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前書き1
僕は夢をみる。
それは確実に現実になる「夢」だけれども、
それがなぜ、
現実なのかといえば、
恐らく大半の人には理解できない答えしか、
僕には述べることができない。
僕がいえるのは、
現実とは誰かがこうしようと決めたことから生まれる過去と未来である、
という現実だ。
でなければ、
こうも夢で見た短い映画のような事柄に、
僕が飲み込まれることもない。
現実とは地表と地下を同一の現象としてもった皮膚のようなもので、
そこから上へと未来が伸び、
同時に地下へと過去が伸びていく、
か、
もしくはその逆だ。
決して、
過去から現実、
そして未来へと進みはしない。
ただ、
そう見えているのは、
僕たちがそのようにしか世界をみれないからだ。
絵画をドゥルーズ(※)は、
見えない諸力を見えるようにする試みだと書いたけれども、
もし、
時間芸術とでもいうべきものが生まれたとしたら、
それは僕たちが生きる時間に隠れている何かを、
露出させてくれるはずだ。
※ ジル・ドゥルーズ「フランシス・ベーコン感覚の論理学」より




