信じてもらうことの難しさ~side.ジェイコブ~
ジェイコブのサイドストーリー(1/3)。
※暴力の話が入ります。苦手な方はスルーしてください※
終わった。
すべてが終わった。
やっと僕は普通の人間として暮らしていける。
小さな頃から僕は兄に暴力やいじめを受けていた。
早いうちから言葉をしゃべった僕は、周りの人たちから「天才だ」と言われた。すぐに字も書けたし、ピアノも礼儀作法も簡単に覚えられた。
「お前の存在が邪魔なんだよ」
初めて兄に何かをされたのは4歳の時。そう言って半日ほどクローゼットに閉じ込められていた。泣いた。とても泣いた。でもここは兄の部屋で、どうやら僕と二人で一日中遊ぶと言って、兄が部屋に連れてきていたらしい。寝室の奥の方だったから、誰も気づいてくれなかった。
身体中の水分がなくなって、声も枯れ始めた頃に兄が出してくれた。抱きつこうとしたら襟元を引っ張られ廊下へ出された。何も言わずに。僕は何でこんなところにいたのだろう。
近くにメイドがいて助けを求めたのに、兄が「遊び疲れてる」と嘘をついて、僕の話を誰も信じてくれなかった。
それからも顔を合わせる度に暴言をたくさん吐かれた。廊下ですれ違うときに転ばされたり。僕のお菓子が運ばれてこないときもある。もちろん誰も見ていないときや、兄がうまく言いくるめていたのだ。
ある日、僕が誕生日に父からもらったとても大事にしていたペンがなくなった。毎日勉強で使って、大切に手入れして保管していたペンだ。部屋からはもちろん出していないし、部屋の中でも机から離れるときは必ず引き出しにしまっていた。
僕はショックで三日三晩探した。でも僕の部屋の中にはどこにも見つからなかった。
数日後、兄の部屋に連れてこられたとき、僕に気づいてほしいかのごとくテーブルに僕のペンが置いてあった。
「このペンいいだろ?」
明らかにわかっているのに、白々しく僕に聞いてくる。
どう考えても僕のペンだ。僕の名前が彫ってあるのが見える。
「それは僕のです!返してください!」
初めてこんなにも大きな声で兄に反抗したかもしれない。
「は?俺が持った時点で俺のものだ。文句あるなら取ってみろよ」
そう言って兄はペンを持った手を上にあげた。
いつもなら黙って悔しい思いをしていたかもしれない。でもあれは僕が初めて父に「これがほしい」と言って買ってもらったんだ。
思いきり兄に向かってぶつかる。だけど、3歳年上、しかも僕は他の人より少し体が小さいせいで全く届かない。
それどころか兄に腕を掴まれた。そして袖を思いきり捲られ、腕を力いっぱいつねられた。
「痛い!お兄様やめてください!」
泣くのを堪えられないほどに痛い。泣き叫んでも誰もこの部屋にはいない。
痕が残るほどにつねられたあと、兄はそのペンを窓の外に向かって投げた。そして窓に向かおうとした僕の腹を殴った。
「うぅっ……ごほっ……」
「早く出ていけ」
さっきまで散々人を玩んでいたくせに部屋から出ろと怒鳴る。腹を抱え、やっと部屋から出ると護衛が一人立っていた。
この護衛は今の会話を聞こえていたはず、なのになぜ助けてくれなかったのか。この人も兄の味方なのか。
悔しくて悔しくて、そして悲しくて……。でもあのペンは大事なものだ。なんとか早歩きで庭に向かい必死に探した。
夕食の時間になっても現れなかった僕を心配したのかメイドが探しに来てくれて、事情を説明した。だけど彼女も僕の話を真剣に聞いてくれることもなく、「兄弟喧嘩が少しいきすぎましたね」などと言った。
あぁ、ダメだ。僕ではなく次期当主である兄を中心にこの家は回っているのか。メイドに手助けをするのは諦めた。石に当たって壊れたペンを大事に懐にしまい、夕食も食べずに部屋に籠って泣いた。
父は宰相なのであまり家にいない。忙しいのはわかっている。だからまず母に助けを求めた。けどニッコリと笑った母の発言にメイド以上のショックを受けた。
「ギルが?ギルは次期当主で宰相になるのよ?そんなことあるわけないじゃない」
どうして……どうして僕の話を信じてくれないの?僕だってあなたの子供じゃないの?必死で今までのことを話したのに、なんで兄のことしか信じないの?
全く僕の話を聞こうともしない母にはもう相談ができなかった。
父に話したい。なんとか父と二人だけで。
父だけにわかるよう手紙を書いた。廊下からは見えないようグッと奥まで父の部屋のドアの下に挟み、すぐに立ち去る。そして数日後、父が話す時間をくれた。
「ギルバートがお前にそんなことを?」
やっぱり父も気づいていなかった。僕は必死に今までのことを話した。何をされたのか、自分の記憶にあるだけのことを話し、気づいたら涙と嗚咽で何を言っているかわからなくなるほどに。そして父からもらったペンが壊れたことも説明した。
「本当にギルバートがしたと言うんだな?」
やっぱり僕のことは信じてくれないのかと一瞬そう思った。だけど父の目を見たとき、僕を信じていないのではなく『正しい判断をするために嘘はついていないか』という、ちゃんと第三者の目で見てくれた。肯定の返事をすると、父は一言「わかった、対処しよう」と言ってくれた。
それがあまりにも嬉しくて。初めて僕を疑わないでいてくれた。僕の話を聞いてくれた。この家で僕の話を聞いてくれるのは父だけだ。
だけど父は数日後、皆と同じようなことを言った。
「兄弟喧嘩が大きくなっただけじゃないのか?周りの者たちもそう言ってるぞ」
あぁ。父も結局僕のことを信じてくれないのか。直接いじめられている僕の話を信じず、第三者の間接的に聞いた者たちの話を信じるのか……。
兄は小さい頃から父の仕事、その中でも外の視察によく連れていかれていた。次期当主で次期宰相。小さいうちから顔を知らせておくことで、将来的に顔を広くするためだ。僕が長男だったら、僕が父の横にいられたかもしれないのに……そうすれば、僕の話を信じてくれたのかな。
僕がもっと努力して、父に話を聞いてもらえるようにならなければ。兄よりもっともっと認められるようにならなければ。
それからは必死で勉強やレッスンをこなした。3歳差は大きい。だけど僕さえ頑張ればいいだけの話だ。
相変わらず兄は勉強などをサボっている。兄につかまると大変なことになるが、勉強のスケジュールをみっちり詰め込んだので会う機会は少しだけ減った。
7歳になったある日、父に呼び出された。
「ジェイコブ。第一王子の手伝いをするか?週に何回か王宮に行くことになるが」
「行きます!」
即答した。兄のいる家から少しでも離れられるならどんなことでもやりたいと思った。
そうして初めて王宮に行き、この国の第一王子、アレクサンダー殿下に出会った。
父に紹介され、僕も挨拶をする。
「ジェイコブともうします。……よろしくお願いいたします」
同じ歳とは聞いていたけど、明らかな王族の威厳があった。兄以外で歳の近い男の人と会うのは初めてで、どうしても怖くて目を合わせることができなかった。
「同じ歳と聞いた。仕事はまだ少ないけど、これからよろしく」
「っはい……!」
そんな僕にも嫌な顔をせず王子は声をかけてくれ、ここ最近出せていなかった大きな声で返事をした。
何回か来ているうちに、王子の威厳は威圧ではなく王子としてのオーラを出しているのだと気づいた。僕が手伝いで失敗しても「それは誰にでもあるから大丈夫」「僕もたまにやらかす」といって責められることはなかった。それがとても居心地が良く、次は絶対に失敗しないぞと意気込み、家に帰ってからの復習を徹底した。
家族の話題になったとき、僕は打ち明けることにした。きっと王子なら、今後関わるであろう宰相になる兄のことだし、言ってもいいかもしれない。
「実は……、僕がお兄様の思い通りにならないと、よく叩かれたり暴言を受けたりしてるんです。だから他の人たちもそうやって力で抑えつけてくるのかと思うと、あまり話せなくて」
王子は僕の話を聞いても否定をしなかった。ただただ話を聞いてくれた。
「ビリー……君の父上は注意しないのか?」
父には話したけど信じてもらえていないことを教えたが、王子は少し考え込んだ。やっぱり僕のことは疑っているのかも。
「僕がビリーに言ってやろうか?」
すると王子は父に掛け合ってくれると言い出した。ビックリしたものの、未だに僕のことを信じていないであろう父に王子から口添えなどしたら、王子を使ったと思われかねない。
そのせいで僕がここに来れなくなったらその方が嫌だ。だから全力で否定した。少し納得していないような顔をした王子だったけど、頷いてくれた。
「そうか、今まで大変だったな。もし辛くなったらいつでも王宮に来い。話は通しておく。毎日来てもいいぞ」
その言葉に僕の中の細く繋がっていた何かがプツッと途切れた。
今まで誰も理解してくれなかったこの苦しさ、悔しさ、辛さ、悲しさ。誰も……父でさえ信じてくれなかった兄の残虐さを、この王子は全部信じ、そして僕のことを心配する声をかけてくれた。
あぁダメだ。人前で、しかもこの国の次期国王の前で泣くなんて……。手のひらをギュッと握りしめ、なんとか返事をする。だけどもう堪えられなかった。
「ありがとうございます…うっ…ぐっ」
家族以外の前で初めてこんなに泣いた。声をこらえてなんとか止めようとしても目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。まるで、誰かに信じてもらえることを何年も待っていたかのように。持っているハンカチで涙を拭くも、もうその役割を果たさないほど濡れていた。
ひとしきり泣いたあと、いつも無表情の王子はこう言った。
「そうだ、僕のことは『アレク』と読んでほしい。歳の近いものは弟や妹しかいなくてね。ジェイコブはなんて呼ばれてるんだ?」
「……僕は、お母様から『ジェイク』と呼ばれています」
「そうか。じゃあ僕たちはこれから仲間になろう。僕も多少の悩みはあるんだ。だから、一緒に困難を乗り越えよう。よろしく、ジェイク」
僕に……僕に話せる相手が出来た。僕の話をちゃんと聞いて信じてくれる人だ。次期国王。とても素晴らしい人が国王になるのだと確信した。僕は絶対この人の側で支えよう。もっともっと努力して、兄を超えてみせる。
差し出された手を、非力ながらおもいっきり握った。
「よ、よろしくお願いします、アレク様!」




