道を開いてくれた人 ~side.ジェイコブ~
ジェイコブのサイドストーリー(2/3)。少し長めです。
※若干のいじめ描写あります。苦手な方はスルーしてください※
僕が7歳のときに兄は10歳なので、社交界デビューをした。元々誕生日会を開いたときから何となく懇意にしている令嬢がいるようだけど、どちらかと言えば令嬢が寄ってきてるって感じだった。
兄が外に出掛ける予定が事前にわかる場合はその日を休みにし、兄が確実に家にいる日を王宮の手伝いにしたり勉強の日にしたり。それでも家の中ですれ違い様に足を引っかけられたり叩かれたりされた。それを兄は笑いながら見ている。
なんで僕はこんなに体が小さいんだろう。勉強だってなんだって僕の方が頑張ってるのに、力では負けてしまう。結局兄は次期公爵家当主であり次期宰相なのは変わりない。つまりそれでは兄に一生勝てない。
ある日、父に呼ばれた。なんの話だろう、王宮で何かミスをしてしまったのか。アレク様に迷惑がかかっていたらどうしようなどと考えながら、重い足を進めて父の部屋に行く。
ノックをして入ると、父は何かの書類を数枚見ていた。
「そこに座って待っててくれ」
言われるまま座ると、父は仕事用の机からこちらのテーブルのある方のソファーに移動してきた。
「私は勘違いをしていた。お前の話をもっと真剣に聞けばよかったな」
「お父様?」
「お前が前に話してくれたギルバートからされた暴力や暴言の一部、そして私がプレゼントしたペンの件について時刻などが詳細に書かれた書類を、ある者が私に報告してくれた。この書類に書かれた内容はお前から聞いた状況や内容が全く一緒だ」
「えっ?!僕のことを見ていてくれた人がいたんですか?誰ですか?」
「それは言えない。絶対に言わないという条件でこれを私に託して帰った」
本当に?誰も僕の事を信じてくれていなかったのに、兄からの仕打ちをちゃんと見ていて、ダメだと思って父に報告してくれたってこと?そっか……僕の事を見ていて証言してくれる人がいたんだ……。誰も信じられないと思っていたこの家で、そんな人がいたなんて。少しだけ心が軽くなったのを感じた。
「すまんな……私とあろうものが真実を見ていなかった。これからはギルバートを注視する。お前もこれから何かあったら報告してくれ」
「はいっ!……ありがとうございます……お父様、そしてその方にも……」
誰だかはわからないけど、その人にとても感謝をした。
僕は父が宰相ということで、いろんな人の誕生日会に呼ばれた。それこそ僕がまだ誕生日会を開けない年齢から。ただし、兄とセットだ。
行きたくなかった。兄と行ったところで僕は奴隷のように使われるだけだ。あれを持ってこい、あれを手伝え、これをしろ。僕もお茶会に招待されているのに座っている時間の方が短い。だけどみんなの目当ては兄だ。僕がそんな風になっていても誰も気にしていない。いつもそうだ。
だけどそれをアレク様には相談できなかった。この国の貴族の話であり、自分の兄はともかく僕が次期国王であるアレク様にそれを話して、他の貴族へ変に先入観を持ってほしくなかったからだ。
それこそ誰にも言えなかった。
そんな中、僕と同じ歳の令嬢がいるジュベルラート公爵家からの招待状が来た。なんと、僕だけが招待された!
嬉しい!僕一人で参加できる!歳の近い人しか集めないって書いてあるから、兄に近しい人も来ないだろう。
そう思い、浮き足だった僕は当日の会場でどん底に突き落とされた。
兄がいたのだ。
どこから情報が漏れたのかわからない。
だけど結局いつも通りになるのか……そう考えるととても悲しかった。今日の朝までの楽しみな気持ちが一気にぶち破られたようだった。
見たことがないお菓子が並んでいる。
みんな楽しそうに食べている。
でも僕は兄にただついているだけしか出来なかった。お前は食べるな、と目で睨み付けられた。今日は純粋に楽しみたかったのに……。
他の令嬢たちが遊んでいる【トランプ】とやらに興味を持った兄は、座っている令嬢を引っ張るように立ち上がらせ自分が座った。見苦しい。あんなのが国の宰相になるなどありえない。
僕から見てもわかるほど兄は頭が悪い。人の顔色を判断しながら進めていくこの【トランプ】は兄には不向きだった。人の心が読めないし、感情がすぐ顔に出る兄はあっという間に負け、年下の令嬢に対して支離滅裂な事を言い出していた。
あぁごめんなさい。いつもみんな兄の機嫌をうかがうんだよ。ああなるとみんなは兄を宥めることに必死になる。だって兄は次期宰相だから。逆らったら後が怖いと思っているのだ。
だけど、僕のその『当たり前』をドロレス様は全部崩した。
兄に真っ向から言葉で戦っている。あの兄に、年下の令嬢が。兄が言い返せなくなるほどに。
「くっ……バカにしやがって……俺は公爵家の長男だぞ!」
兄は必死で言葉を発する。しかしドロレス様はこう言い返した。
「だからなんですの?あなたのお父様は宰相だからとても偉いし素晴らしいお方なのはみんな知っておりますわ。でもそれが?あなたの偉さとどう繋がるのかしら?あなたは宰相様の素晴らしい権力を我が物のように扱っているただのお子ちゃまですわ」
ああ、そうか。
僕が思っていたことだ。僕がどう言い表せばいいかわからなかったことを全部言葉にしてくれた。そうだ……そうだった……兄は公爵ではないんだ。公爵の息子。僕と同じだ。立場は同じなのだ。どうして今まで気づかなかったのだろう。それなら、僕だって兄を押し退けて宰相になれるではないか。確かに彼は長男だけど、あの状態で誰が兄を宰相にしたいと願うのだろう。
目の前の道には一気に光が入ってくる。道が開けた。気分がとても明るくなった。
兄は父に連れられて帰っていった。父はどうやら今日ここに兄が来たことをさきほど知ったらしい。
あのとき、家の誰かが父に報告していなければきっと父はここに来なかった。ありがとう。いずれ直接的お礼が言いたいと思った。
そのあとは初めて人の誕生日会でゆっくりすることができた。プリンというとってもとっても美味しいお菓子を食べた。途中アレク様が来て、もっと楽しくなった。こんな……こんな気持ち、初めて感じた。僕の道を切り開いてくれたドロレス様。あなたに何度も何度もありがとうと言いたかった。
でも彼女はそんなことを感謝されることだとは思っていなかったらしい。あんな常識の欠片もない人に媚を売る必要などない、とバッサリ言ってくれた。そして、もし家で辛かったらいつでも手紙をくれればお茶会を開いて話を聞いてくれる、とも言ってくれた。
嬉しい。僕の話をちゃんと聞いてくれるんだ。アレク様は仕事の間に話すくらいだからちょっとしか話が出来ない。
だから手紙を出したときにはいつもすぐにお茶会を開いてくれることが本当に嬉しかった。一緒に来てくれるみんなも優しかった。平民だけどドロレス様と仲が良いフレデリック君もとてもいい人で、僕の愚痴をたくさん聞いてくれて楽しい話をして、いっぱい遊んで……僕がもっと上の立場になったら、この人たちのことは絶対に守ろうと思った。
そうしてお茶会に参加することが多くなって、王宮でアレク様の手伝いをする日によくその事を話していた。
お土産にくれたチョコチップクッキーの話をすると、アレク様は羨ましそうに僕の手の中にあるものを眺めていたので分けてあげたこともある。
そしてアレク様と一緒にいることが前よりも多くなった。誕生祭も社交界のパーティーもアレク様の側についているようにと言われた。
そして、僕は薄々気づいている。アレク様がドロレス様に興味を持っていることに。
僕が仕事を手伝いに行ったときは普段のお茶会の様子を聞いてくる。お茶会の、というよりも遠回しにドロレス様の事を聞いてるようだった。
僕があまりにも楽しそうにするものだから、ついにはこんなことも聞かれた。
「ジェイクは、その……ドロレス嬢のことを……こう、なんというか、将来、こ、婚姻を結びたいとか思っているのか……?」
「え?違いますよ。ドロレス様は僕の恩人ですけどそういうのではないです。むしろ僕にはもったいないくらいですね」
「もったいない?ならばジェイク自身がふさわしい存在になったら彼女に婚姻を申し出るのか?」
アレク様がめっちゃ睨んでくる。え、僕怒られてるの?っていうか何その解釈。
「あの……何か勘違いされてるようですが、僕がそのようになったとしてもドロレス様にそういう感情はないので変な考えはやめてください。僕にとっては神様みたいな存在なんで」
「そ、そうか。すまなかった。それなら安心したよ」
アレク様はホッとして仕事に戻る。最近僕の話を聞くたびに睨みながらもしっかり耳を傾けていたのは、つまりこれを確認したかった、ということなのか。
兄と会う確率が少なくなって、家の者に兄の尾行をさせてからしばらくして、その情報をまとめていた。
「んー。子爵家と男爵家、それに平民?兄上が?」
「はい。ギルバート様に顔が知られているので会話まで探れないのですが、相手の顔は見ています。みんな同じような可愛らしい顔のお方ですね。髪を隠せば、あれ?3人のうちの誰だっけ?ってなります」
この報告をしている彼は、父が兄の愚行を把握してから僕につけてくれた。始めは彼もビックリしていたけど、思い当たる節が次々と出てきて今では僕の味方についてくれている。
というかその令嬢たちはそんなにも似ているのか。今度どこかのパーティーでチェックしなきゃ。
この三人の共通するものがわからないな……。だけど特に大きな問題を起こしているわけでもないし、このままいつどこで会ったかだけでも記録に残しておこうと思った。
そしてパーティーで二人の顔をチェックすると、確かに系統が似ている。兄の好きそうな顔だ。あれ、でもこの顔どこかで見たことあるような……。
平民の方は僕がチェックすることができなかったけど、尾行の者の言う通りこの二人に似ているのだろう。
兄の悪事が少なくなって気を抜いていたのがいけなかったのか。
とんでもないことをニコル様の口から聞いた。あまりの内容にドロレス様が驚きの声で聞き返した。
「ですから、マクラート公爵家長男ギルバート様の婚約者になったそうです、私」
な、なんで……なんでそんな話になった?僕の大切な友人なのに……。
ああ!気づいた。あの子爵令嬢と男爵令嬢とニコル様は似ている!だから兄上はニコル様と……。
どうやらニコル様は婚約について聞かされておらず、兄が勝手に話を進めていたそうだ。書類の捏造もある。
信じられない。あの男はどこまで卑劣で下衆で屑なんだ!僕の大切なお茶会のメンバーにまで!
「は?!全然知らなかったんですけど!全部嘘じゃないですか!今すぐ取り下げてください!僕も父上に言いますから!」
僕はすぐにでも止めようと思ったけどダメだった。もう婚約書類が教会に出されているというのだ。
な、なんなんだあの男は……。許せない……あんな男絶対に宰相になんてさせない、公爵にもさせない。引きずり下ろしてやる!
帰宅してすぐに父に取り次いでもらった。たまたま家にいて忙しそうだったがそれどころではなかった。そして父も何かを感じたのかすぐに部屋に遠し、人払いをしてくれた。
「話と言うのはこれか?」
そう切り出してきた父の手には、婚約書類があった。
「えっ?それ……教会に出されたと聞いて……」
「あぁ。ただ大司教様がおかしいと気づいて、確認でつい先程使いの者をよこしてくれた。だから正式に受理されていない」
ああ!良かった!大司教様、ありがとう!
学園未入学の子供の婚約の場合、本人に確認なしで親で話し合い決めることもできる。だからニコル様がその状況になったのは致し方ないのだけれど、それを爵位も持たないまだ子供が一人で持ってきたことに違和感を感じたそうだ。ニコル様の親と共に行っていたのならそのまま受理されていただろう。
「父上、これはこのまま婚約成立として振る舞っていただけませんか?」
「なぜだ?」
「成立してないと兄がわかってしまうと、次に何をしでかすかわかりません。……ある程度作戦を考えていますので、僕の話を聞いてもらえませんか?」
「……ほう」
僕は父に考えを伝えた。




