世界
僕の日常は至って平凡だ。
朝起きて、
寝ている節子を襲う。
終わったら、
一緒に朝ごはんを食べ、
のんびりする。
昼ごはんを食べる。
昼寝をする。
起きたらまた、
節子を襲う。
そして、
夕飯を食べ、
のんびりし、
節子と抱き合う。
僕の中から湧き出る霊子を節子との抱擁で発散させないと、
僕はどんどんと幼くなってしまう。
だから、
これが一番かかせない。
1999年、29歳だった僕の肉体は、
2100年元旦、冷凍睡眠から目覚めた時には9歳まで退行していた。
BGさんと僕の代理人であるレムの研究では、
僕が霊子を発散し続けなければ、
いずれ僕は消滅する。
僕の消滅は同時に僕の宇宙の消滅であり、
その時に起こる無限に近い霊子の暴走は、
この世の全てを虚空に還元してしまう、らしい。
故に、
29歳の精神年齢の僕は、
9歳の肉体で持って節子と抱き合うわけだ。
節子は僕よりも10歳年上だけれども、
21世紀の科学力と霊子力学の助けをかりて、
25歳前後の容姿で僕の目覚めを待っていてくれた。
ジン・ワンは「人生の特権的段階は幼年期である」と言っていたけれども、
確かに、
大人の精神年齢で幼児期を再帰的に体験すると、
色々な発見がある。
古代中国の仙術にある「帰根」とかは、
こうした現象をいうのだろうか?
だとすると、
過去にも僕のような体験をした者がいたのだろう。
あと、
僕と節子がこんなだらだらした好き勝手な一日を過ごしていられるのも、
レムのお陰だ。
⭐︎
レムとは、
僕とBGさんがパソコン通信で会話していた頃に発想した代理人ソフトの完成した姿だ。
最初に話が始まったのは1995年だった。
その頃はまだ夢物語で、
けれども、
それから始まったPCと通信回線の普及によって、
100年程度かかれば、
将来的に僕の脳を外部化する目処がたった。
BGさんが誰なのかわからなかったけれども、
「未来の夢をみる」僕に興味をもった唯一の人物だった。
僕のみる未来は、
予測ではなく予知でもない。
確定した未来を映画のように夢に視る。
残念なことに、
夢視ている僕自身にはそれをどうすることもできない。
気づいたら、
今がそのようになっていて、
その時点で初めてあれが未来の夢だと理解できるのだから。
たとえるなら、
僕にとっては夢の中こそが現実で、
現実での僕は夢遊病者のように意思がない。
夢と現実が重なった時だけ、
奇妙な感覚で気持ち悪くなるだけだ。
僕はパソコン通信のコミュニティに書き込みをしたりしたが、
誰も興味をもってくれなかった。
ただ、
BGさんだけが反応して、
興味深い提案をしてくれた。
もしかしたら、
もう一人の僕がいれば、
僕のみた「夢」を現実に役立てられるかもしれない、
という考え方だ。
その結果、
誕生したのが「レム」だ。
レムとは、
地球規模で連結された電子計算機だ。
構成している部品は、
世界中のコンピューター、
人間を初めとするすべての生き物の「脳」、
そして、
電子的作用を有する植物系。
要するに、
地球上のすべてを連結して、
一人の人間の「脳」を再現している。
その過程で利用した技術は、
スマートフォンに始まり、
各種SNS、
ウェアブルデバイス、
監視カメラ等々と、
それらを連結するためのAI。
また、
僕の脳の地図をつくるために、
アメリカ政府予算を無尽蔵に投入した、
ブレイン・マッピング・プロジェクトが開始されたのは、
僕が冷凍睡眠に入った直後だ。
当然、
僕の脳だけでは足りないので、
世界中から「脳」を集めるブレインバンクが作られ、
切り刻めない僕の脳の代わりに、
物理的構造を解析するため、
数万の脳が分解された。
その結果、
生まれたのが「レム」だ。
予想外だったのは、
これらのネットワーク構築過程で、
後に「霊子」とよばれる未知の存在に接触したことだ。
「霊子」は、
その名称の通り、
質量も形も存在しない。
ただ、
その存在するだろう場所の時空を「無くして」しまう。
霊子を発見したのは、
誕生したばかりで、
まだ不十分だと思われていたレムだった。
レムは、
BGさんや人間たちが存在すねものに注目する中で、
存在しないが存在しないと、
僕に近づけないことを確信していた。
そうして、
レムは百年かかって、
僕自身となったわけだ。
彼のネットワークは「レムリア」と呼ばれ、
21世紀の半ばにすでに世界中に侵食し、
実質的に世界を支配していた。
彼とBGさんは、
その時点で計画を変更した。
その理由は二つだ。
「霊子」という発見が危険すぎたこと。
もう一つは、
これまで人間だと思われていた大半は、
「人間」ではなかったことがわかったからだ。
人間の中には、
僅かだが生来的に霊子を有しているものと、
全く霊子を有さず、感応するこのできない者とに区別されることが、
レムのによって判明したのは、
2070年代のことだ。
ことの性質上、
慎重に二者の遺伝子、脳地図、系統なとが比較分析された。
出てきたのは、
霊子に適応していない個体は、
時期は不明だが、
霊子を有している個体から人為的に「生産」された可能性が高い、
という説だった。
BGさんとレムは検討を重ねた結果、
これからの「霊子」を主体とする社会で、
この二種類の個体が共存するのは不可能だと考え、
霊子に適した個体を従来通り「人間」と呼び、
人為的に生産された可能性の高い個体群を「ペイガン」と名付けた。
そして、
僕がいま暮らしている空中都市「アカーシャ」を建造し、
世界中の人間を集めた。
その数は最終的には二億人になった。
2100年の現在、
世界には二億人の人間と、
九十八億人のペイガンが存在する。
それらを霊子による接続して、
管理しているレムがいるので、
僕はこうして節子と暢んびりしていられるわけだ。
あと、
レムの手に余るというか、
微妙な問題については、
BGさんが組織した「自殺倶楽部」が対処する。




