狼狽
「う〜ん……」
窓から差し込む日の光の眩しさに、リリアナは顔を顰めて唸りながら寝返りを打った。
ほんの刹那、静かに寝息を立てていたリリアナはパッと目を見開いた。
目の前にはドレープが美しいカーテンが見え、極上に柔らかい掛け布団と金糸で縁取られた枕がある。
「……」
リリアナは体勢を変えずに目線だけを動かして周りを見ると、ベッドサイドには見慣れない水差しとコップ、その奥には豪華な家具がいくつか見えた。
――ここ……どこ?
そう思った瞬間、まだ寝ぼけた頭の中で現実を思い出し、飛び起きた。
「あ、れ……?」
昨日は確かソファに横たわったところまでは覚えているが、後のことはよく覚えていない。
「ベッドってことは寝室……だよね」
ドリーがあの後運んでくれたのだろうか?
そのおかげか、久し振りにスッキリと目が覚めたのは確かだった。
「……久し振りにしっかり眠れたかも」
リリアナはそっとベッドを降りてカーテンを開き、一瞬、眩しさに目を眇めるが窓の外に映るまだ見慣れない景色が何故だかとても輝いて見えた。
「あとでドリーにお礼言わなくちゃ」
そう呟いて、リリアナは大きく息を吸い込んだ。
「よし」
色々あったが、行き着く場所まで来た以上前に進むしかない。スッキリしたおかげか、リリアナは今までの調子を取り戻した。
着ていた夜着をベッドの上に脱ぎ捨て、そして自分で普段着に着られるようなドレスを選び出して着替えを済ませると、寝室を出た。
だが、顔を洗おうとしてはたと動きが止まる。そう言えば桶もタオルもなければ水もない。
「……そっか。ドリーが来てくれるまで洗えないんだ」
不便だ。村にいた時なら自分で汲みに行って桶に水を張れるのに。
こういう時は身分が高い人は自由が利かないのかもしれない。そう思うと慣れるまではやり辛さを感じてしまうだろう。だが、これにも慣れて行かなければ。
そう思った時、部屋のドアがノックされた。
「リリアナ様。おはようございます、ドリーです」
「あ、はい。えっと、どうぞ」
待ってましたとばかりに声をかけると、ドリーが部屋に入ってくる。そしてリリアナの姿を見た瞬間、驚きに目を丸くしながら口元に手を当てた。
「リリアナ様、もう起きていらっしゃったんですか? それに着替えまで……」
「あ〜、えーと……つい、クセで」
ドリーの様子に、リリアナはしまったと思ったが、誤魔化すように笑ってみせた。
「ご、ごめんね……?」
「そのように謝らないでください。驚いただけですから」
困ったように笑うドリーに、リリアナは親近感を覚える。よく見れば、彼女は自分とそんなに歳が違わないような感じだ。だからか、話しやすさを覚える。
「あと、昨日はありがとう。わざわざベッドまで運んでくれたんでしょ? 重たかったよね」
「いいえ、リリアナ様をベッドまで運ばれたのはレルム様ですわ」
それを聞いた瞬間、リリアナの表情が笑顔のまま張り付いた。
「私も力はある方ですが、寝ているリリアナ様を運ぶほどの力はございませんので、見回りをされていたレルム様にお願い致しました」
「う、え? ほ、ほんとに……?」
「はい」
困惑するリリアナの言葉に、ドリーはニッコリと微笑んで頷き返した。
リリアナはその瞬間、頭を抱えてその場にしゃがみ込み、顔を赤らめながら冷や汗を流す。
「え。待って待って……。なんかあたし、凄いことしちゃったような気がするんですけど」
「?」
脳裏に断片的に思い出す。
夢の中ではとても心地よい香りと温かさに包まれて、あまりの気持ちよさに、その温もりに顔を埋めて頬擦りをした記憶が……。
その瞬間、顔から火が出るほどに真っ赤に染め上がった。
「あ、あああああたしってば、なんてことを……っ!」
「リ、リリアナ様?」
――穴があったら入りたいっ!!
熱くなった頬に手を当て、頭の中は完全にエンストを起こしていた。そんなリリアナを心配するドリーもまたあたふたとしてしまう。
「と、とりあえず、顔を洗いませんか?」
「……う、うん」
ドリーの勧めで、リリアナは熱くなった顔の熱を冷ますために顔を洗う。それでも残る熱に、手渡されたタオルに顔を埋めた。
――ふ、不可抗力だよ! 不可抗力! あたしのせいじゃない!
そう思いはするものの、やってしまった事実は動かない。
「……うぐぅ」
埋めたタオルに向かって小さく唸る。
その瞬間、ドアをノックする音が聞こえ、聞き慣れた声がかかった。
「リリアナ様。失礼します」
その声に勢いよく顔を上げたリリアナは、ドアの方を振り返り立ち上がった。
ドリーがドアを開くと、そこにはペブリムの姿がある。
「リリアナ様、おはようございます。昨日は急用ができてお迎えに来られず、申し訳……」
話の途中で駆け寄ってきたリリアナにいきなり抱きつかれ、ペブリムは驚いて目を見開く。
「……リ、リリアナ様?」
「ペブリムさん! ちょっとお話聞いてくれませんか?!」
赤らんだ顔でどこか半泣きになっているリリアナに、ペブリムは僅かに表情を硬くしてドリーの顔を見ると、ドリーはサッと顔を青ざめさせた。
「ドリー・ワトソン。リリアナ様に何を……」
「わ、私はなにも……」
リリアナはいきなり始まった不穏な空気に、慌ててペブリムから離れて首を横に振った。
「あ、ち、違うんです! ドリーは全然関係ないんです!」
「しかし……」
「ほんとに!! ほんとに、神に誓ってドリーは何もないんです! ただあたしが昨日……!」
リリアナはそこで言葉を一度飲み込むと、再び顔を真っ赤に染め上げながら顔を俯けた。
「その、レ、レルムさんに、か、か、顔埋めちゃったり、ほ、ほ、頬擦りなんか、しちゃったりとかして……」
言ってしまった、とばかりに体全体が赤くなるリリアナに、ペブリムまで言葉を飲み、一瞬視線をそらし瞳を伏せる。
「……何かあったのかと」
ため息交じりにそう言うペブリムに、リリアナは顔を上げずに首を横に振る。
「何もないです! あ、いや、えっと、何もないこともない、と言うか……」
うまく言葉にならず、リリアナは一人狼狽えていた。




