自分自身のこと
ペブリムの支度した簡単なスープとパンを食べ、身支度を整えたリリアナは、再び馬の前で立ち止まった。
昨日はこんな大きな馬に乗れるのかと思いはしたが、一度乗れてしまうとそこまで驚くことも、怖いと思うこともなくなっている。
「どうぞ」
昨日と同じように手を差し伸べてくれるペブリムに、リリアナはまだ少しだけ残る緊張感を持ったまま、彼女の手を取り習った通りに馬に跨った。
「昨日より上手です」
「あ、ありがとうございます……」
リリアナの後ろに跨ったペブリムは、手綱を手に取りながらそう言うと、リリアナは気恥ずかしそうに視線を下げる。
ペブリムが手綱を捌き、意のままに馬を方向転換させると、昨日進んでいた街道へと出た。
「今日は少し歩調を早めてもよろしいですか?」
「え、早めるって……」
戸惑ったように聞き返せば、ペブリムは小さく笑った。
「ご安心ください。いきなり走ったりはしません」
「あ……はい」
「力を抜いて、遠くを見ていてください。体はそのまま私に預けて頂いて構いません」
リリアナは言われるまま、呼吸と視線を意識していると、馬は昨日より少し速い小走りに近い歩調で進み始める。
頬を風が滑らかに撫でて行き、昨日は見えなかった壮大な景色を目の当たりにしたリリアナは、意識せずとも大きく息を吸い込み、気持ちよさそうに軽く目を閉じた。
――なんか、昨日より怖くない。
閉じていた瞳を開くと、頭上を飛び去る小鳥に視線が向く。連なる山々に、離れていても圧巻するほど高い山を見て、短い声を上げたり、草原の遠くを走る数匹の馬の群れを見つけたりと、自然界はリリアナの興味を引いていた。
ペブリムはそんなリリアナを見て、口元に笑みを浮かべたまま短く息を吐いた。
「今日は、この先にある町で宿を取りましょう」
「宿ですか?」
「不足品や必要な物を揃える必要がありますし、何より殿下ご自身が身を清め、ゆっくり休めるでしょう」
「あ……はい! ありがとうございます」
ペブリムの提案に、リリアナは嬉しそうに頷き返した。
――ペブリムさんは厳しくて、ちょっと怖いところもあるけど、凄く良い人なんだろうな。
出発前に言われたあの言葉が、リリアナにはペブリムへの信頼度として上がっていた。
『リリアナ。優しいだけの言葉は、あなたのためになりません。あなたのことを思う厳しい言葉こそ、本当の優しさですよ』
昔、近所の人に怒られて泣きながら帰ったリリアナに、ゲーリが言った言葉が思い出される。
――結局、あれも木登りで落ちかけたのを心配して怒られただけだったしね。
リリアナはあの時のゲーリの言葉がしっかりと身に染みている。だからこそ、ペブリムの言葉がすんなり腹まで落ちた。
――それにしても……。
ふと、リリアナは思う。
――あたしが本当に王女さまだとしたら、何でこんなとこにいるんだろう……。ゲーリは連れ帰ったって、言っていたけど……。
通常、一国の姫を勝手に村に連れ帰ると言う行為は誘拐と同じだ。重罪に問われてもおかしくはない。だが、今まで一度もお咎めがきたこともなければ、今回デルフォス王国から来た騎士であるペブリムが、ゲーリに対して厳しく処罰を与えることもなかった。
――だとするなら、他にどんな理由があるんだろう……?
リリアナが真剣な表情で考え込んでいると、ペブリムがそれに気付いた。
「殿下? どうされました?」
「あ……えっと、ちょっと自分のことを考えてて」
「自分のこと、ですか?」
「はい。あたしが本当に王女さまだとしたら、何で今、お城にいないのかなって……」
「……っ」
誰でも思う、当たり前の疑問。その疑問に早速行き当たったリリアナのその言葉に、今度はペブリムが言葉に詰まらせた。
「ペブリムさん?」
それに気付いたリリアナが、不思議そうにペブリムを見上げてくる。
――遅かれ早かれ、知るべき流れ。どのみち知らなければならないなら、早いほうが良い。
そう考えたペブリムは、静かに口を開いた。
「……そうですね。あなた自身のことですし、知っておくべきでしょう」
ペブリムはややあってから、呟くようにそう答えた。
これが、今現在も続く国同士の争いに連なる話であることを、リリアナはまだ知らない。




