龍川笄橋夢幻5
翌日、
あたしたちは再び、
西麻布の交差点から、
今は地下に潜った龍川に、
かつてかかっていた笄橋付近を訪れた。
そして、
ある表札のない古民家へ入り込んだ。
玄関から庭へと周ると、
植木は荒れ放題だ。
平屋で濡れ縁と廊下があり、
雪見障子で座敷、洋間とあり、
その隣は木戸で中はみえない。
あたしと無人は戸を揺すってみた。
「おい」
宗次郎が奥を指した。
平屋の母屋とは別に、
植木に隠れて小屋がある。
三間四面くらいのものだ。
壁は白く塗られ、
二尺ほどの扉は黒い丈夫な一枚板だ。
明かり取りのような小さな開口部が一つだけある。
近づくと中から狂声が弾けた。
まるで、
あたしたちの気配がスイッチを押したかのように、
それは喋り始めた。
「妹よ、妹よ、はやくあいつらをおいはらっておくれよ。鶴橋の小母さまの鞭は野藤のようにあいつらを絡め取ってしまうだろうけれども、安心はできないからね。妹よ、妹よ、私の妻のお前なら、容易く追い払えるからね」
と、幾度も繰り返す声は9歳か10歳の子供のようではあるけれど、
言葉の抑揚に含まれる体臭は死ぬ前の老人に似ている。
あたしたちは小さな穴から中を覗こうしたり、
宗次郎は木戸を蹴破ろうとしたが、
大きな音を立てただけで、
余計に声の狂おしさをいや増しさしただけだった。
「あら、珍しい日が続くこと」
と、背中で声がした。
この騒ぎで母屋から人が出てきた。
みると、
年の頃は20歳程か、
まるで絵から抜け出てきたような日本美人だった。
「お客様が続く日なんて、
いつ以来かしら」
白いワンピースを着た美人は、
庭木の暴れた枝を避けもせずに、
あたしたちと小屋の間にたつから、
左頬から数滴の血が滴った。
「わたしは、今は白蓮と名乗ってます」
と、話し始め、
その間も小屋のなからは声が繰り返されてるいるのを無視したままで、
「鶴橋の小母さまが行方不明ですが、
仔細をご存知ですか?」
と、あたしたちを棒立ちで眺めたまま終いには、
「あらあらあら、あらあらあらら、ららららららあ」
と、言葉は歌のようになった。
兄と呼ばれた、
どう聴いても子供にしか聞こえない声は、
無限循環に入ったかのように息継ぎもなく繰り返される次元に突入し、
それを背景音楽として、
この「白蓮」と名乗った少女の「歌」がのっかった景色は、
気味の悪い劇の一幕でもあるような、
と考えを続けようとしていたあたしに地面が近づいてきた。
正しく表現すれば、
宗次郎と無人の間に立っていたあたしだけが地面へと、
なんの抵抗する力もなく倒れていった。
そして、
倒れきったあたしの後頭部はグザグザで、
黒い血がどろどろと地面へと広がった。
血塗れの唐鍬を持った青年が、
あたしがいた場所に屹立している。




