挨拶
『王女殿下。早く、こちらへ』
ふと、背後から知らない声がかかり、そちらを振り返ると、ペブリムと同じデルフォスの紋章のついた服を着る男たちに驚く。
一人は子供二人を抱きかかえ、早々にこの場を離れ、リリアナの目の前にいる銀髪の兵士が手を差し伸べていた。
「で、でも、ゲーリが……」
声が震える。
リリアナは初めて自分が震えているのだとここで気付いた。
「心配はいりません。必ず助けます」
こちらに目を向けることなく、リリアナの言葉にペブリムが答えた。
「……っ」
彼女たちは敵じゃない。それはよく分かっている。
リリアナが震える手を上げると、銀髪の兵士は力強く手を握って引き寄せ、軽々と抱き上げられてその場を離れる。
リリアナはペブリムの後ろ姿に一度目を向けるが、彼女が自分を振り返ることはなかった。
「……マージ兵の割に、随分弱いな」
ペブリムが冷ややかに呟くと、男たちは震え上がる。
「お、俺らは、新米なんです!」
「つ、ついこの間兵士になったばかりで!」
「……」
ペブリムは彼らの言葉に目を細める。
――賊上がりの兵士か。たかが娘一人、この程度で始末できる、と……。
舐められたものだ。
チャキッと剣の音を立てると、男たちはどちらからともなく情けない声を上げる。
「……やあね。私の可愛い子たちに乱暴しないで?」
「!」
どこからともなく聞こえてきた言葉に、ペブリムは驚いて目を見開き、視線を上げた。
コツコツと靴音が聞こえて来る。その音と共に、建物の影から女性が姿を現した。瞬間、ペブリムの目は更に大きく見開かれ、頬に冷や汗が流れる。
「リ、リズリー……」
「ふふ……。久し振りね」
マージ軍の総司令官、リズリーと呼ばれる女性が不敵な笑みを浮かべながら現れた。
一瞬、ペブリムの手が緩んだのを見計らい、男たちは一目散にリズリーの元へと駆け戻る。
「随分可愛がってくれたようね。お礼をしなくちゃ」
不敵で、しかし妖艶な笑みを浮かべたリズリーは、縋り付く男たちの頭に手を置いて優しく撫でたかと思うと、大腿部に隠していた鋭い針を両手で素早く抜き去り、彼らの首に深々と突き立て一瞬で息の根を止めた。
「……なっ」
「あら。だって、この子たちは仕事に失敗したんだもの。当然の報いでしょう?」
リズリーは冷たく言い放ち、針を一気に抜き去った。こびりついた血を振り落として大腿部のホルダーへ戻すと、ペブリムの前で立ち止まる。そして困惑するペブリムにわざとらしい声を上げた。
「あぁ、そうよね。不思議に思うわよね。なぜこんな何もなさそうな村を突然襲ったのか」
「……」
「偶然知っちゃったのよ。……あなた達がこの村で、デルフォスの後継者である王女さまを見つけた、って事をね」
クスクスと笑いながらそう言うリズリーの言葉に、ペブリムはピクリと反応をした。
偶然知るにしては、こちらが王女の存在を突き止めてまださほど時間は経っていない。
十七年、こちら側も手を焼いてようやく見つけ出したと言うのに、マージが簡単に見つけ出せるとは考え難い。だとするなら……。
「何をした……」
睨みつけ、唸るように訊ねると、リズリーは小首を傾げる。
「何をした、ですって? 人聞きが悪いわね。言ったでしょ?」
「偶然が理由になどならない」
ペブリムが剣を握り直すのを見て、リズリーは鼻で笑った。
「やめてよ。あなたと剣を交える気はないわ。……まだ、ね」
「……」
「今日はだだの挨拶みたいなものよ。……あぁ、そうだわ。ついでだからこれ、返しておくわね。ほんのお礼よ」
クスクスと笑いながらくるりと踵を返したリズリーは、思い出したように手に持っていた物をペブリムに投げ寄越した。
ペブリムがそれを受け取ると、それはデルフォス兵士の襟元に付けられる一般兵用のピンだった。
「!」
それをぎゅっと握り返し、愕然とした表情でリズリーを見ると彼女は意地悪そうに笑みを浮かべている。
「あなたと剣を交えるのは、あなたに私を殺すだけの覚悟が出来た時よ。……楽しみにしているわ」
そう言い置いて、リズリーはその場を立ち去って行った。
残されたペブリムは、手の中に残った血の付いたピンを固く握り締め、静かに瞳を閉じる。
この為に命を落とした兵士の事を思うといたたまれない。
「ペブリム様!!」
リリアナたちの保護に当たっていた部下が駆け戻ってくると、ペブリムはゆっくり彼らを振り返り、部下の後方に立ってこちらを見ているリリアナに目を向けた。
「……私はこれから王女殿下を連れてデルフォスへ帰還する。お前たちはここで、まだ息のある負傷者の救済、及び弔いを頼む」
「了解しました」
「救護班の要請もかけておく。到着までの間苦労をかけるが、頼むぞ」
「はい! お任せください!」
ペブリムは後ろ腰のポーチから葉書を取り出し、手短に書き込むと空へ向かい指笛を吹いた。すると、先ほどから空を旋回していた鳥が舞い降りてくる。ペブリムはその鳥に葉書を咥えさせ、再び空へ飛び立たせた。




