躊躇い
「王女殿下?」
ふと、声をかけられたリリアナは、手元から顔を上げてそちらを振り返る。
ロアンナとドリー、二人の心配そうな眼差しに、リリアナはギュッと手を握りしめた。
「ご、ごめんなさい」
リリアナが傍に駆け寄ると、二人は再び前を向いて歩き出した。
何も語らず、周りを見ることもなく、ただ前を行く二人の足元だけを見つめたまま、リリアナは一人考え込む。
――分かってはいたけど、でもやっぱり、あたしじゃないんじゃないかって心のどこかで思ってた。これだって、ただ似てるだけの痣じゃないかって……。だけど、ほんとに間違いじゃなかったんだ。
リリアナはもう一度自分の手の甲を見つめる。
ペブリムの話を疑っていたわけではないが、実感があまりにもなさ過ぎた。
平民と王族では、あまりに次元が違い過ぎて非現実的だった。しかし、その非現実は現実として今リリアナの前に立ちはだかっている。
――まだ、夢でも見てるんじゃないかな……。
靴音だけが響き渡る大きな廊下を歩いていると、突然視界の端から眩しい光が差し込んでくる。リリアナは何気なくそちらに視線を向けると、思わず目を見開いて足を止めた。
「うわぁ……」
思わずリリアナの口から感嘆の声が漏れる。
リリアナの目の前には城の中にあるとても広くて手入れの行き届いた庭園があった。
一面に敷き詰められた緑の絨毯。綺麗に刈り揃えられた植木達。庭園の中央にくみ上げられている噴水。庭園の奥にはどこかに続いていると思われる石畳とバラのアーチがあり、辺りにはほんのりとバラの良い香りがしていた。
夕陽の茜色に染まるその庭園は幻想的で美しく、リリアナはつい見入ってしまう。
「凄い、綺麗……」
思わずそう呟くと、ロアンナが口を開いた。
「この城の庭園は他の城には見られない物になっています。少しでも皆の心の癒しになればと、陛下の計らいで城内に造られた物です」
「……」
自分だけの事じゃなく、皆の事を想って造られた庭園。そんな風に考えられる王様は本当に素晴らしい人たちに違いない。リリアナはそんな印象を抱いた。
「素敵……」
「お気に召して頂けたなら、きっと、陛下もお喜びになられます」
満足そうな笑みを浮かべるロアンナとドリーに、リリアナは少し照れたような顔を浮かべる。
「王女殿下のお部屋は、この先にご用意させて頂いております」
「あたしの、部屋……?」
「はい。王女殿下がお生まれになられた時から変わらず、いつ戻られても良いように整えておりました」
ロアンナの言葉と笑みに、これまで待ち続けていたと言う時間の長さと深い想いを感じる。
――あたしが生まれた時から……ずっと?
思っていた以上に感慨深かった。
リリアナは言葉もなく立ち尽くしてしまう。
「さあ、参りましょう」
ドリーの屈託ない笑顔に、リリアナはぎこちなく頷き返した。
広い廊下の突き当たりに、精巧に造られた大きな観音開きの扉がある。その両扉の手すりを、ロアンナとドリーがそれぞれ持ち、ゆっくりと扉が開かれる。
中からは緩やかな風と共に、清潔感や透明感を感じる爽やかな香りが、リリアナを包み込んだ。
「……」
部屋を入った向かいには、バルコニー付きの大きな窓が壁一面にあり、暖炉や立派な造りのソファやテーブル、部屋の四隅には大きな花瓶に活けられた色とりどりの花々がある。そして、別室へと続く扉が二つ……。
「ひ、広い……」
村で与えられていた部屋とは比べものもないほどの広さに圧倒され、リリアナはそばにいたロアンナを見る。
「……あの、ここ、誰かと同室ですか?」
「いいえ。王女殿下のお部屋でございます」
「……ひ、一人部屋で間違いないと?」
「さようでございます」
「……」
躊躇いながら聞くリリアナに対し、ロアンナは当然と言わんばかりに笑みを浮かべて頷き返す。
リリアナはそれ以上の言葉が出てこず、呆然とするしかなかった。
「早速ですが」
立ち尽くしているリリアナに対し、ロアンナは小さく咳払いをする。それに対して彼女に目を向ければ、隣にいたドリーはいそいそと何かを準備し始めている。
「長旅でお疲れだとは思われますが、まず湯浴みをして着替えを致しましょう」
「へ?」
認識が追いつく前に、ロアンナが手にしたベルを鳴らすと、一体どこに潜んでいたのか、侍女たちが数人駆けつけてくる。
「え?」
「さあ王女殿下。あちらに湯浴みの支度は整っております」
「ちょっ……!?」
「さあさあ、この衝立ての裏へ」
混乱している間に、あれよあれよと部屋の隅に立てられていた衝立ての裏に引きずり込まれ、戸惑っている間に着ているローブや服が剥ぎ取られそうになる。
「あ、ああああのっ!!」
顔を真っ赤にしながら脱がされまいと衣服を掴み、声を上げた。その瞬間、全員の手がピタリと止まる。
「じ、自分で出来ますからっ!!」
叫ぶようにそう言うが、次の瞬間には侍女たちの手が忙しなく動き出す。
「まあまあ! それでは私たちの仕事がなくなってしまいますわ!」
「へ?」
「主のお世話は私たちの仕事ですもの!」
「あ、ちょ、待っ……!?」
まるでリリアナの言い分は通らず、あれよあれよと言う間に身包みを剥がされたリリアナは、湯船に押し込まれた。




