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デルフォス巡想記Ⅰ ~リリアナの帰還~  作者: 陰東 紅祢


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信じたくない情報

 リリアナが遠征の話を聞いた二日後の早朝、ペブリム率いるデルフォス兵は一路、ミシェリア半島を目指して、遠征に出掛けていった。


 緊急性が高く慌ただしい出立に、彼女たちを見送る事もできなかったリリアナは、一人部屋でぼんやりと過ごしている。

 空は快晴。穏やかで平和そのものに見える。しかしその空の下は、殺伐とした空気が立ち込めていた。


 ――もし、二人に何かあったらどうしよう。まだあたし、何も知らないのに……。


 こうしてじっと一人で考えていると、嫌な方へ意識が引き摺られてしまう。その度に、何度も頭を振った。


「あの二人なら大丈夫。ペブリムさんも凄く強いんだし……」


 何度そう呟いただろう。しかし、その呟きとは裏腹に、気持ちは一向に晴れはしない。


 少し前にドリーが淹れてくれた暖かな湯気の昇る香茶のカップに視線を落とし、琥珀色の水面に浮かぶ自分の顔を覗き見る。


 ――なんて平和そうな顔をしているんだろう……。


 苦い表情を浮かべる。


 レルムの事も、ペブリムの事も、もっとちゃんと知りたい。その為にも、やはり無事に帰ってきてくれないことには知りようもない……。


「……無事に帰ってきて欲しい」


 ポツリと呟いた言葉は、静かにカップの中に沈んだ。


                          

         ***



「え……」


 ペブリムたちがミシェリア半島へ向かって約三週間が経った頃。戦地となった遠征先から視察団の一人が血相を変えて舞い戻ってきた。

 謁見の間でその話を聞いたポルカとリリアナ及び大臣は、彼の持ち帰った話に我が耳を疑い蒼ざめる。


「その話は、本当なんですか……?」


 自然と震えるリリアナの声に、兵士は険しい表情のまま頷き返す。


「はい。戦地でレルム総司令官が深手を負いました。前線から全部隊を撤退し、現在こちらに引き上げてきています」

「……っ」


 考えたくなかったその出来事が起き、リリアナは頭が真っ白になり言葉を失った。そんなリリアナを気遣いながら、ポルカは詳しい話を聞きだす。


「一体、何があったのです?」

「それが……」


 兵士は視線を僅かに下げ、一つ一つ思い出しながら話を続ける。


 ミシェリア半島へ向かったペブリムたちは、およそ五日かけて現地に到着する事が出来た。

 敵地から目立たず、しかし付かず離れずの位置にある丘の上に自分たちの駐屯地を造り、情報を仕入れ、戦略を立てていた。


 丘の上から見た現地は、否応無しに老若男女問わず鞭打たれ、休む間も与えられず要塞を造らされるその様子に、ペブリムは苦い表情を浮かべていた。


「ただいま戻りました」


 視察に送っていた兵士の一人が戻ってくると、ペブリムはすぐに兵団隊長らを呼び集め駐屯地のテントへと向かう。視察から戻った兵士が地図上につけて来た印を元に話を進め始めた。


「砦を中心に、マージ兵の駐屯所は五つ。ミシェリア半島侵略時よりもマージ兵の数は少なく、全体的に見て一万が妥当と思われます。各駐屯所にはそれぞれ約六百名が配備されているようです」

「全体で一万……。決して潰せない数じゃない。リズリーは?」

「マージ総司令官は現在、東の駐屯所に滞在しているようです」


 建設中の砦を囲むように東、南東、南、南西、西の方角に駐屯所が点在している。

 ペブリムはその一番東側の、リズリーが滞在していると言う駐屯所に目を付けた。


「最終目標は要塞建設の阻止だ。そのためにはまず、配備されている駐屯所を蹴散らす必要がある。我々は部隊を割り、一気に攻撃をけしかける」


 ペブリムはそう兵団隊長らに声をかけると、彼らは深く頷いた。


「決行は本日深夜。全員、準備を怠るな」


 そう指示を出し、ペブリムは一人その場を離れた。

 空は僅かに茜色を帯び始め、あと数時間もすれば夜の帳が下りる。

 ペブリムはその空を睨むように見据え、腰に佩いた剣をスラリと引き抜く。傾きかけた陽の光を受けて、よく磨かれた剣はキラリと反射していた。


「……」


 ペブリムは眉根を寄せ、自らの剣を固く柄を握り締めた。



          ***



 空はたっぷりと墨を含んだような闇に包まれ、月明かりだけが地上を照らす。

 レルムは各隊に目配せで指示を出すと、皆それぞれ持ち場につき突撃の合図を待っていた。


 どこかで鳴く虫の声がやけに大きく聞こえてくる。


 敵地の明かりはほとんど灯っておらず、人の姿もまばらだ。警備もかなりの手薄になっていると確信を得たレルムは、背後に控えていた兵士達に突撃の合図を送ると彼らは一斉に声をあげ敵陣に乗り込む。


 敵陣の警備に当たっていた兵士達が驚き、鋭く警鐘を鳴らす。その音に飛び起きてきた兵士達は皆大きくうねる波のようなデルフォス兵を前に立ち向かった。

 静かだった大地が一斉に怒涛のような戦地へと変わる。


 その中で、一人。

 レルムは剣を引き抜いたままリズリーと静かな対峙していた。


「寝込みを襲うだなんて、随分な趣味ね」

「君ほどではないさ」

「あら、酷い言い草」


 多くの兵士達の声が飛び交う中で淡々と交わされる二人の会話。

 リズリーはレルムが剣を握り自分の前にいる事を喜んでいるかのように目を細めた。


「覚悟はできたようね?」

「もう迷わない」

「そう。なら、試してみようじゃない」


 リズリーもまたスラリと剣を引き抜き、レルムに向かって切っ先を突きつけた。そして一呼吸の間に、二人はどちらからともなく地を蹴って切りかかる。


 二人の鬩ぎ合いは緊迫感と共に激しい物だった。どちらも全く引けをとらない。空を裂く激しい応戦が幾度となく繰り広げられ、やがてレルムの方が押され始めた。


 十字に合わされた剣をギリギリと刃こぼれのするような音を鳴らしながら、二人は顔を付き合わせる。


「あなたの覚悟ってそんなもの? なぜ本気で掛かってこないの」

「……っ」

「……まだ、心がぐらついているようね」

「何……っ!」


 リズリーは瞬間的に見せたレルムの隙を見逃さなかった。剣を華麗に押し返し、再び切りかかってこようとするレルムに向かって手を突き出した。


「!」


 至近距離から放たれた目に見えない波動に、レルムは成す術もなく吹き飛ばされる。


「レルム様!」


 その時傍にいた兵士は、すぐさまリズリーに切りかかった。だがそれよりも早くリズリーはその場を駆け出し、近くの岩場に強かに体を打ちつけたレルムに問答無用で切りかかった……。


 思い返しながら話をしていた兵士は、きつく拳を握り締める。


「リズリーの力は、凄まじい物です。ですが決してレルム様が劣っていたわけではありません」

「……」


 兵士の話を聞いていたポルカは、深いため息を吐いた。


「……話は分かりました。今は、レルムが無事に戻る事を祈りましょう」


 硬い表情でそう呟くポルカの横で、リリアナは蒼白したまま自分の手元を握り締めていた。

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