忘れていた事実
食事を終えたリリアナは、自室に戻ることなくその足でドリーと共に城内散策に出かけた。
場内は想像していたよりもずっと広く、一つ一つの部屋もとんでもなく広いことに、リリアナはただ圧巻だった。
「広いねぇ。一日じゃ周りきれないよ」
見上げるほど高い天井を見つめながら呟いた言葉が、閑散とする空間に響く。
ドリーは関心したように声を漏らすリリアナを見て、小さく笑った。
「え? 何?」
「あ、いえ。申し訳ございません」
「……」
慌てたように取り繕うドリーに、リリアナは足を止めて彼女を振り返った。
「ドリー。あのさ、これはあたしのお願いなんだけど……」
「はい?」
「たぶん、ドリーとあたしはそんなに歳が離れてないと思うんだよね。だから、なんて言うのかな。友達って言うか、もうちょっと打ち解け合える仲になりたいなぁって思って……」
リリアナはモジモジしながら、恥ずかしそうに笑いながらドリーを見つめると、彼女は戸惑った様子で僅かに視線を泳がせた。
「わ、私とリリアナ様が友達などと……そんな畏れ多いです」
「うん、分かってる。あたし、まだ身分がどうとかよく分からないけど、ドリーとは仲良くやれそうな気がするんだよね」
「し、しかし……」
「あからさまにしなくていいの。二人でいる時だけでいいし、そこまで砕けなくてもいい。あたし、ここに来て頼れる人も少ないし……ダメ、かな?」
リリアナの懇願する眼差しに、ドリーは根負けした。そもそも、王女直々の頼みを断り切れるはずがない。
「か、かしこまりました」
「ほんと!? ありがとう!」
パッと花を咲かせたように笑うリリアナに、ドリーもつい微笑み返した。
城内を歩いていると、一番規模の大きい一階の中庭の方からたくさんの男性の声が聞こえてくる。
「ねぇ、これ何の声?」
「この先の中庭は、兵士塔があるんです。騎士寮も近くにあるので、よく集団訓練を行なっているんですわ」
「ペブリムさんもいるのかな?」
「ええ。いらっしゃるはずです」
リリアナは興味本位でそちらに向かうと、木刀のぶつかり合う音が響き渡り、沢山の兵士達が汗を飛び散らせて剣術を磨いている男たちの姿が見える。
その傍らで兵士たちの動きに目を光らせているのはペブリムだった。
「脇を締めろ! 剣の柄は強く握りすぎるな! 剣はこちらの力で押すのではなく、相手の力を利用して押す」
この日は軍服よりもラフな格好をしているペブリムは腰に剣を佩き、訓練に励む男たちの間をゆっくりと練り歩きながら、誰一人無駄なく、そして欠けることなく向上できるよう常に目を光らせていた。
そんな中、ペブリムの視線の先にやたらと力の入っている銀髪の兵士の姿が目に止まった。
「クルー、体に力が入りすぎている。どうした? いつものお前らしくないな」
そっと腕に手を置き、傍らに立ったペブリムを、クルーと呼ばれた兵士は滝のような汗を流したまま振り返る。
「王女殿下の帰還に、つい力が入りました!」
肩で荒い息を吐きながら、自分に正直にそう答えたクルーにペブリムはふっと目を細めて微笑む。
「そうか。意気込むのは結構だが、肩の力を抜け。今のままではこれまで出せていた力も出せないぞ」
「はい!」
ポンポンと肩を軽く叩き、ペブリムは他の兵士達の様子を見にその場を離れる。
「お前は柄を深く握りすぎている。もう少し軽く……そうだ。力まずそのままで振るってみろ」
「はい!」
ペブリムは整列したままの兵士達の間を縫うように歩きながら、気になる兵士一人一人の名を呼びかけ指導をする。
彼女は、ここにいる兵士達の名前と顔、性格や特徴をよく熟知していた。一人一人の特性を活かせるよう的確な指導をすることで、それぞれの力を上手に伸ばしていく。
時に厳しく、時に優しく、飴と鞭を上手に使い分けながら指導をするペブリムの信頼は非常に厚い。
中庭吹く風さえ、彼らの熱気に押し返すほど、兵士達は限界まで鍛錬に励んでいた。
「そこまで! しばし休憩にする」
全員の様子を見渡してようやく休憩の合図を送った。すると彼らはようやく与えられた休息にドッとため息にも似た息を吐き、剣を収めてぞろぞろと中庭の隅に腰を下ろしながら給水をし始めた。
ペブリムもまたそんな彼らを見つめ、一度肩で大きく息を吐く。
「ペブリムさん……やっぱりかっこいいな〜」
廊下から見ていたリリアナは、惚けたように柱に手をかけて、思ったまま自然と呟いた。
ドリーはそんな横顔を見つめニッコリと微笑む。
「そうですね。ペブリム様とレルム様は、城の中でも特に人気が高くて、ファンが多いんですよ」
「やっぱりそうなの?」
「はい。男女問わず、不動の人気です」
やや興奮気味に話すドリーの様子を見ると、間違いないだろう。リリアナはそれが納得できるが、なにか面白くないような、複雑な心境になった。
「リリアナ様?」
ふと声をかけられて振り返ると、ペブリムが驚いたようにこちらを見つめ返してくる。
「どうなさったんですか? こんな場所にいらっしゃるとは……」
歩み寄ってくるペブリムに、リリアナは緊張から無意識に胸元をぎゅっと握り締めながら口を開いた。
「い、今、ドリーと城内の散策をしてるんです。まだここの事、良く知らないので……」
「そうでしたか。確かに城の事を知って頂くのは良い事だと思います」
微笑みながら目の前に立ったペブリムを見上げ、リリアナは緊張の色を濃くする。
――改めて見ると……レルムさんみたい。
目の前で改めて見ると、レルム本人を前にしているような気分になる。
「あの……いつもこんな凄い訓練してるんですか?」
話をそらさないと間が持たなくなりそうな気がしたリリアナの言葉に、ペブリムは背後で思い思いに休憩を取る兵士たちに視線を向けた。
「いえ。いつもはここまではしませんが、近く遠征に行くので特別プログラムを組んでいます」
さらりと答えたペブリムの言葉に、リリアナの表情が一瞬で固くなる。
「遠征……って?」
不安そうに訊ね返すと、ペブリムはリリアナを振り返り、少しバツの悪そうな顔を浮かべて視線を僅かにそらした。
「……詳しくは言えませんが、国に危害が及ぶ可能性があるので、我々が向かうことになります」
リリアナはすっかり忘れていた。この国はいまだ、マージとの交戦の最中にあると言うことを。




