龍川笄橋夢幻4
殺す、
宗次郎は確かにそういった。
「拐かして殺す、
幻をみせて殺す、
そんなところですね」
と、らんちゅうはいった。
さっき、
鞭女の鞭をあたしが受けていたら、
と訊いたら、
「そりゃ、のたうちまわるくらいじゃすまいかもな」
と、宗次郎はからかうが、
想像してみるのは難しくない。
あたしが「自殺倶楽部」で受けた訓練と同じだからだ。
冷凍されて時間が止まった状態で、
延々と自分の記憶が具現化された世界で、
自分の自分を殺して続ける作業は、
姿形は違うけれども、
ここと似ている。
「正義の味方ですよ、わたしたちは」
と、こちらの恐怖心を見透かすかのように、
無人に言われて、
少し恥ずかしくなった。
「あの、
主さまがあった金魚って、
あなたですよね」
「霞山でいいよ」
「あの、助けていだいてありがとうございます」
「莫迦いっちゃいけないね」
と、宗次郎の頭を尻尾で叩いた。
「こいつが刀を忘れていかなきゃ、
もう済んでる話だったんだ」
宗次郎が明後日を向いた。
「迷惑をかけたのはこっちの方さ」
無人が笑いを堪えていたが我慢の限界のようで、
「ここで立ち話もなんですから、
夕餉でもどうです」
と、霞山にいうと、
「あたいは焼き鳥が食いたいです」
それを聞いた宗次郎がいった。
「鯉じゃないんだから、
逆に食われる方だろうによ」
「それなら、あたいがあんたを喰ってもいいんですがね」
と、真剣な口調で言い返すので黙ってしまった。
あたしは三人が歩く方へとついていった。
段々と金魚の数が減り、
黒色の質が変わり、
壁らしきものが寄ってきて、
やがて両腕を伸ばしたらつっかえる狭さになった。
これはもはやトンネルだ、
と思っていると、
薄あかりが差してきた。
目の前は向こう20メートルくらいに坂道で、
向こう側に大使館がある。
ふり返れば、
これは元麻布ヒルズだ。
きけば、
20世紀中頃の戦争の時、
掘った穴らしい。
「ここから霞町へ抜けるトンネルを掘るつもりだったようですね」
無人がいった。
「旅順のようにするつもりだったのでしょう」
と、周囲を見回した。
「古川から一の橋をめぐる堀を前にして、
南山を中心とした地下壕を張り巡らされれば、
敵は随分と難渋するでしょう」
あたしは坂を下りながら、
なるほど、と聴き入っていたが、
一の橋か、と宗次郎の呟いた声が耳に残った。
「湧き水もあるから、
飲み水には困らない。
兵站は堀の地下を使えばいい」
あたしたちは左へと曲がった。
「堀の下?。堀ではなくてですか?」
「そうですよ。
堀の上は戦いになれば使えません。
ですから、
城の堀の下には地下通路が作られているんですよ。
まぁ、
内緒ですが」
無人のいうには、
城や要塞というのは、
みえているところは飾りのようなもので、
その実態は地下に作られているそうだ。
そういえば、
江戸時代、
町人が井戸を掘っていたら、
座敷に突き当たった、
という話が残っていたはずだ。
武家造りの立派な座敷で、
怖くなって急いで埋めたらしい。
このあたりは、
昔の地図でみた山元町のあたりだろうか。
あたしは事前に学んだことを思い出した。
それこそ、
無人のいう戦争の頃には、
芸者さんがいて、
祭りには女神輿が出た土地柄だそうだが、
今のようすはビルが立ち並んで、
お店が連なっているだけだ
焦げたタレのいい香りや、
エスニックな調味料が鼻をつき始めたと思ったら、
みんなの足がとまった。
そこは焼き鳥やさんで、
年配の男の人が店頭で串を忙しそうにかえしていた。
「あしたも、
笄橋に行ってもらういますから、
一杯食べて、
元気をつけて下さいね」
と、霞山さんがあたしをみた。
「この嬢ちゃんも一緒?」
と、宗次郎が抗議した。
「何行ってるんですか、
あんたのカッコいいところ、
みせてあげてくださいよ」
宗次郎を改めてみてみると、
色白で小柄だけども、
立ち姿は立ち姿はなかなか、
美男子ではある。
「ねぇ、
さっき、一の橋っていってだけど?」
「あぁ、まぁ、ちょっとな」
と伝法な言い方をするので、
「誰かに振られた場所?」
とふざけたら、
「逆さ、振った相手が殺された場所さ」
と、
宗次郎は塩焼きの皮が串に刺さったのを苦そうに齧った。




