信じてくれる人がいることの心強さ ~side.ジェイコブ~
ジェイコブのサイドストーリー(3/3)。
それから僕はプロを雇い、兄の行動を監視した。始めてからしばらく兄が彼女たちと会うことがなくもどかしい日々を過ごしていたけど、ついに彼女たちの接触現場を掴んだ。立て続けに三人と会っていたこともあり、次々とその報告が来たのだ。
男爵家と平民は兄に何かを渡していた。とても大事そうに兄に渡していたのでプレゼントなのだろうか。だけど兄はそれを覗くように確認したあとはすぐにまた包みを閉じ、相手の令嬢たちと別れたそうだ。女性二人とも名残惜しそうにその後ろ姿を見ていたとも言っていた。
しかしその数日後の報告を聞いて耳を疑った。
「闇市?!兄上が?」
「はい。その店が闇市を行う店だと判明しました。過去にも何回か行かれていたんですよね?」
「はい……確かにその報告は以前にも聞いていましたが、服飾店のはずでは?」
「はい、ですが裏取引があるみたいです。そこに女性たちから貰っていたものを売ったようです。通常この店で買い取りなど行っていませんから」
なんてことだ。あれだけ次期当主だなんだと騒いでいた兄が闇市と取引なんて、よくも堂々としていたものだ。
「その他にもわかったことが。以前から通っている別の店、闇ギャンブルと繋がっています」
「……」
言葉が出ないとはこういうことか。
血の繋がった兄だ、少しくらい情けがあってもいいかなと思っていたさっきまでの気持ちが全部消えた。自分にこんなに恐ろしい感情が存在することを知った。この男はもうだめだ。何度も何度も反省もせずに悪事を繰り返す。
公爵家から追い出してやる。
父にそれを伝えると苦い顔をしていた。でも僕の決心は揺らがない。
「父上が実際に何をしたのかを確認して、目で見て、その上で判断してくれれば結構です。僕は公爵当主になります。そして、宰相にもなります。絶対にこの家を、この国の重役を兄上に継がせる気はありません」
ドロレス様が魔石窃盗の疑惑を確信に変え、ルトバーン商会に協力してもらい、ルミエの悪事も暴けた。彼女も、子爵令嬢も男爵令嬢もみんな兄に騙されていた。
ニコル様の誕生日、ついに役者は揃った。
皆に協力してもらい、それぞれの当事者女性を連れてきてもらった。実際のあの男がどういう人間なのか、しっかりと見てもらいたかった。
しばらくして、あの男がやって来る。小さい頃から常に一緒だったあの護衛も一緒だ。僕が父上からもらったペンを壊されたときに、ただ部屋の前にいて何も言わなかった護衛である。
今回ニコル様には無理を承知で、護衛なしの二人きりで会うことをお願いした。もちろんニコル様は女性なので一人つけさせるけど、この護衛を外すためだ。あの男も婚約は内密にしているため、自分の護衛を外すことに違和感を感じなかったらしい。
馬車の前に残された護衛を、あの男が目視できる部屋を案内すると言って部屋に連れてきた。
「あの……ここは窓がないのですが」
護衛の男、テレンスはその部屋をキョロキョロと見渡す。
「座ってください」
「……はい……」
座るように促した。護衛のため、座って良いのかわからなかったようだが、僕の目が強制していることを察し、ソファーに座った。
「兄上は闇市に行ってますよね?」
「っ!!……いえ、そのようなことはございません」
「ルトバーン商会の平民に魔石を盗ませているのも知ってますよね?」
「盗ませた?!……それは知りませんでした……」
どうやら魔石を貰っているのは知っていたけど、盗んだ魔石ということは知らなかったようだ。何度か目を泳がせた後、諦めたようにテレンスは項垂れた。
「そんな……そんなことまで私は……護衛をさせられていたということか……」
テレンスは平民で、体の弱い母と、曽祖父の借金を返し続ける父が住む貧しい家に生まれた。力が強かったので自ら鍛え上げ、その強さを買われて公爵家の下働きになることができた。力仕事がほとんどで大変だったけど給料が良かった。仕事仲間は皆いい人で、ここで働けたことを感謝してひたすら働いた。真面目に働き、体も大きいため、その誠実さが公爵の目に留まり、そして公爵邸の護衛の一人として昇格したのだ。
そんなときにギルバートに出会う。彼がまだ3歳の頃だ。
少しワガママな子供くらいに思っていたその子の護衛の任に就いた。貴族の子供の護衛という名誉がとても嬉しく、家にも報告したら喜んでくれた。
しかしギルバートのワガママがどんどん派手になり、ついには弟にまで手を出すようになった。
さすがに大人として注意をする。するとギルバートはこう言い放った。
「俺に逆らうならお前をクビにする。そうだなぁ、この間俺がジェイコブにつけた傷を、お前がやったと言ってクビにしてやる。言われたくなければ黙って俺のいうことを聞け」
そう言われたテレンスは何も言えなくなってしまった。自分がこの仕事をやめてしまえば家の借金が返せない。このままずっとギルバートに従うことにした。
ギルバートが弟に酷いことをしたときも、闇市に行くと言い出したときも、そしてそこから闇ギャンブルの話を聞いて乗り気になっているときも何も言うことが出来なくなっていた。
「ジェイコブ様……申し訳ありません。私が……私がもっと強ければ、あなたがあんなに酷いことをされずに済んだのに」
「……」
僕は彼の話を黙って聞いた。
「全ては私の責任です……。私が自分の保身のために何もできませんでした。何の罰でも受けます。公爵家にも2度と関わらないようにします……」
テレンスは魂が抜けてしまいそうなほどにひどく反省をしていた。目が真っ赤である。それほどに彼は真面目な性格だ。ギルバートの護衛につかなければ、こんなに苦しい思いをしなかっただろうに。
「そうだね。君はギルバートのことを止めることができなかった。……では罰として、今後は僕の護衛になるように」
「え……。なんで、ですか?」
「だって君は真面目だから。兄上に注意をした、という時点で他の者とは全く違うんだよ。それができる人間はついこの間まで誰もいなかった。あとテレンスの家の借金、僕が全部返したよ。父上にも許可をもらっている。上乗せもしてあげたから、今後はテレンスの母君は病院に行けるんじゃないかな?」
テレンスは目を見開いて驚き、口を開いたまま止まった。驚いて動きがしばらく止まったあと、ハッと我に返り大声を出す。
「な、なぜですか?!私はジェイコブ様にも公爵家にもとんでもない迷惑をかけてしまったのですよ?!なのになぜ私の実家の借金をか……返し終わったと……」
未だにテレンスは信じられていないようだった。
「テレンス」
「……はい」
「君は僕のことを助けてくれた。言ってる意味は君が一番わかってるはず。兄上から僕が受けていた暴力や暴言、そしてあの日壊されたペンのこと。……父上に報告してくれたんでしょう?」
「?!……どうしてそれを……公爵様が仰ったんですか?」
「いいえ。僕が調べたんです」
ペンを壊されたあの日、父も母もたまたま急用が出来て家にいなかった事が後からわかった。そしてメイドたちもちょうど休憩時間のものが多く、僕らの近くにはテレンスしかいなかった。あの日僕は庭に走り出したとき、夕食の時間になるまで誰にも会わなかったのだ。父から報告を聞いたとき、どう考えてもテレンスしか知り得ない内容だった。
「テレンスの報告があったから父上が動いてくれた。あの報告があったから僕は今まで希望を持ってこの家で暮らせた。テレンスがいてくれたおかげで、僕は塞ぎこまずに今日のこの日を迎えることができた。テレンス、すべて君のおかげだよ。本当に……本当にありがとう」
「ジェイコブっ……様っ!そんな、そんなっ、私は何も出来ていません……ギルバート様を恐れ、内密にしか報告できず……見ているだけで助けることもできず、本当に申し訳ございませんでした……ううっ……」
テレンスは椅子から立ち上がり勢いよく頭を下げた。顔が見えないのに、床には何度も涙の雫がボタボタと落ちる。僕は頭を上げるように言う。
「頭を上げてください。僕はテレンスに感謝をしているんだよ。……じゃあ僕が頭を下げればいい?」
「いえ!ジェイコブ様が頭を下げるようなことは」
「じゃあテレンスも同じ。ね?」
「……本当に、申し訳ありませんでした」
そう言いながらも頭を上げたテレンスの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、何度も何度も腕で涙を拭っていた。
彼自身もずっと葛藤していたんだろうな。自分の護衛している子供が悪事に手を染め、それでも止めることができなかった自分の不甲斐なさ。ずっとずっと悩んでここまで来たんだ。彼の身に何かが起きる前で本当に良かった。
それから僕はあの男とニコル様の元へ行き、一部始終を見守った。
あの男の断罪について苦い顔をしていた父も、この様子を見て吹っ切れたのであろう、廃嫡にすることを断言した。
これですべて終わったのだ。沢山の人が助けてくれた。
あの日アレク様に会わなければ僕を信じてくれる人なんて見つからなかった。
あの日ドロレス様に言われなければ、僕は一生兄を抜かせないと思った。
あの日テレンスが報告していなければ、父は僕のことを未だに信じてくれていないだろう。
本当に本当に、みんなありがとう。
「何かあったら相談しろって僕は言ったのに、結局自分で解決してるじゃないか」
数日後の王宮で、アレク様にそう言われた。
「あ、そういえばそうでしたね」
「ジェイク……お前そんなあっさりと」
あの男のことについて、結局アレク様には何も頼らずに終わってしまった。まぁいっか。アレク様は王子だし、下手に関わるとめんどくさくなるもんね。
あの男のせいで塞いでいた心がスッと軽くなったおかげで、僕もずいぶんと心が晴れやかになった気がする。
「僕の友達がとても助けてくれました。本当に感謝してもしきれないです!」
「僕にもたまには頼ってくれよ」
「アレク様、嫉妬ですかー?しょうがないですね、今度困ったときはお願いします。アレク様が困ったときも僕に言ってくださいね?」
「そうだな……この間の誕生祭、どうしてもダンスに誘いたい令嬢がいたんだけど、会場内ずっと歩き回っても見つけられなかったんだが。誰かがその令嬢に告げ口したのかな?」
「……さて、この書類にサインお願いします」
……バレてる。
前回はまだ確信が持てなかった。ドロレス様も欠席したのでそこまで深く考えていなかったけど、今回の誕生祭当日、アレク様の今日のダンスの誘いは意味を持つと父から聞いて、なんとなくを察した僕はすぐにドロレス様のところに行き、「アレク様は何がなんでもドロレス様を誘いますよ。踊りたくなかったら逃げてくださいね」と伝えた。
ドロレス様は一瞬だけ驚いた顔をしたけど、この報告にとても喜んでくれて早速逃げ回っていた。だから僕は嬉しかったけど、そういえば僕はこの人の手伝いをしてるんだった……。
「ジェイク……お前なぁ、裏で色々やるのやめろ」
「え?僕は宰相になりますから、そういうのが得意にならないとダメなんですよ。これはアレク様にもきっと役に立ちますから!表でアレク様が国王、僕が裏で策略を立てる。素晴らしいじゃないですか」
大げさに正論を言えば、アレク様はため息をついた。
「……否定が出来ないのが癪に障るな」
「というわけで、表のアレク様は早くサイン書いてください」
「わかってる」
二人で再び書類に目を落とした。
楽しいな。人と笑顔で話すなんて、数年前まで考えられなかった。みんなに出会えて僕は変わることができた。
もう何にも負けない。
たくさんの味方がいる。
僕を信じてくれている人がいる。
それだけでこんなにも力が湧いてくるんだ。
みんなが僕のためにしてくれたことを、僕も返していきたい。
ジェイコブ本当に良かったね……涙




