悩みごと
リリアナはポルカと共に食堂に移動していた。
母との対面時まで一緒にいてくれたレルムは席を外し、今はドリーと、ポルカの侍女の四人だけ。
靴音だけが響く中、リリアナは前を行くポルカに何を話していいか分からず、ソワソワしていた。
――何か話した方がいいかな……。
そう思いつつも、一般人ではない相手に対してゲーリにするような振る舞いで話しかけるのは、些か気が引けてしまう。
――うぅ……気まずい……。
リリアナは肩を落とし、あまりの気まずさにしょんぼりと肩を落とした。
ちらり、ともう一度ポルカの背を見る。
細くて綺麗な立ち姿に、歩き方さえ気品があった。
リリアナは、すでに自分とは雲泥の差が明らかだからこそ、少し近寄りがたくもある。
――でも、この人があたしの本当のお母さんか……。
そう言えば、と視線をそらす。
――あたし、本当の親がいるって聞かされてから、あんまりそのことについて考えたことなかったな。
もう少し興味を持って考える余裕があれば、話題の一つくらいあったかもしれない。だが、村を出る時から目まぐるしい毎日を送ってきて、そんな余裕すらなかった。
その代わり頭に浮かぶのは、ペブリムの姿ばかり。そして、その彼女の姿に重なる、つい先ほど会ったばかりのレルムの姿……。
「……っ」
そこまで考えて、リリアナは顔に熱が集まる感覚を覚える。そしてさりげなく頬に手をやると、小さなため息を漏らした。
――なんか、申し訳ない。
目の前にいる母よりも、ペブリムたちのことを真っ先に思い浮かべてしまうことに、心の中で詫びた。
そうこうしている内に食堂の前まで来ると、ポルカは足を止めてリリアナを振り返る。
「食事の前に、あなたに紹介したい人達がいます。構わないかしら?」
「え? あ、はい」
ポルカから話しかけられると思っていなかったリリアナは、慌てて返事を返す。そのあまりの狼狽えっぷりに、ポルカは小さく笑みを浮かべた。
ドリーたちが食堂の扉を開くと、そこはまさに豪華絢爛。きらびやかで明るく、広い食堂が広がっていた。
「うわぁ……」
思わずリリアナは感嘆を漏らす。その横でクスッと笑ったポルカに気付き、慌てて口をつぐみ姿勢を正した。
白いテーブルクロスの掛けられた長いテーブルには、三本爪の燭台が等間隔に並び、今まで見たこともないような料理が所狭しと並んでいる。そして、思わず喉を鳴らしてしまいそうなほど、食欲をそそる調味料の良い匂いが辺りに立ち込めていた。
――いい匂い……全部美味しそう。
「王女殿下。こちらにおかけください」
ドリーが椅子を引いて待つ場所に腰を下ろすと、すぐ左隣の上座にポルカが腰を下ろす。
目の前に綺麗に並べられた食事は、今まで食べたことがないものばかりだ。
案の定、思い出された空腹感から、つい目の前の食事に視線が向いてしまうが、ポルカの言う「紹介したい人たち」と言うのが気になった。
「あの……紹介したい人たちって……?」
たどたどしく聞き返すと、ポルカはどこか嬉しそうに表情を明るくする。
「今後あなたと関わっていく大事な人達だから、覚えておいて欲しいの」
「は、はぁ……。分かりました」
こちらに断る理由はどこにもない。
リリアナが了解するとポルカは傍に控えていた侍女に目配せをすると、侍女はすぐに食堂の入口に向かい扉を開く。
そこには数人の見知らぬ顔触れがあり、最初に現れたのは少し気難しそうな顔をした姿勢の良い女性だった。
「初めてお目にかかります。わたくしはモーデルと申します。王女殿下の教育係を担当させていただく事になりました、宜しくお願い申し上げます」
キッチリとした性格なのだろう。少しばかり切れ長の目で見られると睨まれているような気分になる。
動も優雅で、隙を感じられない。
とても気難しそうな雰囲気を持つモーデルは、少々怠け癖があるリリアナにとっては厄介な人間になりそうだった。
――ちょっと怖いな……。
リリアナはモーデルの会釈に、ぎこちなく頭を下げながら、テーブルの下で手をぎゅっと握り締めた。
その後は、学問など様々な先生と呼ぶに相応しい人々を紹介され、あっという間にリリアナの前にはズラリと沢山の人が勢ぞろいしている。
こんなに沢山の人間がこれから先自分と関わっていかなくてはならないのかと思うと、目が回りそうだった。
そして、城に着いてすぐに入口で出迎えてくれた、恰幅の良い整えられた髭を蓄えた男性が前に出る。
「私が大臣のブラディと申します。殿下の帰還、長くお待ち申し上げておりましたぞ」
「よ、宜しくお願い、します」
気後れしながら挨拶すると、ブラディは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「そして最後が……あなたはもう会ってるわね」
「?」
ポルカの言葉に不思議そうな顔を浮かべると、レルムがゆっくりと歩み出る。レルムはふわりと優しげに微笑み、胸元に片手を当てて深々と頭を下げた。
彼からも溢れ出る気品。その雰囲気に、つい惚けてしまいそうになった。
「王女殿下。宜しくお願い致します」
「は、はい……」
リリアナの僅かに染まる頬と意図せず惚けた横顔を見たポルカは、一瞬目を丸くすると薄く微笑んだ。
「以上が、あなたと今後関わる人達です。でも今はまだここへ来たばかりですし、ここでの生活に慣れるまでは羽を伸ばして下さいね」
「は、はい。ありがとうございます」
微笑むポルカに向き直りぎこちなく頷くと、レルムたちはもう一度頭を下げて食堂を後にした。
彼らが立ち去った方をじっと見ていたリリアナに、ポルカはもう一度声を掛けてくる。
「さぁ、お腹が空いたでしょう? 好きなだけ食べて、今日はゆっくりお休みなさい」
食べきれないほど食事を前に、マナーを知らないリリアナはちらりとポルカの様子を盗み見る。
ナイフとフォークの使い方を、ポルカの見よう見真似で食べることに必死で、味わう暇はなかった。




