︎ エヘヘ」

 俺としても、今日一日セイラと過ごしたことで多くのことを体験できた。

 当初は、普段と違う場所でセイラと過ごすことで、彼女への理解を深めるという目的もあった。

 しかし、残念ながらそれは失敗に終わった。

 彼女への理解は深まるどころか、謎が増えたばかりだった。

 まだまだ謎だらけ、ということがわかったという意味では、成功したと言えるのかもしれないが……。


 俺はふと気になって、今まで聞かないでいたことを彼女に聞いてみた。

「……セイラは、どうして人間に興味を持ったんだ?」

「え? 急だね! アハハ」

 俺の突然の問いに、彼女は笑いだす。

「それはね、人間が今まであってきたどの生き物よりも一番私たち妖精に似ているからだよ! デデン」

「違う、そういうのじゃなくて……」

 そう、そんな用意しておいたような答えを聞きたいわけではない。それに、その話なら前に一度聞いている。

 今俺が聞きたいのはそういう話ではなく、もっと具体的なエピソードである。

「何がきっかけで人間に興味を持ったんだ? セイラが今までどういう風に生きてきたのか、それを知りたいんだ」

 冷静に聞くととんでもなくキザなことを言っているようにも感じられて、少し恥ずかしくなる。

 しかし今の俺は、そんな羞恥心しゅうちしんなどよりも純粋な彼女に対する興味の方がまさっていた。


 俺の言葉に、彼女は驚き一瞬固まっていたが、すぐに表情を柔らかくして口を開いた。

「……うん、そうだね。そういえばちゃんと話したことなかったよね」

 ゆっくりとしたトーンで、彼女が語り始める。

「ちょうど良い機会だしね、最初から全部話すよ! 私たち妖精のこと、そして私のこと。家に着くまでには終わらないかも……」

 あはは、と彼女が笑う。

「いいさ、そうしたら近くをもう一周しよう」

 俺がそういうと、彼女はニコッと笑ってうなずいた。

「わかった、じゃあ話すね。そうだな……」

 そういうと彼女は、夜へ向かおうとしている空を見上げた。


「私が初めて人間を見かけたのは、あの滝があったあたりからちょっと離れたところだったんだ。キャンプ場って言うのかな?」

 ……確かにあのあたりは人気のキャンプ場で、人も多い。

 それでいながら深い森もすぐそばに隣接しているため、確かに妖精が偶然ぐうぜん人間に出くわす場所としては納得できる。

「……それまではどこにいたんだ?」

「妖精たちが暮らす森に住んでたの! そこは普通の方法ではたどり着けない場所なんだけど、私の家族も友達もそこにいて、みんなで一緒に暮らしてた!」

「……普通にはたどり着けない場所、ね」

 今さら疑いなどしない。すでに沢山の、人間として暮らしていた時からは考えられないような不思議な現象を目の当たりにしている。

 彼女がそう言うのなら、本当にそういう場所が存在するのだろう。


「その私が住んでいた村には古くからの風習ふうしゅうがあって、村の子供達は十二歳になったら外の世界へ旅に出されるの。子供達はその旅で広い世界を見て回って、その中で色々な経験をんで、妖精として一人前になるんだ! ついでに、自分の能力についての理解を深めるんだよ!」

「ちょっと待て! 十二歳って、お前今いくつだ?」

 十二歳という数字に引っ掛かり、俺は言葉をさえぎる。

「私? 今は十六歳! だから、旅に出てからは大体四年になるかな」

「四年……!」

 俺は静かに驚愕きょうがくした。

 十二歳といえば、人間でいうと小学六年生くらいの年齢である。その若さで家族や安心できる環境を離れることが、どれだけの勇気を必要とすることだろうか。その重さは想像を絶するものだろう。

 俺が十二歳の頃、もし必要を迫られたとしても果たしてそんな行動が取れただろうか?もしそんな経験をしていたら、どんな人生を送っていただろう?

 俺は答えの出ない問いを自分に投げかける。


「……まあ、最初のうちは寂しくて、よく泣いちゃったりしてたんだけどね……」

 えへへ、と彼女が照れるように笑う。

 そんな彼女が、とても強くたくましく見えた。

 俺は、心がつらぬかれるような感覚と共に自分の小ささを思い知った。


「四年もの間、ずっと一人でいたのか……」

「一人じゃないよ! いろんな友達が一緒にいてくれた! 世界には色々な生き物がいるでしょ? 熊さんとか鹿さんとか、蝶々さんとか蜂さんとか。私の能力は、そういう他の生き物のみんなと友達になることにすごく役立ったんだ!」

「……能力って、認識を変えるっていう例のやつか? さっきも自分の能力がどうこうって言ってたけど……」

「そうそれ! 妖精はね、十歳をすぎた頃からそれぞれ独自の能力に目覚めるの! 私のは正確に言うと姿を変えれる力じゃなくて、『他者からの認識を変える』っていう力なんだ! 友達には『探し物を強く発光させることができる力』とか、『含有がんゆうする水分量をコントロールできる力』とかを持つ妖精もいるよ!」

「……なるほど、かなり多彩たさいだな」

 やはりこのあたりの話は、聞いてもよくわからない。

 住んでいるところや能力の種類の幅も含めて、妖精という存在についてはまだまだ底が知れないようだ……。


「……そんな旅を続ける中で、ある時人間に出会ったってわけか」

「まあそうだね。私はあそこである人間の行動を見て、人間って本当に不思議で魅力的な生き物だなぁ、って興味を持ったの」

 そう語る彼女の横顔はどこか嬉しそうで、薄暗うすぐらい空の下でひときわ輝いて見えた。

「ある行動って?」

「……一人の男の子がね、全然喋らないの。周りの人はたくさん会話したりふざけあったりしてるのに、その子だけ一人みんなの輪から外れて立ってるの」

「なに? 急に何の話が始まったの?」

 俺はびっくりして彼女に言う。

「興味を持った行動の話だよ。その男の子ね、誰とも仲良くなさそうなのに、誰よりも皆のことわかっているみたいだったの。他の人が次に何しようって言い出すかとか、周りの人が今何をしたがっているかとか、言いたいことがあるのに言えないでいる子がいるのとか、全部わかっているような立ち振る舞いをしてたの」

 セイラは、空を見上げるように顔を上げると、どこか夢見るような口調で続けた。

「私ね、いつも自分一人で突っ走っちゃうところがあって、今まで周りをちゃんと見たことなかったなあ、ってそのとき思ったの。それで、そんな気づきをくれた人間のことが、一気に気になり始めたの……!」

 目をキラキラさせてこちらを見る彼女の表情は、いつもの好奇心に溢れた天真爛漫てんしんらんまんな色が溢れつつも、どこか普段とは違う真剣味をびていた。

 それが、この興味が彼女にとって他のものとは違う深い意味を持っていることを物語ものがたっていた。


「……なるほどな。面白い話だ」

「でしょ!」

 もちろん、まだわからないことも多い。

 それでも、セイラという妖精について、かなり多くのことを知ることが出来た気がして、なんだか嬉しい気持ちになった。

「話してくれてありがとな……」

「うん! すっかり遅くなっちゃった、早く家に帰ろ! ランララーン」

「そうだな」

 セイラはすっかりいつもの調子に戻り、家へ向かってスキップするように歩いていく。

 そんな彼女の背中を見ていると、ただ自分の家に帰るだけのことがとても温かく、そしてとても幸せなことのように感じられて、少し不思議な感覚になった。

「……学校も、もう少しで終わりだな」

 週明けにあと何回か学校に行けば、もう夏休みに入る。

「学校、次こそはうまくやってみせるよ! グッ」

「……そうだな、頼んだぞ!」

「任せて! ドンッ」

 彼女が拳を胸にドンっ当てる。

「何だそれ、ハハハ!」

 誰かとの帰り道は久しぶりで、こんなに楽しいと感じたのも久しぶりだった。

 俺たちは、家までの残り数十メートルを笑いながら歩いた。


 月の姿が見えない空に、一番星が輝きだしていた。


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