「異種族交流(デート) その2」
『十三時三十分上映の、『LOCKS(吹き替え版)』の入場を開始致します。チケットをお持ちのお客様は、入場口までお越しください。』
場内に流れるアナウンスを聞いて、俺たちは入場口に向かう。
俺たちの他にも多くの人が動き出し、スタッフにチケットを切ってもらうため列を作っている。
俺とセイラはそんな列を横目に、入り口の脇を颯爽と通り抜けた。
……チケットは買っているのだ。問題ないだろう。
「なんだかワクワクする! わくわくで、ドキドキ! キャー」
隣に歩くセイラが、あちこちをキョロキョロしながら楽しそうに言う。
その身を包む買ったばかりの薄い青色のワンピースが、非日常感をより強く感じさせる。
「……確かに、映画が始まる前って独特の緊張感があるよな……」
結局、あれから何度も試着をし、最初のワンピースとその他に三着ほど購入した。
やはりというべきか、お金はすべて俺が出した……。
おかげで、バイトをやっていた時の貯金はほぼ無くなってしまった。
かといって、今の状況でバイトをすることなど出来ないわけだが……。
「ここだ。一番スクリーン」
自分たちの席があるスクリーンを見つけると、俺は人とぶつからないように頃合いを見計らってそのドアを通った。
「暗い……! ワオ」
扉を通るとすぐに薄暗い通路だった。
中では何やら、公開前の映画の予告や劇場内でのマナーについての動画が流れているようだった。
「……じゃあ、行くか」
俺はそう言うと暗い通路を進み始めた。
——パシッ!
すると突然、俺の左手が掴まれた。
パッと目をやると、セイラが右手で俺の手を掴んでいるのがわかった。
まだ目が暗さに慣れていないためか、手を握る彼女の顔ははっきり見えない。
ゆえに、彼女がどういうつもりでこの行為を行なっているのか、表情から読み取ることはできなかった。
しかし見えないからこそ、手の先から伝わってくる熱が、彼女の存在をより一層はっきりと感じさせた。
「……なんだよ」
「へへへ……」
てっきりすぐに喋りだすと思っていたが、彼女はわずかに笑うだけで、握られた手については特に説明しない。
薄暗い中、彼女を包むヒラヒラしたワンピースのフリルだけがやけにはっきり見える。
「……えっと、セイラ?」
つい先ほども同じようなことがあったばかりなので、俺はそこまで動揺していなかった。
……どうせまた、何かの真似とか言い出すのだろう。
しかし、彼女はそのまましばらく何も言わなかった。
数秒の間沈黙が流れ、俺は段々と不安になってきた。
——次の瞬間、俺の手を握る彼女の力が急に強くなった。
と同時に、俺の手は引っ張られ身体ごと彼女に引き寄せられる。
「——なっ!」
接近したことにより、わずかに彼女の顔が視認できた。そしてわずかだが、彼女のまぶたが降りていくのが見えた。
——なにをしてる⁉︎
俺の困惑をそっちのけで、彼女はその顔を俺の顔へと近づけてくる。
彼女の顔が俺に接触しようとしたまさにその時——
ドンッ!
「——キャッ!」
俺の肩に他の女性客の体が衝突し、俺とセイラは離された。
「おい、大丈夫か⁉︎」
「大丈夫……。何かにぶつかったみたい」
「ぶつかった? なんだろうな……?」
俺にぶつかっていったカップルは、特に気にすることもなくそのまま席の方へと向かっていった。
「……危ねえ。良かった、不審には思われてないみたいだな……」
俺は二人が完全に行ったのを見てから、そう呟いた。
むしろ、不審なのは目の前にいるセイラの方である。
「セイラ、お前一体……」
俺は黙り込んでいるセイラに恐る恐る声を掛けた。
「……えへへ! さっきこうして手を繋いでいる人たちがいたから、それを真似をしてみたんだ! パパーン」
目が慣れたからだろうか、今度はセイラの顔がはっきりと認識できる。
彼女はいつものような、ヘラヘラした調子で笑っていた。
「そ、そうか……」
なんだ? 手を握ってみたかっただけか?
……だとすると最後の、俺を引き寄せてからの行動はいったい何だったのだろう。
それに、さっきはなんだかいつもと雰囲気が違った感じがしたんだが……、気のせいだったのだろうか?
「さ、もう行こ! ビューン」
まだキョトンとしている俺をよそに、彼女はスタコラサッサと席の方へと進んでいってしまった。
「解せぬ……」
俺はそうボヤくと、黙って彼女の後を追いかけた。
この夏日本で上映が開始されたハリウッド映画『LOCKS』。
難題に巻き込まれた主人公とヒロインが戦いを通してお互いを理解していく映画で、内容は正直俺の好みではなかったが、メインとなる戦闘シーンはダイナミックなアクションと多彩なCGによって、とても見応えがあるシーンとなっていた。
……まあ、こういうタイプの映画は三ヶ月もすればほぼ完全に忘れてしまうのだが。
それでもセイラには、その全てが新鮮で強烈な体験のようで、「うわー」とか「きゃー」とか「すごーい」とか言って叫びながら映画を楽しんでいた。
彼女が楽しんでいるならそれでいい。もともと、彼女が見たいと言ったからきたのだ。
……俺も随分彼女に協力的になったものだ。
俺がしみじみとそんなことを考えていると、スクリーンでは主人公とヒロインが重要な戦いの最中にも関わらずキスをしていた。
洋画を見ていると時々遭遇する、「あれ⁉︎ いつからそういう関係だったっけ?」というやつである。
こういったアクションがメインの映画では、学生の青春物語のようにいちいち告白のシーンなど映さない。
というより、この二人に言葉による告白などないのだろう。
行為が想いを表す。そしてその行為が、言葉以上の説得力を持って二人の関係を示すのである。
——そう言われると、先程のあれは何だったのかということになってしまう。
俺は、チラッと、隣にいるセイラに目をやった。
「……ねえマサ、人間の世界では、あの行為は何て呼ぶの?」
突然、隣に座っているセイラが話しかけてきた。
ふと目をやると、彼女の視線はスクリーンの男女を見つめて止まっている。
「……あれか? あれは、キスって言うんだ」
「キス……。そっか」
またしても、セイラにしては大人しいトーンだなと思う。
「……妖精の世界には、あの行為はあるのか?」
俺は、興味本位でセイラに尋ねてみる。
すると彼女は少し驚いたような表情をした。
「急だね……。でも、あるよ。妖精たちにとっては、自分の気持ちはここにある、ってことを相手に伝えるための行為なの」
「そうか……。なんか、人間のそれに近いな」
そう言うと、俺たちは映画に戻った。
スクリーンの二人はキスシーンを終え、再び強敵へと向かって走り始めている。
「……ねえマサ、キスしよ」
「はい?」
あまりにも冷静なトーンで彼女が言うので、自分の反応がまるで馬鹿のように聞こえた。
「お前、今の流れでなぜ……?」
「今の流れからすると、とても自然な流れだと思うけど?」
「……どういうことだよ」
彼女の狙いがまるで見えない。今までは、あんなにも単純明快でわかりやすかったのに、今日はまるで別人のようだ。
俺は言葉に詰まり、正面のスクリーンをじっと見つめたまま動けなくなった。
「……なーんてね! キスをしたら人間のことをより知れると思ったんだけど、マサが嫌そうだからやめとく! テヘ」
彼女はケタケタと笑いながらそう言うと、再び映画に夢中になってワーキャー騒いでいた。
「お前、マジで……」
咄嗟に出せる言葉が見つからず、「人の気も知らずに動揺させるようなことばっかするな」という意味を込めて言葉を吐いた。
今日は本当に、いつもと違うことばっかりだ。
冷静を保ったふりをしながらも、俺の心臓はバクバクと鼓動を早めていた。
……結局、映画の内容は全然入ってこなかった。




