気になること
レルムとドリーと共に、リリアナは部屋を出て長い廊下を歩く。
すっかり暗くなった城内には、ところどころにランプが備え付けられてぼんやりと周りを照らしていた。
前を行く二人も手にランプを持ち、足元を照らしているが何とも心許ない。
リリアナはふと、陽が暮れる前に見えた庭園の方へ目を向けてみるが、月明かりに照らされた草木の微かな騒めきと、どこかで水の流れるような音が聞こえてくるだけだった。
庭園から目をそらし、なんとなく目の前を行くレルムの背を見ると、その背中に見覚えがあることを思い出した。
「あの……」
リリアナが遠慮がちに声をかけると、レルムは足を止めて振り返る。その彼を、リリアナは落ち着きない様子で何度も視界を彷徨わせながら、ちらちらと窺い見た。
――なんでか、い、意識しちゃうな……。
恥ずかしそうにモジモジしながら、ようやく口を開く。
「ちょっと、気になってたことがあるんですけど……」
「はい」
「その……。前に会ったこと……ありませんか?」
――言ってしまった!
まるで新手のナンパでもしているかのような気分になり、リリアナはギュッと目を閉じて顔を赤らめる。
その問いかけに、レルムは驚いたように僅かに目を見開いた。
「……いえ。王女殿下とお会いしたのは、今日が初めてです」
「あ、そ、そうですよね! そうなんですけど、なんて言うか、ここに来る前にレルムさんによく似た人を見かけたような気がしてて!」
リリアナは照れたように両手を振りながら「気のせいかも……」と慌てたように訂正をしてみせる。そんな彼女に、レルムは目を細めて困ったように小さく微笑んだ。
「昔から、ペブリムとは良く間違われます」
「あ……そう、ですよね。うん、だって、ほんとに凄く似てますもん」
リリアナもまた慌てたようにそう言うと、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。
ペブリムと二人旅の中で彼に会うはずがないのは分かりきっているのに、見たような気がしたのは不思議な感覚だった。
似ていても二人は別人。違うとすれば性格と身長、声、そして二人が纏う雰囲気が少しだけ違っているくらいだ。
「そう言えば……この後のご予定をお話していませんでしたね」
「え? あ、はい」
レルムが思い出したように言いドリーに視線を向けると、ドリーが彼に代わって口を開く。
「陛下との謁見後は、そのまま夕食となります。ご希望があればお部屋で摂ることも、本来なら可能なのですが、本日は食堂にて召し上がって頂きます」
「……」
食事……。
リリアナはふと、今になって不安なる。
――あれ……そう言えば、テーブルマナーとかあたし知らないんだけど……。
お腹は空腹を越えてしまい今はその感覚はない。それでも、いざ目の前に食事が並べば、食欲に火がつくのは目に見えている。ただ、今まで畏まったマナーとは無縁の中で育ってきただけに、いきなりそんな場面にぶつかると、どう対処してよいか分からなくなる。
――今までみたいに普通に食事するのは、ダメだよね、たぶん……。
「……」
そう思うと、空腹などよりも胃が痛くなってきてしまう……。
突然黙り込んで、胃の辺りに手を当てるリリアナに、レルムやドリーは不思議そうな顔を浮かべた。
「王女殿下? どうされました?」
ドリーが心配そうに声をかけると、リリアナはどこか青ざめた顔で彼女を見る。
「なんか、今になって色々プレッシャーが……」
「……」
乾いた笑いを浮かべるリリアナに、二人は目を丸くすると、小さく笑った。
「あまり気負う必要はありませんよ。今までのあなたらしくいて下されば、問題ございません」
「……」
リリアナはレルムのその言葉に驚いて目を見開き、そして次の瞬間にはパッと表情が明るさを取り戻し、満面の笑みを見せた。
「それ! 言い方は違うけど、ペブリムさんにも言われました」
突然の反応に、レルムは面食らった。
「それ、とは……」
「その、あたしらしくって言葉。……あたし、それ聞いた時、凄く嬉しかったんです。あたしはあたしのままでいて良いんだって思ったら、元気になるって言うか。目の前のことでいっぱいになっちゃって、すぐ忘れちゃうんですけど……」
リリアナは照れたように笑うと、気を取り戻したように手をぎゅっと握り締めた。
「双子って凄い! 言う事も似るんですね!」
「……そう、ですね。そう言うこともありますね」
戸惑うレルムに対し、リリアナは一人元気を取り戻し「よし、頑張ろう」と気合を入れている。
あまりのことに面食らったレルムだったが、調子を取り戻した様子のリリアナにホッと胸を撫で下ろしていた。
「では、参りましょうか」
「はい!」
レルムに誘われ、三人は再び歩き出した。




