真実・2
ゲーリはリリアナの左手を取り、おもむろに手袋を外した。そこには、剣と竜のような痣がある。
ゲーリはそれを見つめ、そっと親指でなぞるように触れた。
「……これって、火傷の跡なんかじゃない、よね」
リリアナはその痣を、小さな子供の時から「火傷の跡」だと言われ信じてきた。傷があることは女の子として良くないからと手袋を付け続けてきたが、医学を学ぶようになり、火傷の跡なんかではないことはリリアナも分かり始めていた。
ゲーリは、一度ギュッとリリアナの手を握りしめ、苦しげに顔を歪めて、ぎこちなく頷き返す。
「これは……デルフォス王家の紋章です」
「……っ」
喉の奥が締まるような感覚がした。
もう答えは出ていて、確信を抱いていたのに、真正面からそう言われるとやはり困惑してしまう。
リリアナは、傍にある棚の上の写真立てに視線を移した。そこには、今は亡き両親と幼いゲーリとリリアナの姿がある。赤ん坊の時から一緒で愛情に包まれてゲーリと共に育ってきた。だからずっと、ただの村医者の娘だと信じるのは当然のこと。でも、ここに来てその事実が覆ってしまった。何の前触れもなく、突然に……。
「……」
――驚きはした。でも、何だろ。心のどこかで何でだか納得してる自分もいる……。
写真立ての中の家族。
ゲーリは両親の特徴をちゃんと引き継いでいるのに、リリアナはどちらの因子も引き継がない黒髪と瞳の色に、自分には両親の面影すらないことを分かっていたからかもしれない。
リリアナは僅かに顔を下げる。
「……いつ、分かったの」
「あなたが10歳の時でした」
「……」
ドクンと胸が鳴る。
そんな前から分かっていたのかと、動揺してしまった。しかし、今思えばその頃から「絶対に人前で手袋を外さないように」と強く言われたことを覚えている。
「……これを、火傷の跡だと言って嘘をついたのは何の為だったの? あたしの為? それともゲーリの為?」
「……両方です」
問われるままに、ゲーリは素直に心の内を吐露し始める。
「痣の意味を知っている人間がいると、あなたに対して危険が及ぶかもしれないと思った反面、あなたと過ごしてきた時間や、これからの時間を奪われたくないと思いました」
リリアナは冷静さを保つように一つ息を吸い込むとゲーリから僅かに視線を逸らし、もう一度目の前の彼を見つめる。
ゲーリはその姿を見ていると衝動的に手が伸びて彼女の腕を掴み、自分の方へ強く引き寄せた。
「!」
突然、ゲーリの胸に収まったリリアナは驚いたように目を瞬く。
「……っ」
「ゲーリ……?」
リリアナが声を掛けると、抱きしめる腕に力が篭る。ゲーリはリリアナを抱きしめたまま、じっと何かに耐えていた。
「……いつかこうなる事は分かっていました。だからこそあなたと過ごした17年の歳月が尊く、そして大切です。同時に、とても……怖かった」
これまで溜め込んでいた胸の内をボソボソと吐露し始めたゲーリの肩に、リリアナはそっと手を置いて静かに聞いていた。
「怖かったんです。あなたが、私の元から去っていく事が……」
そこでゲーリはようやく頭をもたげると、まっすぐにリリアナを見つめた。
これからも、変わらずずっと傍にいてほしい。
そう願いはするものの、それももう無理かもしれないと、肌では感じていた。理解もできた。だからこそ、名残惜しい……。
ゲーリがリリアナの頬に手を伸ばそうとした瞬間、部屋の窓に強い衝撃音が響く。
「!?」
二人が驚いてそちらを振り返ると、カーテン越しに分かるほど、窓ガラスにべったりと濃い液体が付いたことに、背筋が凍り付いた。
『おいおい、王女さまはどこなんだぁ? 早く出せよ!』
外では下品な笑い声が響き渡る。
――このままではみんなが殺されてしまう。
リリアナは硬い表情でゲーリを振り返った。
「……ゲーリ。あたしがほんとにデルフォス王国の王女さまなんだとしたら、ここにいたらいけない気がする」
「な、何を……」
「あの人たちは、デルフォスの王女さまを探してるんでしょ? だったら、あたしが出て行かないと……」
部屋を出ようと、ドアノブに手を伸ばしたリリアナの動きを、ゲーリは止める。
「バカなことは止めてください! 殺されます!」
「だって、このままじゃ他のみんなが……っ」
「マージの人間は、あなたが出て行っても村人を殺します! だからあなただけでも……」
ゲーリの引き留める手を乱暴に振り払い、リリアナは睨みつけた。
「やめて! あたしだけ助かったってそんなの……あたしがあたしを許せなくなる!」
その気迫に、ゲーリは一瞬怯んでしまう。その瞬間、リリアナはドアノブを掴んだ。
「リリアナ!」




