霊子
「神が地球を創造し、その上に人類を住ましめ給うたのは、彼等が互に屠り合う為めではない。全地をば美しい世界と為すためである」
「学問と真理は萎縮し、平和と秩序は失せた。大学は私に用がなくなった。私は之を神の審判に委ねるより外ない」
東大総長矢内原氏。昭和13年の言葉だ。
そして、これよりも6年前。
「私はこの素晴らしい世界を誰も知ってくれないのが淋しくてたまらないのです」
と、締めくくられた小説があったが、
僕の興味を惹いたのは、
「夢の中での殺人(恐ろしいことにはそれと全く同一のことが新聞紙に報ぜられ、これはその後迷宮入りのようです)などの話がまだまだある」
という下りだった。
夢は現実と重なることがあるけれども、
この二人の著述者の救済不能な傲岸さは、
二世紀から三世紀にかけて懐かしきあのローマ帝国で殉教した、
ペルペトゥアとその仲間にたちにこそ似ている。
処女から生まれた神の子を頼りにした彼女らは、
出産直後にも関わらず、
裸のまま闘技場に放り出され、
獣によって殺される。
彼女らの最後のささやかな願いはといえば、
熊などの獲物を弄ぶことに熱中する殺し下手の獣ではなく、
一撃で絶命させてくれるネコ科の獣が、
自分の処刑になることだけだった。
産んだばかりの子供との別離という異常性も、
彼女らにとっては、
神との絆を強めただけだった。
それらは全て、
処女懐胎から始まった物語だ。
彼らの「素晴らしい」「美しい」「世界」
とは、
一つの物語に統合されなければならないらしい。
ある小説だったか漫画だったかで、
夢で孕んだ女など珍しくはない、
という意味の台詞があった。
なら、
物語も珍しくないくらい、
沢山、
用意されたのではないだろうか。
もっと、
昔を思い出してみよう。
僕がまだひとりだった時。
まるで核戦争の後、
深海で人類最後の存在になってしまった原子力潜水艦の乗組員が、
几帳面に打ち続ける定時連絡文のように、
僕は「霊子」を放ち続けていた頃の話だ。
後の世に「宇宙」や「世界」や「次元」として表現される「僕」は、
自らの中に湧き出る霊子をおはじきのように、
つついていた。
もっとも、
それ以外にすることがなかった、
ともいえる。
そして、
ある時、
霊子、
このあらゆるものを完全な無にする虚無の性質をもった存在が、
僕の中に大きな虚無を作り出した時、
もう一つの世界がそこに生まれた。
大きくなりすぎた虚無に霊子の密度が薄い場所が生まれ、
そこで何かが形成された。
それが世界の始まりだった。
そして、
永劫を経て、
世界は二億を数えるようになった。
その世界一つ一つが一人の人間なのだ。
僕は先ほどから、
BGさんが作った「自殺倶楽部」に属している、
薬師えつこという若い女性が殺害された情報を、
三から知らされ続けている。
僕が冷凍睡眠から目覚めてから、
初めて不正規死した人間だ。
後頭部を唐鍬で突き崩されて、
制御を失った四肢は前のめりに倒れて地面にうつ伏した。
筋肉が弛緩したために、
異臭も放っている。
では、
彼女はそれで終わりかといえば、
ペイガンであれば、
最終的な終わりだけれども、
僕から生まれた人間はそうはいかない。
彼らは彼ら自身が一つの宇宙だからだ。
その一つの一つの宇宙が重複として存在しているのが、
今の世界だ。
彼女の肉体は活動不能になったけれども、
唐鍬は彼女という「宇宙」を破壊できない。
次に具体的に彼女という肉体が地球上に生まれるには、
400年ほどの時間が必要だけれども、
では、
その間、
彼女という宇宙が世界にどう関わるかといえば、
その時こそ、
ペイガンが役に立つ。
彼女は400年の間、
ペイガンに入り込み、
無意識のうちに様々なことをなしてしまう。
よくあの人は人が変わった、
というが、
あれはペイガンに人間が入り込んだり、
抜け出たからだ。
そして、
竜宮城に招かられた浦島太郎のように、
ある日、
彼女は地球上に自分の肉体で戻ってくる。
そういえば、
仏教では亡くなってから400年間、
竜宮で修行をする、
という書き置きを残した者もいたな。
僕は今、
早めの昼ごはんを節子と食べているのだが、
その間中、
薬師えつこが殺された情報が流れ込んできている。
けれども、
誰もが戦地に行けば七日で慣れる、
というが、
目の前に死体の山があっても、
飯が食えるようになるのは、
人間もペイガンも同じだ。




