王女の帰還
フードを目深にかぶり、馬に跨ったまま目の前にそびえ立つ巨大な門扉をリリアナは呆然と見つめた。
門扉の先には城下町がある。国自体が丘に沿うように出来ているため、城下は坂道が多く見受けられた。
ブレディシアとは比較にならないくらいの人の多さに、リリアナは気圧されてしまっている。
「参りますよ?」
言葉もなく、ポカンとした表情で固まっていたリリアナに声をかけると、我に返る。
「は、はい」
一歩、足を踏み入れると街人たちが一斉にこちらを振り返る。
リリアナは事前に顔を隠すようにと言われるままに、フードを目深にかぶって僅かに顔を下げていた。
――凄い人……。
フードの影から見える街行く人々の顔が窺い見える。
「見て、ペブリム様よ!」
ふと、観衆の間から黄色い声が上がり、そちらを覗き見る。すると街の女性たちが僅かに顔を染めながら
こちらを見ていた。
「今日も凛々しくて素敵だわ」
「ペブリム様の前に座っている方は誰なの? 羨ましいわ」
などと好き勝手に騒ぎ、一方的な羨望と嫉妬の入り混じった眼差しに晒され、リリアナは思わずムッとしてしまう。
「……人気者なんですね」
「買い被りですよ」
ペブリムが困ったように答えるが、何となくリリアナには面白くなかった。だが、ペブリムが軍の統括をしているようなレベルの人だと言うことはリリアナも理解している。だから当然、国の人たちにとても親しまれていて当然なのだが、得も言われぬ不愉快さが胸の奥に湧いていた。
――なんでこんな気持ちになるのか分からないけど、なんか嫌だな。
リリアナは何気なく彼女を振り返ると、それに気付いたペブリムにニコリと笑みを返され慌てて視線を戻した。
賑やかな城下町の街並みを通る間、終始視線を注がれて落ち着かない。気付けば、後をついてくる人も複数人いる。
――ほんとに凄い人気。でも、これくらい皆から信頼されなきゃ、務まらないよね。
その瞬間、それが今後の自分にも置き換えられるのかもしれないと思うと、突然自分の肩にかかる責任の重さに思わずゾッとしてしまう。
「着きましたよ」
悶々と考え込んでいるとペブリムに声を掛けられ、リリアナは我に返る。
いつの間にか城下を抜け、二人は城門の前にいた。
馬から降ろされたリリアナは、目の前にあるまた違う荘厳な造りの大きな門前に思わずぽかんと口を開けてしまった。
どこまで続いているのかも分からない城を舐めるように下から見上げている内に、かぶっていたフードが落ちる。
そんなリリアナを、馬を近くの兵士に預けたペブリムは思わずクスッと笑ってしまう。
「そんなに珍しいですか?」
「だって、こんなところ来るの初めてだから……」
言い訳のようにそう呟くリリアナに、ペブリムは小さく笑みを浮かべる。
「時期に慣れますよ。ここはあなたの産まれた場所ですから」
行きましょう、と声をかけられ、リリアナは先を行くペブリムの後を追いかけた。
大きな堀に掛かった橋を渡り、大きく見えた城門が更にその重厚な存在感をアピールしている。
「お帰りなさいませ、ペブリム様」
城門の傍に控えていた兵士がペブリムに声を掛け、ゆっくりとその扉を押し開く。重々しい音を立てて開かれ、見えた城の中には大勢の召使と大臣の姿があった。
「え……」
リリアナは思いがけない出迎えの人数と、想像を遥かに超える広い城内に、思わず入り口で足を止めてしまう。
「お帰りなさいませ」
あらかじめ練習でもしてきたのかと思わせるような、召使達の揃った声に圧巻だ。
「お帰りなさいませ王女殿下。皆、あなた様の帰還を信じてお待ちしておりました」
朗らかな笑みを浮かべ、年老いた大臣が頭を下げる。そしてリリアナの隣に立っていたペブリムに労いの言葉を掛けた。
「ご苦労でしたね。ペブリム総司令官殿」
「いえ。この度の件に関われた事、誇りに思います。もうすでに陛下には?」
「はい。お部屋でお待ちでございます」
二人がやりとりをしている間にも、リリアナは入口に立ったまま入ることを躊躇っていた。
――ちょっと待って……私、あんまりにも場違い過ぎじゃない?
これ以上進むことに抵抗がある。
着ていたローブの裾を掴み、困っているとペブリムが声をかけてくる。
「リリアナ様。私はこれから少し所用を済ませて参ります。ここからは彼女たちに付いて行ってください」
ペブリムの言葉に、メイド服を着た二名の女性が前に歩み出る。
「王女殿下。私はドリーと申します」
「私は侍女長のロアンナと申します。これよりお部屋へご案内させて頂きます」
「え、あ、はい」
メイドとはいえ、二人のしなやかなカーテシーを前にリリアナは思い切り動揺してしまう。
――そ、そんな挨拶知らない。それより……。
リリアナはペブリムを振り返り、彼女の服の袖を掴んだ。
「ペブリムさんと一緒じゃ、ダメなんですか?」
不安な顔をするリリアナに、ペブリムはやんわりと微笑みかける。
「後ほど、陛下との謁見がございます。その時には同席致しますから、ご安心ください」
「で、でも……」
「また後ほど、お部屋へ伺います」
ペブリムの笑みに、リリアナはようやく、渋々ながら手を離した。
「王女殿下。では、こちらです」
侍女たちが笑みを浮かべて案内する後ろに、リリアナは付いていくことしか出来なかった。
一歩踏み出すと、ふかふかとした柔らかい真っ青なカーペットの感触に、思わず足元を見てしまう。そして、門を入った正面にある巨大な階段と、踊り場の上にある巨大な肖像画に目と足が止まる。
――これ、王妃さまと王さま、だよね。
優しそうな笑みを称える王妃と、厳格そうな顔の王。その二人の間にいるのが、まだ乳飲み子の王女がいる。
――似てる気がする……。
二人の肖像画を見て、リリアナは自分が二人の特徴をちゃんと受け継いでいるような気がした。
髪の色や目の色、目元や口元……どこか自分にも面影がある。
――あ。
リリアナはふと、肖像画の中の王の右手の甲と王妃の鎖骨部分にデルフォスの紋章を見つけ、思わず自分の左手の手袋を外して見比べた。
「……同じだ」
言い逃れは出来ない物を見て、リリアナは息を飲んだ。




