ホームシック
町に入ると、ブレディシアほど賑わってはいないが、活気にあふれた街並みが目に映る。
花を売るワゴンに、軽食を売る露店。どこからともなく漂ってくる焼きたてのパンの香りと、子供や人々の笑い声が聞こえてくる。
「……」
リリアナは、入り口を入ってすぐの場所で思わず足を止めてしまった。
「リーナお嬢様?」
ついてきていたリリアナの気配が遠のいたことに気付いたペブリムが足を止め、振り返る。
リリアナは、目深にかぶったフードの奥でも分かるほど、動揺しているように見えた。
「わぁ!」
ふと、リリアナの立っている道の脇から、よそ見をしながら駆け出てきた男の子が派手にぶつかり、こけてしまう。
「あ、ご、ごめん。大丈夫?」
「いってて……」
慌ててその場にしゃがみ込んで子供を助け起こすと、少年はこけた拍子に打ったお尻をさすりながら顔を上げた。
「ごめんな、姉ちゃん!」
「え、あ、ううん。あたしは平気。君は?」
「怪我なんか日常茶飯事だからな! これくらいどってことないよ!」
そう言うと男の子は再び謝罪をして元気よく手を振りながら駆け出して行った。
リリアナはその少年に手を振り返しながら、ぎゅっと胸を掴まれたような気持ちになる。
――最後に助かったあの子たち、大丈夫かな……。
ふと、マージ兵に襲われリリアナが最後まで守り切った子供二人のことを思い出した。
あの子たちの親は、あの時、すでに血の池に沈んでいるのを確認している。
――まだ、助けられる状態だったかな。
全てを再確認する暇もなかった。
「……」
リリアナはパン屋の店主の元気な笑い声に誘われるように目を向ける。
パン屋の店主は、買い物に来たお客と楽しそうに談笑しながら、紙袋に詰めたパンを差し出して活き活きしていた。
――パン屋のおばさんも、もう……。
最後に会話したのがパン屋のおばさんだったことを思い出す。懐かしさと同時に寂しさが込み上げ、ふっと表情に影が差した。
「……リーナお嬢様?」
ペブリムがそんな彼女を気にして傍に立つと、ハッと我に返ったリリアナは繕ったような笑みを浮かべて顔を上げた。
「ごめんなさい、なんか……村のことを急に思い出しちゃって……」
「……」
力なく笑うリリアナに、ペブリムは返す言葉がない。
あの惨劇を目の前で見て気丈にも元気に振舞おうとしているのは分かる。だが、それでもまだ十七歳の少女。常人なら、あの惨劇をたった数日で忘れることなど出来るはずがなかった。
ペブリムは、リリアナに手を差し伸べる。
「参りましょう」
「……はい」
リリアナが差し出された手を取ると、ペブリムはしっかりとその手を握り返し、宿屋までの道を歩く。その間、リリアナは顔を上げられず、手を引いて先を歩くペブリムの足元だけを見つめながらついて歩いた。
「いらっしゃい!」
宿屋に到着し入り口を開くと、宿屋の店主は明るい声で出迎えた。
温かい空気感と、木の匂いが店内に立ち込めている。
「一晩頼みたい」
「はい、お部屋なら空いてますよ。お部屋は……」
「二部屋で……」
ペブリムがそう言いかけた瞬間、リリアナは彼女の袖を軽く引っ張ってくる。驚いてそちらを振り返ると、リリアナはフードの影からこちらを上目遣いで見上げていた。
「あの……一緒の部屋じゃ、駄目ですか?」
「……それは、できかねます」
「……でも、あたし、今日は近くにいて欲しいんです」
「……」
酷く寂しそうな顔をしているのは、もう帰れない故郷を思い出したせいだ。
「どうします? 一部屋で構いませんか?」
「いや。二部屋で頼む」
急かすように店主が声をかけてくるのに対し、ペブリムは二部屋でと押し切った。その瞬間、リリアナの袖を掴んでいた手に僅かに力が入る。
「では、こちらがカギです。お部屋はお二階になるので、そこの階段を使ってくださいね」
何も知らない店主は、営業スマイルを浮かべたまま手慣れた様子で部屋を案内し、鍵を手渡してきた。
部屋に向かうまで、リリアナはペブリムの袖を掴んだまま、部屋の前で立ち止まった。
ペブリムは一度深いため息を吐くと、リリアナを振り返る。
「……分かりました。ただ、同室はできかねますが、あなたが眠るまででしたらお傍にいます」
「……」
リリアナはフードを外してペブリムを見上げると、力なくも嬉しそうに笑みを浮かべて小さく頷き返した。
扉を開き、中に入るとベッドが一つと小さな机と椅子が一つずつ、衣服をかけるラックが一つあるだけのシンプルな造りの部屋だった。
「ここ……なんか、あたしが住んでた部屋に似てる」
「……」
リリアナはローブを脱いでラックにかけると、ベッドの上に腰を下ろし、そして困ったように笑いながらペブリムを振り返った。
「なんか、子供みたいなこと言ってごめんなさい。でも、この町の空気に触れてたら色々思い出しちゃて……」
「……いえ」
「……あの状況で、何人の人が助かったんだろう」
村の惨劇を思い出し、リリアナは顔を下げて寂しそうに呟いた。




