足りない……
「……」
体はポカポカと温まり、長旅の垢は綺麗に落ちた。だが、リリアナの顔は憮然としたまま直らない。
「王女殿下、お気に召しませんでしたか……?」
そんなリリアナに、ドリーは困ったような顔をして訊ねてくる。
入浴自体は良かった。
疲れた体に沁みる丁度いい湯加減でもあったがゆっくり一人で入れるならさらに良かった。しかし、世話を拒否をしたところで通らない、体の洗い流しも洗髪も、果ては湯上がりに全身に塗られた香油も、ただなすがままでいるしかないこの状況に、理解が追いつかない。
「……自分で出来るのにぃ」
良い香りの立ちのぼる体に、バスローブをまとい鏡台の前に座らされたリリアナは、ぐったりした様子で不貞腐れたように呟く。
「皆、王女殿下のお世話をさせて頂くことが名誉なんですわ」
困ったように笑いながら、リリアナの髪の水滴を丁寧に拭き取るドリーが答えた。
リリアナは鏡越しに恨めしそうな顔を浮かべ、ドリーを見る。
「その侍女さんたちはどこ行ったの?」
入浴が済んだ瞬間、早業の如く片付けた侍女たちはドリーを残していなくなっている。
「王女殿下のドレスを見繕っておりますよ」
「ド、ドレス!?」
「はい」
「だって、サイズとか……」
「……」
唖然とした顔で鏡越しのドリーを見ると、彼女はその視線に気づいてニッコリと笑っている。
「ま、待って……まさか……」
リリアナはあることに思い当たり、顔が青ざめた。
先ほどの湯浴みで、やたらと洗う時や香油を塗られた時に体に触られたのだが……。
「嘘でしょぉおぉ!?」
泣きそうだった。
しかし、その時しか考えられず、何よりドリーはニコニコと笑っているばかりだった。
そうしている間に衣装部屋の扉が開き、侍女たちが何着ものドレスやコルセット、ペチコートを手に現れる。
「王女殿下! 殿下に合うドレスはこちらになります!」
意気揚々と差し出してくる侍女たちに、リリアナはもはや言葉もなくなった。
***
「い、息が……っ」
リリアナは侍女たちに振り回されながら、初めてのコルセットに絞め上げられ、ここへ来る前よりボロボロになっていた。
まるで着せ替え人形だ。
侍女たちはぐったりしているリリアナを他所に、あれこれと相談しながら持ってきたドレスから更によりすぐり、最終的にデルフォスカラーの白を基調として青がところどころに散りばめられたドレスに決まる。
「さあ、王女殿下!」
そう言われるが早いか、そのドレスを着せられたリリアナは鏡の前に立つ自分に驚いた。
顔は疲れ果てているものの、着ている物の綺麗なデザインはとてもいい。
――ドレスなんて初めて着た。けど……。
胸元が広く開いているところは、どうにも落ち着かない。何より、他に比べて胸元がやたらと風通しが良く……遊びが、ある。
リリアナは無意識に胸元に手を当てた。
「……なんか、足りてない」
ボソッと誰に言うでもなくそう言った手前、我ながら泣けてくる。
他の部分に関しては人並みだと思っていたが、いかんせんここだけは誰にも勝てる気がしない。
村にいる時もそうだった。そしてペブリムも……。
――一番、ここが欲しかったんだけどなぁ……。
しょんぼりとしているそのリリアナの呟きに、周りの侍女たちの目が一斉に光り素早く周りを取り囲んできた。
「へ?」
「失礼致します!」
「ご安心ください! 対策はございます!」
そう言うが早いか、侍女たちの手には数枚のパットが用意されている。
「え、ちょっ!? もぉおぉ――っ!!」
――ある意味失礼じゃない!?
リリアナの周りに群がる侍女たちに、リリアナの嘆き声が上がった。
***
静まり返った室内で、綺麗に薄化粧を施され髪も綺麗に整えられたリリアナは、身なりとは裏腹にぐったりとソファに座り、背もたれにもたれかかって天を仰いでいた。
「もう、勘弁して……」
息苦しさと窮屈さと、侍女たちにもみくちゃにされるなどと誰が想像しただろう。
そんなリリアナに対し、ドリーは困ったように笑っていた。そんな彼女を、ちらりと上目使いに恨めしそうに見つめる。
「……あの……ひょっとして、これが普通なの?」
「はい」
何の迷いもない清々しいほどの返事に、リリアナは深いため息が漏れた。
――これに慣れなくちゃいけないの? もうなんか、先が思いやられる……。
リリアナはこれからのことを思うと、ガックリと肩を落とした。まさかこれほどとは……。
涙目になりながらふと窓の外を見れば、すっかり暗くなっていた。
この部屋に来る前はまだ陽があったと言うのに、忙しなくしている間に陽まで落ちてしまうとは。
――もう夜じゃん。お腹空いてたけど、それどころじゃなくなったし……。
自分の空腹さえもどこへ行ってしまったのか分からなくなり、許されるなら早く横になりたかったが……。
その時ふと、ペブリムのことを思い出して顔を上げる。
「そう言えば、ペブリムさんて……」
そう呟いた瞬間、ドアがノックされた。
『王女殿下。失礼致します』
ドアの向こうからは、聞き覚えのない男性の声が聞こえ、リリアナは目を瞬く。
ドリーはそそくさとドアへ向かいそっと扉を開くと、靴音を立て、ゆったりとした足取りで現れた人物に、リリアナは驚いたように目を見開いた。
「……え?」




