吸血
血を抜くのが精神病への治療として効果的だと認められていたのは、
洋の東西を問わず、
それこそ、
近代と古代とを問わない。
勿論、
コロンブスコンプレックスに侵蝕されていた16世紀以降の欧州民族においては、
長いこと世界史的智慧の多くは不在とみなされていたから、
インドや東洋での医術は無視されていたけれど。
大昔の僕たちも同じ様に考えて、
「吸血機」を開発した。
小型の飛行型、
地上繁殖型、
人型、
その他の諸々だが、
既存生物の蚊や蛭などを模して作られた。
これらは人間に憑依されて病体となった人造人間が発する独特の霊子と匂いに反応して、
彼らに接触して血を吸い取ることで、
彼らに憑依している人間の力を削いだ。
そうした技術の効果は、
人造人間の一部によって模倣され、
現代においても瀉血や刺絡として伝わっている。
伝わっているが、
人造人間の誕生したが最後、
再生不可能な肉体に対して、
どれ程の効果があるかといえば、
僕的には疑問だ。
それはいいとして、
李賀の霧が僕を取り込む様にして広がってきた。
それこそ、
吸血機の姿に記号が、
蚊や蛭、吸血鬼やキョンシーの形になって僕を囲むのだが、
こうした人の考えを読み取るようなやり方が、
李賀が嫌われる理由だな。
「それで」
と、李賀の蛸足触手が僕の顔の前で、
十数個の口から同時に話し始めた。
「レムリアの法を作るにあたって、
地上に視察旅行に行くる、と。
で、その途中で色々とあってもいい、
で、よし、ということでよろしいですね」
あー、その通りだけれども、
なんか、
とても嫌な気分だ。
この案はなかったことにしてアカーシャに帰って、
節子の作ったタラモサラダでも食べて、
もう一度考え直そうかな。
李賀をあの妙な「夢」たちにぶつけるのは、
毒をもって毒を制するじゃないけど、
いい案に思えたんだが、
李賀の口調を耳にしていたら、
段々と嫌になってくるのは何故なんだろう。
「帝国主義で帝国主義は倒せない、
というのがあなたのお考えなのでしょう?」
「竹内好。なら、李ちゃんは戯論の権化だね」
「うーん、どちらも進めていけば同じ結論に至るはずですから、
無限的トートロジーですけど、
だからこそ、
わたしを選択されたのでしょう。
喜ばしいことです」
と、霧に大きな太極柄のスマイルマークが現れた。
「あー、なんか頭が痛くなってきたよ」
僕は本当に目眩がしてきた。
言葉の権化である彼と会話を試みること自体がとてつもない冒険なのは理解してきたけれども、
これ以上思考を読まれて会話を先取りされると、
精神に支障が出る。
「そんなに気を使わないでくださいよ。
ひな祭りの人形にして飾ってあげますから、
あの奇妙な夢たち、でしたっけ」
白蓮、清河八郎・・・、の名前が浮かんでは消えた。
「もうすぐひな祭りですから、
お届けしますよ」
と、李賀が人型に戻った。
それから、
李賀は、
唐の時代からの付き合いだと言う邑童という少年の同行を願い出たので、
僕は許可した。
やっと帰ろうとしたら、
「ひなまつりですけど、」
と李賀が話し始めようとするらか、
遮って、
「また、今度」
と、強引に無限図書館を後にした。
こんな話のあとで、
ひなまつりの起源から、
あの「夢」たちへ話をつなげられてはたまらない。
それが仮に、
あの夢たちと霞山と名乗った金魚たちに深く関わりのあることだとしてもだ。
僕は一刻もはやく帰って、
節子に抱きしめてもらいたかった。
そして、
強く噛み付いてもらいたい、
と思った。
血を吸われているかのように錯覚するほどの、だ。
かつて、
僕がまだ冷凍睡眠する前の人生で小学生だった時、
ある夏休みに出会った女性、
そうあの大学教授にされたようにだ。
そこまで思って、
なぜ、
今、
あの日々を思い出したのだろうと、
心に疑問が広がった。
こんな時は、
きっと、
大雨の前に漂う、
晴天下に漂う水の匂いみたいなものなんだ。
きっと、
迷惑な出逢いが待っているに違いない。




