初対面
庭園の脇を通り抜けて進んだ廊下の突き当たりに、一枚の扉が見えてくる。それは、リリアナの部屋の造りに似ているようで少し違った。扉の上部にはこの国の象徴である紋章が刻まれ、小さな国旗が下げられていた。
「……っ」
その扉の前に立つと、それまで落ち着いていた心臓が急に騒ぎ出した。
リリアナは口を引き結び、無意識にドレスの端をぎゅっと握り締めてしまう。その様子を横目で見たレルムは、一度リリアナの方へ向き直る。
「大丈夫ですよ」
「……は、はい」
表情柔らかく大丈夫と言われても、作った笑顔は硬くなってしまう。
リリアナにとっては実の親との初対面。それが緊張せずにいられると言う方がおかしい。
ガチガチになってしまったリリアナを前に、レルムは小さく息を吐いて笑みを浮かべると扉の方へ向き直り、静かに手を挙げて扉をノックした。その瞬間、リリアナは顔を下げ、肩を小さく震わせた。
「王女殿下をお連れ致しました」
落ち着いた声でそうレルムが伝えると、ほどなくして扉がゆっくりと扉を押し開かれ、一人の侍女が顔を覗かせ深々と頭を下げた。
「どうぞ、お入りなさい」
部屋の奥から静かな柔らかい声がかかる。その声に、リリアナの胸が一つ大きく鳴った。
――凄く、優しそう……。
顔を下げたままのリリアナに、レルムは僅かに半身を開いて入口への道を開く。
「王女殿下、どうぞ」
「……」
リリアナは堪らずレルムの顔を見上げて、咄嗟に彼の袖を掴んだ。その行動に驚いたレルムに対し、リリアナは一瞬で我に返り慌てて手を離す。
――い、いけない、ついペブリムさんにやってたことをやっちゃった……。
自分の突飛な行動もさながら、胸の奥にある不安と緊張から、頭がパニックになってしまっていた。
そんなリリアナを心配そうに見つめ、レルムは静かに声をかける。
「……どう、なさいましたか?」
「あ、あの、ごめんなさい。つい……。ただ、一人で入るのはちょっと……」
レルムは目を瞬かせ、不安げにしているリリアナを見て薄く微笑んだ。
「……かしこまりました。では、ご一緒致しましょう」
その言葉に、リリアナはあからさまなほどホッとした表情を浮かべる。
「失礼致します」
レルムに続いて、リリアナは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。
中に入るとほんわかと温かい空気に包まれ、摘みたての白百合のような爽やかな良い香りがリリアナの鼻孔をくすぐった。
緊張から顔を上げる勇気が持てず、下を向いたまま柔らかな絨毯を踏んでゆっくりと室内に入ると、先に入ったレルムが深々と腰を折る。
「ポルカ様。王女殿下をお連れ致しました」
「ありがとう。ご苦労でしたね、レルム」
レルムが頭を上げると、隣で顔を俯かせたままのリリアナの背にそっと触れる。反射的に顔を上げたリリアナはレルムを見上げた。
「殿下。私がご一緒できるのはここまでです。どうぞ、あちらへ……」
白い手袋を嵌めた手で、指し示された方向に誘われるように視線を動かすと、大きな窓際にスラリとした女性が一人立ってこちらを見つめている姿がいた。
痩身で気品に溢れたその姿に、一気に緊張感が増し、体が固くなる。
「どうぞ……。こちらへいらっしゃい」
優しく誘うポルカの言葉に、リリアナはもう一度レルムを見上げる。すると彼はただニコリと微笑んで静かに頷き返し、そっと無言で背中を押した。
押されるままに一歩一歩ゆっくりとポルカの傍に歩み寄る。
近づくほどに良い匂いに包まれ、彼女の持つ優しげな視線を肌に感じた。
リリアナは視線を下げ気味のままポルカのすぐ前まで来ると、躊躇いながらもゆっくりと視線を上げてみた。そして、思わず息を呑む。
「……あ」
少し白髪が混ざってはいるものの、自分と同じ黒い艶やかな髪を頭の上で一つにまとめ、優しげに微笑を浮かべているその人には、自分にもある面影が見えた。そして、目には見えない何か強い縁を感じ、それまで感じていた緊張感が解きほぐされていくような感覚に囚われる。
――不思議な感覚……。全然知らないのに、なんか……懐かしい。
呆けたようにじっと見つめるリリアナに、ポルカはニコリと包み込むように微笑んだ。
「あなたの帰りを、ずっと……待っていました」
「……え、っと……」
戸惑っていると、ポルカはじっと確かめるようにリリアナを見つめてくる。
そしてその視線は、リリアナのもじもじと指が遊ぶその手にある紋章を目にすると、心底嬉しそうに目を細めて微笑み、涙を滲ませた。
「リリアナ……」
静かに、躊躇いがちにポルカが名前を呼ぶと、リリアナはちらりと母を見上げる。
「……お帰りなさい」
「……!」
そう言いながら、ポルカはリリアナを優しく抱きしめた。
リリアナは動揺して動きがとれず、目を瞬いた。
優しい暖かな温もりに抱きしめられ、会いたかったと泣いてくれる人がいる。それが、次第に心の奥底で染み入るような暖かさを覚える。
「あ、あの……あたし……」
やっとそう呟くと、抱きしめられた腕を解かれて嬉し涙を流すポルカを見つめる。
これだけ喜んでくれていると言うのに、ポルカが自分の母親であると言う実感はない。それでも、こうして出迎えてくれた暖かさに嘘はないと感じた。
「あたし……、その、色んなことがあり過ぎて……。あの……すぐには王妃様のこと……」
リリアナは言い難そうに口籠っていると、ポルカは小さく微笑みながら頷き返した。
「それでも構わないわ。ゆっくり、あなたのペースで見極めてちょうだい」
「……あ、ありがとう、ございます」
リリアナは礼を述べ、少しだけ微笑んで見せた。




