疲労困憊
食べた気のしない食事を終えて、リリアナはドリーと共に自室へと戻ってきた。
「なんか、あんまり味がしなかったなぁ……」
大きな独り言が出て、リリアナは慌てて口を押さえた。
ドリーはそんなリリアナを見て、目を瞬いていたがすぐにクスクスと笑い出す。
「無理もございませんわ。これまでとは身を置く環境が違うんですから」
ドリーは一枚のゆったりしたナイトドレスを手に、リリアナの背後に周る。
「夜着に着替えましょう」
そう言うとリリアナのドレスのホックを外して脱がせてもらうと、ずっしりと体にかかっていた重たさがなくなり、一気に身軽になる。
「ドレスって、こんなに重たいんだ」
「これはまだ軽いものになりますわ」
「え……?」
他のドレスよりもまだ軽いとさらりと答えるドリーの言葉に、リリアナは言葉を失う。
――他の国のお姫様も、そんな重たいの毎日着てるのかな……。
そう思うと気分が下がる。
今まで動きやすい身軽な格好を好んで着ていただけに、ドレスに慣れる自信がない。
「コルセットも緩めますね」
手慣れた様子で、ドリーは窮屈なコルセットの紐を解くと、一気に締め付けから解放されて、リリアナはようやく深い息を吐いた。
「はぁ……」
まともに呼吸ができる。
そのことにホッと息を吐いたのも束の間。次の瞬間には胸に詰めていたパットがバラバラと床に落ち、リリアナは瞬間的に動きと息を詰めた。
そんなリリアナをよそに、ドリーは何も言わず落ちたパットを拾い上げると、腕に掛けていた夜着を差し出してくる
「王女殿下。夜着はこちらをお召しください」
「ねぇ……せめて何か言ってよ……」
羞恥心と、なんともやり場のない気持ちに、どうせならいっそ笑ってくれた方が楽だと思ってしまう。しかし、ドリーはキョトンとした顔で見つめてくるだけでそれ以上の反応が見込めないことに、夜着を着込むリリアナは顔を赤らめながら眉根を寄せて口を尖らせた。
「王女殿下?」
「……それ」
「はい?」
「王女殿下って呼び方、慣れなくて困るから、名前で呼んで欲しい」
リリアナは無理やり話の矛先を変えた。
パットから一刻も早く視線をそらしたかった。ただ、それを過剰に意識しているのがリリアナだけだと言うのが、虚しさを誘う。
「かしこまりました。では、リリアナ様と呼ばせていただきます」
ドリーはニコリと微笑み、頷き返した。
「では、リリアナ様。他にご入用はございますか?」
「ううん。特にないかな」
「承知致しました。では後ほどホットミルクをお持ち致しますね」
そう言うと、ドリーは一度部屋を退室した。
リリアナは深いため息を吐き、すぐそばにあったふかふかのソファに腰を下ろす。
村にいた時には触れたこともない上質な絹の夜着は、サラリと肌を滑り気持ちが良い。ソファはベッドのようで、何となく肘置きに立て掛けてあったクッションを枕にしてごろりと寝そべってみると、リリアナにはとても心地良かった。
「あぁ〜……最高」
目を閉じて、ため息混じりに漏れたその言葉が、あまりにも品がないことは分かっている。しかもベッドでなくソファで寝転び、手足を投げ出している姿など、とてもではないが人には見せられない。
「……王女様って、大変だなぁ」
閉じていた目を開けて、高い天井を見上げながら呟く。
しがない村娘だったはずの自分が、この国を背負うと言う重荷に耐えられるのだろうか……。そんなたいそれた事が自分に出来るとは到底思えない。
「あたしが王女なんて、ガラじゃないよね」
誰に言うでもなく、リリアナは苦笑いを浮かべる。
「……それにしても、疲れたなぁ」
ごろりと寝返りを打ち、何度吐いたか分からないため息を吐く。そして疲れからウトウトし始めたリリアナはそのまま夢の世界に引きずり込まれた。
「……様、リリアナ様」
「うん……?」
誰かに起こされて、リリアナは閉じていた目を薄っすらと開く。
目の前には覗き込む女性の姿があるが、眠気に勝てないリリアナはそれが誰かを思い出す間もなく、もう一度目を閉じて反対側に寝返りを打った。
「……あと5分」
そう呟きながら、そばにあるクッションを抱き込んだ。
「……仕方ありませんね。慣れない長旅で疲れたのでしょう」
「……様、勤務中に申し訳ございません」
薄っすらと聞こえてきた声は、聞き覚えがあった。
とても心地よい低音で安心できる声音と、いつの間にか好きになっている良い香りに包まれ、ユラユラと揺れる感覚にリリアナの表情が緩む。
――いい気持ち……。ここにいたいなぁ……。
夢と現実の境にいたリリアナは、すぐそばにある温かな感触に無意識に頬を擦り寄せた。
「……っ」
その一瞬、柔らかな感触が僅かに固さを帯びたが、すぐに元に戻る。そして、背中から体中を柔らかな布で包まれる感触を受けながら、リリアナはそのまま深い位置まで意識が引きずり込まれていった。




