煎餅持って幽霊見物に
暗闇坂を上って少し右側の横町にある、小柄な洋館。
ここが主さまと節子の情愛の巣だったことを知っているのは、
私だけだ。
この洋館、
もう少し皇居寄りにあった「偏奇館」に似せた、
そんな噂もあったけれども真偽はしれない。
レムは揚げたばかりの煎餅を頬張るノーラをみながら思う。
かの少女、
主さまも、
なに故に、
かくつねに
地上のものを愛するや。
と主さまが好きだった詩で嘆息してみた。
「なに黄昏ているの」
「何をおっしゃりますか、幽霊の身です。現世で黄昏るのは当たり前」
「ふー、いやになるほどね」
玄関先に落ちている赤い花を拾った。
「昨晩の寒気にあてられたのでしょう」
「ねぇ、やっぱり無理」
「?」
「人間は人間。ペイガンて言われも、レイシがないだけなんでしょう」
「ええ、それが一番の大問題なんですけども」
「そうね、あなたたちがくれたデータを見る限りは、その通りね」
ノーラは角が取れて割れているコンクリートの階段を上って、
古くて薄い、今にも割れそうなガラス戸を覗いた。
中の景色が歪むほどに古いガラスだ。
「庭がある」
ノーラは取っ手をひくと、
扉は年代の割に穏やかに開くと、
左に、
これまた古びた郵便受けがあり、
右には階段がある。
正面の白い扉を開くと、
芝生があった。
左右は二十メートルほど、奥行き十メートルほどで、
コンクリートの壁で仕切られている。
「あら」
ふりかえり際、
ノーラの踵がまわって土を宙にうかせた。
レムは、
枯れ芝の匂いに懐かしさを覚えた。
「こちら側は石造りなのね」
玄関正面は古い洋館風、
裏の庭側は石壁で、
二階には左右対称に三つずつ窓が穿たれている。
一階は回廊状に柱があり、
その下に木製のベンチがある。
「あら、お二人さん」
左から二番目の窓から声がした。
手前に黒く長い髪の女性、
奥に隠れて茶色で短髪の少女らしい姿がみてとれる。
「こっちよ」
手巻きされたので、
ノーラは普通に、
「いま、いく」
と返事をして、
扉を開き、
階段を上がり始めたので、
レムも自然とついていく。
踊り場まできて、
そういえば、
「お二人さん」と言っていたが、
私が見える人(?)なのだろうかと、
石張り廊下は、
あの頃と寸分の代わりないことに、
喜びを感じていた。
そして、
私は胸にその喜びを隠しつつ、
興味を抑えきれずに、
扉を叩くノーラの後ろに、
幽霊のまま控えた。




