優しい時間
「……話と言うのは」
「あ、えと……その、今のがそれです」
リリアナは顔を赤らめたまま、モジモジと指先を遊び視線をそらした。
「なるほど……」
「あ、でも、やっぱりもうちょっと話をしたい、かなって……」
ソワソワとしながら顔を上げたリリアナは、目の前に立つペブリムの姿を見るなり、また慌てたように視線をそらす。
その反応に、ペブリムは思わず目を見張った。
「……分かりました。では、後ほど伺います」
「は、はい!」
無意識にも声音も表情も明るくなるリリアナに、ペブリムは薄い笑みを浮かべ、部屋を後にすると残ったリリアナたちはドッとため息が漏れる。
「ドリー、あの、変な誤解を招いてごめんね?」
戸惑いながらドリーを振り返ったリリアナが謝ると、彼女は胸元に手を当てながら瞳を閉じ、肩から力を抜いた。
「……もうダメかと思いました」
「ほ、ほんとごめん! まさかそう言う展開になるとは思ってなかったんだ」
「いえ、そんなに謝らないでください。何ごともなく済んだので良かったですわ」
変わらず微笑むドリーに、リリアナは自分の行動一つで周りに思い掛けないとばっちりが行くことがある、と言うことを理解した。
***
その後、リリアナが朝食に向かうと、先に来て着座していたポルカがこちらに目を向けてくる。
「お、おはようございます」
挨拶をして席に座ろうとするリリアナに、ポルカはにこやかに微笑む。
「おはよう。昨日はよく眠れましたか?」
「あ、はい。おかげさまで眠れました」
リリアナは緊張と恥ずかしさに僅かに頬を染めながらゆっくりと椅子に腰掛ける。
ポルカは気恥ずかしそうにしているリリアナを見つめやんわりとほほ笑んだ。
「そう。それは良かったわ」
「……」
母親とはどう言うものか、リリアナは知らない。と、言うよりも覚えていなかった。
村での母は、リリアナが六歳の時に出かけ先で馬車の滑落事故に遭い、同乗していた父もろとも亡くなってしまっている。
温かく優しく包み込んでくれるのが母親なのだとしたら、今目の前にいる実母はまさにそうなのだろう。
――お母さんて、こんな感じなのかな。
ありのままを包みこんでくれそうな、優しい雰囲気のポルカをまじまじと見て、そう思った。
「さぁ、ご飯にしましょう」
「あ、はい」
給仕が運び入れてきたワゴンから、次々とリリアナの前にフルーツや焼きたてのパン、ポーチドエッグやハムが盛られた皿を置いていく。
そのどれもが、やはり美味しそうだ。
「……」
リリアナは、置かれていたナイフとフォークを手に取り、こっそりとポルカを見る。
――えぇっと……。
こんな感じでいいのだろうか? と、ポルカの動作を盗み見しながら皿に取り分けた食材を小さく切り分け、もそもそと口に運ぶ。
ポルカの手元へ度々視線を向けながら食べていると、ポルカはふいに笑い出した。
「……ふふふ」
「……?」
あまりにも真剣に目の前の食事を畏まって摂ろうとしているリリアナに、堪え切れなくなったようだ。当のリリアナは突然笑い出したポルカを目を瞬かせて見つめ返した。
「ごめんなさいね。つい、あなたの視線があまりに可愛らしいものだから……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いいえ、いいのよ。そうね、無理にこちらに合わせる必要はないわ。マナーも気にせずに好きなだけお食べなさい」
ポルカは微笑みながらマナーにこだわらず好きなだけ食べるよう勧めると、リリアナは目を瞬かせカァーっと熱くなる頬を感じた。別にそんなに見ていたつもりではなかったのに、視線に気付いてしまうほどポルカを見つめていただろうか。
「で、でも……」
「気にしないで。私は村にいた時のありのままのあなたを見てみたいの」
村にいた時の、ありのままの自分……。
それを聞いた瞬間、リリアナは苦笑いを浮かべながら気まずそうに視線を下げる。
マナーを気にせずに……と、言われても気にしてしまうが、腹の虫は正直だ。それが何とも恨めしい。
「じゃあ、あの……。少しだけ失礼して……」
「えぇ」
ニッコリと微笑むポルカの好意に甘え、リリアナは極力気をつけながらも食べたい物に手を伸ばし食事にありついた。
畏まらずに食事を摂り始めたリリアナを見て、ポルカは笑みをこぼす。
長年探し続けていた娘が生きていたと分かった。それだけでも嬉しかったのに今こうして目の前にいて一緒に食事を摂り、同じ時を過ごせるようになるとは……。それが嬉しくて仕方がない。
だからこそ、ありのままのリリアナの姿を見てみたいと思っていたのだった。
「……ありがとう」
「え?」
「戻ってきてくれて……」
「……」
改めてお礼を言われ、リリアナは言葉に詰まり食事の手を止めた。
こんなにも喜んでもらえるなんて、正直考えてもいなかった。ポルカがどれだけこちらの身を案じていたのか痛いほどに伝わってくる。
「食事の後はどうするつもりですか?」
ポルカがにこやかに訊ねると、リリアナはしどろもどろしながらも答える。
「え、と……、もし大丈夫なら、お城の中を見て回りたいです」
「そう。色々見ておくのも必要だわ。……そうね、今の時間なら、ペブリムも中庭で兵士達を指導しているでしょうから、良かったら見学してみるといいわ」
「……あ、はい」
思いがけず、ペブリムの話を聞きつけたリリアナは、今朝のことを思い出しまた顔が熱くなる。
「ドリー、食事のあとはそのように」
「承知致しました」
ポルカは、ドリーに対しそう指示を出すと、ドリーは深く頭を下げた。




