攘夷
麻布笄町、
平屋建ての古民家の裏庭は血の匂いと、
糞便の異臭にまみれていた。
グザクザになった後頭部をみせてうつ伏せる薬師えつこの前髪を掴み、
唐鍬を細い女らしい首へとあてて右足で踏み抜くと、
頭部は簡単に胴体と離れた。
男は宗次郎の方へ向き、
「あの時、
私に足りかなったものは、
この蛮勇だと思うが、
沖田くん、
どうだろうか?」
と、穏やかな口調はどこまでも知的にきこえた。
宗次郎は下段に構えた剣を握る手を震わせた。
「清河さん」
「うん、わかっているよ。
君ら沖田兄弟は悪くない」
宗次郎は後ずさりした。
全身の毛穴から汗が吹き出てくる。
「御代の為 抜け出し人のいもなれば
身を捨ててこそ 名をばとどめん、さ」
清河さん、
と呼ばれた色白の美男子は目を細めて、
鋭く白刃の気を放った。
「お蓮さんは・・・、
気の毒なことをしました」
宗次郎は幕府に捕らえられ、
それが原因で病死した清河の妻、
お蓮を思い出した。
確か「節分の豆まき」がご縁で知り合っとか、
清河さんからきいたな。
唐鍬の尻を思い切り地面に突き当てた清河は、
刈り取った首を柄に結わい付けた。
「うん、あれはわたしが悪かった。
近藤や土方が正しかった」
そういうと懐から拳銃を取り出した。
「はやく済まして、
泥舟の墓参りに行きたいのでね」
宗次郎は腰を落として、
普段と違い、
右足を前へ躙らせた。
「きかせてくれませんか?
今度は何をするつもりなんです」
「うん?
あー、とりあえずだ、
沖田くんが私を思い出してくれたお陰で、
ここにいるそうだから、
礼をいいにきた」
あの焼き鳥屋でのことか!
宗次郎は薬師との会話を思い出した。
一の橋はこの人が暗殺された場所だった。
銃声が響いき、
火薬の匂いが、
それまで立ち尽くすしかなかった無人の鼻腔をついた。
その慣れ親しんだ火薬臭のお陰で、
我に返って体が動いた。
地面に突き刺さった鍬を奪うために伸ばした腕は、
薬師の生気が失った横顔に触れる寸前、
青白く細長い指が手首に刺さった。
爪が皮膚を突き破り深々と刺さる刺激に悲鳴をあげる無人の頰を、
白蓮が舐めた。
「邪魔は無粋だわ」
もがきながらあげた視線の先では、
宗次郎が胸から血が流している。
「君らはかわらんのかな?
この度も、
間違った天命を報じるつもりか」
「では・・・、
きかせくれませんか、
・・・・清河さんの天命とやら」
宗次郎は息絶え絶えに問いかけた。
「そりゃ、攘夷さ」
と、清河八郎はカラカラと笑った。
「どこの馬の骨ともわからない輩を排して、
我々が主役の世界をつくりたいと思わないかね?」
「戦争を始めるつもりですか」
無人が白蓮を押しのけようと身をよじりながら、
問いかけた。
「うん?
ああ、その通りだ、青年よ。
この度は遠慮はなしだ」
唐鍬を抜きあげると、
結われていた薬師の頭がこつこつと揺れた。
「そこの女、
名は?」
「今は白蓮となのっとります」
と、伝法な口調でいった。
「妻と同じ名も何かの縁。
同道されよ」
「はい」
と、返事をすると、
白蓮は少女のような品をつくり、
白壁の小屋にある唯一の黒い一枚板の扉に抱きついて、
語りかけた。
「兄様、
わたしはちょっと出てまいります。
きっと、
お兄様にも良いおお話になると思いますから、
お兄様、
お兄様の妻の私をお忘れなく、
よろしく過ごされるのですよ」
清河と白蓮が去り、
三人が地面に伏している中、
延々と小屋からは、
狂声が繰り返された。
「妹よ、妹よ、はやくあいつらをおいはらっておくれよ。鶴橋の小母さまの鞭は野藤のようにあいつらを絡め取ってしまうだろうけれども、安心はできないからね。妹よ、妹よ、私の妻のお前なら、容易く追い払えるからね。妹よ、妹よ、はやくあいつらをおいはらっておくれよ。鶴橋の小母さまの鞭は野藤のようにあいつらを絡め取ってしまうだろうけれども、安心はできないからね。妹よ、妹よ、私の妻のお前なら、容易く追い払えるからね。妹よ、妹よ、はやくあいつらをおいはらっておくれよ。鶴橋の小母さまの鞭は野藤のようにあいつらを絡め取ってしまうだろうけれども、安心はできないからね。妹よ、妹よ、私の妻のお前なら、容易く追い払えるからね」




