病気
毒々しい紫色の霧からにょこにょこと姿をあらわす無数の触手。
その紫色の禍々しい蛸の足のようなものには、
吸盤のかわりに無数の青白い唇をした口がついていて、
絶え間なく喋り続け赤黒い様々な記号が吐き出されている。
よくみれば、
霧も過去のあらゆる文字記号の集合体だ。
鬼才と称された詩人李賀の正体としては、
まぁ、
妥当とも思える姿だが、
僕には耐えがたい気持ち悪さでも
人によってはこうしたものを神として崇め奉る者もいる。
過去の人類史で語られる神々や怪物の類は、
彼らの姿が原型になっている。
また、
全ての人間の正体は、
お互いに全く異なった姿をしているのに、
それにもかかわらず心が通じるという不思議がある。
そもそもが一人が一つの完結した宇宙であり、
その宇宙の中に他の全ての宇宙が内在し、
自らも自ら以外の全ての宇宙に内在されているのが、
この世界のあり様だから、
当たり前といえば当たり前なのだが、
BGさんに言わせれば、
三次元ローレンツ多様体における振動数が、
その形態にかかわらず同じである、
というのに似ているらしい。
故に、
人間は地理的に離れた場所にいても、
望めば以心伝心できるような仲で、
そもそも生まれてきている。
「薬師えつこを殺害したのは、
病体の変異種ですよ」
と、李賀はいった。
「何でもお見通しか。さすが、鬼才だね」
僕はこの目の前の李賀が僕の中にもいて、
あの李賀の中に僕もいるのか、
と具体的に考えると身震いするが、
そうはいっても、
お互いの以心伝心具合はそれぞれの現状によって違うし、
今いる二億の人間全てが、
こうした事実を知っているかと言えば、
そうではない。
ドーシャとは、
人間に憑依された人造人間のことだ。
僕らは「回転ドア症候群」と呼んでいるけれども、
宇宙⇄三次元構造体とを行き来する憑依は、
誤解を恐れずにいえば、
定期的な発狂現象だ。
400年経つと、
何故か僕らは宇宙から具体的な筐体をもった「人間」として生まれる。
そして、
何年か何十年か何百年かを経て、
死ぬと宇宙そのものに戻る。
では、
戻っている間、
世界へと何も干渉しないかと言うと、
人造人間がいなかった昔はしなかった。
けれども、
約50万年前、
ペイガンが生まれて、
彼らが爆発的な勢いて数を増やしていくと、
不可思議な現象が起こり始めた。
あれはペイガンの数が僕たち人間の倍以上になった頃だ。
異常な能力を発揮したり、
ふるまいをするペイガンが現れた。
<黒ヤジュル・ヴェーダ>には、
心臓の中に住む「小さな人」が「心」だと譬えているが、
その小さな人が別人になったかのように、
ある日の目覚めを境にして、
全くの別人格になる。
その心臓を犯された者のことを、
僕たちは「病体」と名付けた。




