国境の森
その後、リリアナは幾度となく野営や町や村での宿泊を繰り返し、ペブリムと言う存在に完全に心を許し始め、二週間ほどの時間が経った。
馬にも慣れ、今では走らせても怖さを感じることはなく、むしろその心地よさに喜ぶほどだった。
「あ! ペブリムさん! あれ、ブレディシア王国ですよね!」
前方に、ブレディシア王国を見つけ、リリアナは嬉々として声を上げる。
ここまで来るのに今回は二週間。以前来た時は一週間半ほどだったが、最初に手こずった分、遅い到着となった。
「今日の宿はブレディシアですか?」
「いえ。このまま国境を越えます」
ペブリムはさらりと答える。
「国境?」
「はい。森が見えますね? あれが我々北部のデルフォス王国の領地と、南部のブレディシア王国の領地を分断する国境となっています」
見れば、一体どこまで続いているのかと思うほど横に広がっている広大な森が、ブレディシア王国の先に広がっている。
「ずいぶん、広い森なんですね」
「そうですね。あの森には、手癖と気性の荒い賊が棲みついています」
「え……」
リリアナは瞬間、時が止まった。
賊、と言う言葉にリリアナが思い出すのは、自分がゲーリに拾われた時の話だった。
「あの~……。分かり切ったこと聞くんですけど……もしかして、あたしが命拾いしたのって……」
「はい。あの森です」
「……」
――なるほど。
リリアナは一人、納得したように目を閉じた。
賊がいると言う話は聞いていたが、こんな危ない森だったとは思わなかった。しかし、裏を返せばそう言う危険な場所だからこそ、国境として機能しているのだろう。
二人が森の入り口までやってくると、入り口にはブレディシア兵が二人立っていた。そして、入り口を入ってすぐの場所には、慰霊碑のようなものまで建てられている。
暗く、淀んだ空気が立ち込める森の入り口を見て、向こう側が見えないことにリリアナは恐怖の色を見せる。
ブレディシア兵は近づいて来るペブリムを見上げると、スッと姿勢を正した。
「ペブリム様、今回はお一人でこの場所を通られますか」
「あぁ。今の時間帯はまだ賊の数も少ない。私一人で十分だ」
慣れたやりとりをするペブリムだが、ブレディシア兵はリリアナの姿を一度見る。
「もしよろしければ、我々ブレディシア兵が出口までお供させていただきますが……」
「いや、結構。それでは君たちの帰路が心配だ」
ペブリムはニコリと笑って答えると、ブレディシア兵はそれ以上何も言えず僅かに顔を赤らめた。
「我々に対するご配慮、感謝いたします!」
「ご苦労さま」
敬礼を持ってペブリムを送り出したブレディシア兵を後に、ペブリムはゆっくりと森の中に入っていく。まだ入り口に入ったばかりだと言うのに、中はひんやりと空気が重く冷たい。
馬の闊歩する音が響く中、リリアナは近づいて来る慰霊碑に目が向く。
――ここに、一国の王女を守り、命を賭した勇敢な兵士がいたことを記す。
短く書かれた文面と名前、その下には彼の勇敢な行動に対する奨励の言葉、そして身分が昇格したことが記されていた。
――この人がいたから、あたし、今もこうしていられるんだ。
リリアナは何とも言えない気持ちになる。そして心の中で感謝を述べた。
「さっきのブレディシア兵の人、何か嬉しそうでしたね」
気を取りの直し、リリアナが心のどこかで少し面白がってそう言うと、ペブリムは答える代わりに小さく笑って返してくる。その笑みは困っているようにも、あまり触れてほしくないようにも見え、リリアナはそれ以上何も言えなくなった。
「……リリアナ様。これから先、正直何が起こるか分かりません。ここに棲みつく奴らは賊の者。頭の回転も早い。そして一、二人で行動する者を襲ってくる傾向にあります」
さらりと話をすり替えるようにペブリムがそう言うと、リリアナもまた小さく頷き返す。
「ここでは、私の指示に従ってください」
「は、はい」
そう言われると、途端に緊張し思わず鞍を掴む手と体に力が入ってしまう。
「ただ一つ、お約束します。あなたにはケガ一つ負わせる気はありません」
「……」
その言葉に、リリアナは思わずドキリとした。
何があってもあなたを守り通す、と言うペブリムの言葉に緊張感と喜びに胸が震える。
ペブリムは、約束を違える人じゃない。有言実行する信頼できる人だということは、ここまでの旅で良く理解した。だからこそ、安心してここにいられる。
「この国境を越えるには、約半日ほどかかります。国境を越えて我々の領地に入れば、安全面は必然的に高まります。ここを越えるまでの辛抱ですよ」
「はい」
リリアナはその言葉を聞いてより一層安心感を抱いた。




