麻布南山荘
ノーラが木の扉をノックした。
部屋番号は銀のプレートで「2」とある。
廊下をみると、
扉は四つだ。
レムの中で、
主さまの記憶が鮮明に浮かあがり、
目の前の光景と重なっていた。
ここを節子と、
最後に訪れたのは、
夏の終わりだ。
当時、
ここは小さなホテルで、
名前は「南山荘」といったが、
バブルの崩壊後に、
持ち主が変わり、
瀟洒な妾宅は、
ホテルとは名ばかりの連れ込み宿に変わり果てていた。
近所の住人は、
「にゃんにゃんそう」
と、揶揄していた。
元々が古い板塀の洋館だから、
猫のような嬌声が通りまできこえてきた、
という噂が広まった結果だったが、
それを言えば白金の立派なホテルなど、
建て替わるまでは、
廊下はおろか上下まで筒抜けだったが、
近くに小学校・幼稚園がある環境では、
眉を顰める人がいても仕方がない。
けれども、
節子と主さまにしてみれば、
坂の下から西麻布、六本木界隈でランチをして、
午後を寝てすごすには、
打って付けの場所だった。
自らが体験したわけではないけれども、
今、こうした扉の前に立ってみれば、
主さまのお目覚め前の記憶、
その全てを持っている者として、
懐かしさを覚えずにはいられなかった。
扉は内側にひかれた。
「おかえり」
と、元気でハリのある少女の声がした。
その声の主である、
すらっと背の伸びた、
足首の細い少女は、
ノーラの金髪越しに、
レムに微笑みながら、
「おかえり」
と、再び言った。




