静かなる侵略
――数時間前のことだった。
想定外の情報が入り、ポルカとペブリム、大臣は軍幹部を緊急招集し、会議室は物々しい空気に包まれていた。
「マージ兵が大陸北部のミシェリア半島に進出。それまで鉄壁として存在したブリッジベル要塞は陥落しました」
「視察団によれば、マージ兵の数はおよそ五万。ミシェリア半島及びその周辺の町村を占拠し、村人たちに新たな砦を築かせているようです」
「ミシェリア半島近隣にマージの要塞が出来たとあっては、こちら側もこれまで以上に不利な状況に追い込まれるかと……」
ピリピリとした空気の中、大きなテーブルの上には地図が広げられ、査察隊の持ち帰った情報を各々が交換し合っている。
「近隣に常駐していたブレディス王国兵とわが国のバルドー隊、グラヴィス隊はどうしたんだ?」
険しい表情でペブリムが訊ねると、査察隊の一人が口を開いた。
「ブレディス王国兵並びにバルドー、グラヴィス隊は、マージ兵により壊滅されたとの情報があります」
「……」
ペブリムの目元がピクリと動いた。
わが国から送ったその部隊は、ペブリムも納得するほどの精鋭部隊。そう簡単に崩されるはずはなかったが……。
隣に座り話を聞いていたポルカも険しい表情のまま、深いため息を吐く。
「あの子が戻ってきた事を喜ぶ間もさほどない内に、こんな状況になるだなんて……」
物憂げに呟くポルカの心中は穏やかではない。
「マージの要塞はどの程度まで仕上がっている?」
「およそ六割は完成しているようです。更に、マージ兵の精鋭部隊が要塞の四方を固めるごとく、あちらこちらに配備されています」
「六割……」
話を聞いたペブリムは苦い顔を浮かべる。
なぜもっと早い段階でその情報が掴めなかったのか。
「その話はなぜこんなにも遅れて入ってきた? もっと早い段階で分かった事だろう」
ペブリムがそう言うと、査察隊の面々は瞬間的に口を閉じた。
突如として水を打ったように静まり返った会議室で、査察隊の一人がおもむろに口を開く。
「我らが査察隊の総幹部殿が……、この数ヶ月の間に出した情報の全てを揉み消していたのです」
「何……?」
「総幹部殿は、あちら側の諜報員だったんです」
「!」
その情報にその場が騒然となった。ペブリムは然り、ポルカと大臣も驚きを隠せないでいる。
信用に足る人間を当てて送ったはずが、その人間がまさかマージの諜報員だったなどと思いもしなかった。
「私達は、何度要請書を提出しても援軍が来ない事を不思議に思っていました。そして一週間ほど前、偶然、幹部殿がマージ兵と接触しているところを目撃したんです」
「我々が出した要請書は、全て燃やされていました」
ペブリムは話を聞き、深いため息を吐いて頭を抱える。
このままでは、マージの勢いを止められそうにもない。どうにかしなければならない事は分かっているが、今は手立てが何もない。
よもや自国の中に相手側の人間が紛れ込んでいたこと事態が信じられなかった。
「それから……」
査察隊の言葉の続きを、ペブリムは睨むように見た。鋭い彼女の視線に、瞬間的にビクリと体を揺らした査察隊員だったが、手にしていた報告書に視線を落とし口を開く。
「……今回の侵出には、リズリー総司令官が携わっていると言う情報があります」
「リズリーが……?」
ペブリムは愕然とした様子で彼を見る。
リズリーと最近会ったのは、ルク村だ。あの時デルフォス兵が殺されるよりも以前にこちらの行動が読まれていたとしたら、あの場にリズリーがいてもおかしくはない。
「……くそ」
ペブリムは小さく舌打をし、眉根を寄せる。
完全に舐められている……。そう思うと苛立ちが積もった。
「疑いたくはないが、自国の中に他に諜報員がいないかどうか確認を急いでくれ」
これ以上こちら側の情報がどこかから漏れているとなると、打つ手はなくなる。完全に八方塞がりだ。
自国の中にスパイがいないか確認を取らせると同時に、要塞の完成を阻止せねばならない。
「……覚悟を決めろと、そう言うことか」
ペブリムは一人呟き、固く拳を握りしめる。
そんな彼女の姿をそばで見ているポルカの表情もまた、複雑だった。
***
部屋に戻ったリリアナは、着替えを済ませながらドリーに話を聞いていた。だが、彼女が紡ぐ言葉の大半が理解できない。
「それって、どういう事なの?」
話が良く分からないリリアナは、眉根を寄せながらもう一度確認の為に訊ね返す。
ドリーはリリアナの背後に回り、ウエストのリボンを結びながら口を開いた。
「北のミシェリア半島が完全にマージに制圧されてしまうと、今以上にこの国も危険に晒されてしまうと言う事ですわ」
「……」
今以上に危険に晒される。そう聞いてリリアナは背筋がゾクッとした。
「それに、ペブリムさんたちは行くってことだよね?」
「そうなるかと……」
リリアナは自分の平和ボケしている感覚を、この時ほど恥ずかしいと思ったことはなかった。




