救済
空を旋回する鳥の「ピー」と鳴く声が、広大な大地に響き渡る。
リリアナ達が駆けた広大な大地を、三頭の馬が猛スピードで南下していた。その先頭を走る白馬には、デルフォスの紋章が縫い込まれた軍服を着た水色の髪の女性騎士――ペブリムが跨っている。
そのペブリムの元へ旋回していた鳥が近付き、咥えていた葉書を落としていく。葉書には微弱な魔法がかけられ、ペブリムの手の内に落ちるなり自動的に開封し文面が浮き上がる。
「……」
それを見やり、ペブリムの表情が僅かに硬くなった。
「この先で間違いはないか!?」
ペブリムが背後にいる部下の一人に声をかけた。
「はい! 間もなく見えてきます!」
銀色の長い髪を揺らしながら、兵の一人が応える。
大通りを挟み、イチョウ並木と小麦畑が広がる向こうに、村の入口が見えてくる。
――臭い。
ペブリムは顔を顰め、腕で鼻を遮る。
まだ村まで結構な距離があると言うのに、鼻先に届くのは濃厚な鉄の臭いだった。
――遅かったか!?
ペブリムは小さく舌打ちをすると、手綱を握り込み、馬の速度を上げた。
「あ!」
更にスピードを上げたペブリムに気後れした部下たちだが、すぐに喰らいつく。
村が近づく程に、胸を突くような血の臭いが濃くなる。視界に村の入口がハッキリと捉えられるほどになると、ペブリムは馬の速度を緩め足を止める。
「……なんてことだ」
村の入口には多くの人が倒れ、血溜まりに沈んでいる。
「ひでぇ……」
追いついてきた兵士たちも、この惨劇を前に顔をしかめて嘆息を漏らす。
「間に合わなかった、んでしょうか……」
「……」
銀髪の兵士の言葉に、ペブリムが悔しげに手綱を握り込んだ瞬間、村の奥から子供の泣き叫ぶ声が響いた。
「!」
ペブリムはすぐさま部下たちに目配せをする。すると彼らは素早く村の裏口へと移動し、ペブリムは馬を降りて、腰に下げていた剣の柄に手を伸ばしながら入口から村へ足を踏み入れた。
***
「王女さま。こちらに来てもらいましょうか」
頭から血をかぶった男たちを前に、リリアナはまだ幼い子供たち二人を背に庇い睨みつけている。
そのリリアナの視界の端には、リリアナを追って出て来たゲーリが肩に傷を負い、苦しんでいる姿がある。
「何の話? あたし、王女さまなんかじゃないんだけど」
冷や汗を流しながらそう言うと、男たちは顔を見合わせ、どちらからともなく肩を揺らして笑い出す。
「またまたぁ。みんなが可哀想だから、わざわざ自ら飛び出してきてくれたんだろう?」
「その黒髪、その目の色……何よりその左手の痣が証明してるじゃないか。お前が王女さまだってよ」
「……っ」
リリアナは手袋を外したままだったことを思い出し、苦い表情を浮かべる。
ジリジリと間合いを詰めてくる男たちに、リリアナも同じだけ後退をするが、これ以上の逃げ場はない。
「……あたしを、どうする気?」
「なぁに。今デルフォスに勢いづかれると、俺等の立場が悪くなるんでな」
「総司令官さまの命令もあるからよ……、そこにいるチビたちと一緒に、ちょっと死んでもらえるか?」
「……」
引きつったような笑い声を上げる男たちを前に、リリアナはぐっと唇を噛んだ。
――もっと、たくさんやりたいことあったのに。
今の自分は、彼らに太刀打ちできる術はない。
自分が王女だろうとそうでなかろうと、こんな末路は想像もしなかったし、望んでもなかった。
「じゃあな」
振り上げた男たちの剣を見て、リリアナは身を翻し子供たちを抱き締めて硬く目を閉じる。
その瞬間、素早く駆けてくる足音と共に、リリアナの前でバサッと布のはためく音が聞こえ、ほのかに甘く、清潔感のある柔らかな香りが鼻先を掠めた。
同時に男たちのくぐもった声が聞こえ、聞き覚えのある声が耳に届く。
「覚悟はできているんだろうな?」
「……!」
リリアナはその声にパッと目を開くと、ブレディシアで見た女性騎士の姿に驚いて目を見開く。
――また、この人……。
しかし、その眼光はブレディシアで見た時よりも鋭く、本気の殺意に満ちている。その横顔に、リリアナの背筋にもヒヤリとしたものを感じた。
手にした銀色の曇りない刃が、いつの間にか地面に倒れ伏した一人の男の喉元に充てがわれている。ペブリムは男の肩口を片足で踏み押さえ、身じろぎすら封じている。
方や、もう一人の男は刃を振り上げた体勢のまま、ペブリムの逆手に握られた短刀が首に当たり、縫い留められたように身動きが取れなくなり、小刻みに震えていた。




