信じると言うこと
翌日。
リリアナは目を覚ますと、いつの間にかテント内で寝ていた事に気付く。
むくりと身を起こし、寝ぼけ眼を擦る。
――凄く、嫌な夢を見た……。
リリアナは肩を落として、深いため息を吐いた。
――ゲーリは、あたしのせいじゃないって、言ってくれてたはず……だよね。
現実と夢の境が曖昧過ぎて、ゲーリが言っていた言葉でさえ自信がなくなっていた。
リリアナはゆっくりとテントから這い出てみる。
外はまだ朝靄がかかり、視界不良だった。テントの下にある草は朝靄でしっとりと水分を含んでいるのが分かった。
湖面の上にかかる靄は、まるで雲のようだった。
「おはようございます」
ふと背後から声がかけられ、リリアナは思わずビクッと体を震わせる。恐る恐るそちらを振り返ると、昨日と変わらない涼し気な顔をしたペブリムだった。
「もう少し寝ていても構いませんよ」
「……だ、大丈夫です。ペブリムさんこそ、早いですね」
どこかへ行っていたのか、連れていた馬を近くの木に縛り付け、リリアナに向き直った。
「少し周りを見てきました。特に変わった様子も怪しい者もおりませんでした。もう少しすれば視界も晴れてきます。晴れたら移動を開始しましょう」
淡々と状況説明をすると、リリアナは黙り込んで頷き返す。
「すぐに朝食を用意します。簡単な物で申し訳ありませんが……」
「あ、ありがとうございます」
こちらに背を向けて作業をしている彼女の背中を見つめていると、リリアナは昨晩見た人影のことを思い出した。
「あの……」
リリアナが食事の支度をしようとしているペブリムに声をかけると、彼女は不思議そうに振り返った。
「昨日、あたし、この辺で寝ちゃったような気がするんですけど……」
「はい。私がテントまで運ばせて頂きました」
ペブリムは何でもないように応える。
「えっと……それじゃ、昨日あたしたち以外に誰か来ました?」
「いえ。誰も来ていません。……殿下。もしや、寝ている間に誰か来たのでしょうか……?」
リリアナの問いかけに、ペブリムの眼光が一瞬で鋭さを帯びる。その射貫くような鋭さに、慌てて首を横に振った。
「い、いえ! ただなんか、凄くペブリムさんに雰囲気が似た人がいたような気がしたんですけど、でも、たぶんあたしが寝ぼけてただけみたいです!」
「……そうですか」
ペブリムはその言葉に、安堵したように僅かに体から力が抜け、目の色も元に戻る。
「殿下は昨晩、酷く魘されていたようですが……」
彼女の言葉に、リリアナはドキッとする。
あんな夢を見たのだから、魘されないはずがない。今でも、肩を掴まれた感触や責め立てられる言葉が、鮮明に残っているような気がしていた。
「あ……。え、と……。凄く、嫌な夢見ちゃって……」
リリアナはペブリムから僅かに視線をそらし、無意識に自分の肩抱くように擦る。
「あのような事があった直後です。無理もございません」
リリアナはそらしていた視線を下げ、自分の腕を握り締めながら、自信無さそうに口を開く。
「……村があんな風になったこと、やっぱりあたしのせいなんじゃないかなって、思うんです」
「……」
「あたしが、いたから……」
肩を落として呟いた言葉に、ペブリムは手にしていた容器をその場に置いて、リリアナの前に立つ。
「殿下」
「……?」
リリアナが躊躇いながら視線を上げると、ペブリムは真っ直ぐこちらを見下ろしている。
「決して、あなたのせいではありません」
「そうでしょうか……」
不安だった。
違うんだと言われても、自責の念が拭いきれない。
二人はしばし黙り込む。気まずい空気だと思いはするが、何を話してよいか分からなくなっていた。
そうしている内に、太陽の光が木々の隙間から差し込み始め、辺りを包み込んでいた靄が少しずつ晴れ始める。
「……殿下は、ゲーリ殿の言葉を疑うのですか?」
「え?」
「ここまで守り、育ててくれた家族の言葉を、信じられないのでしょうか」
ペブリムのその言葉に、リリアナは内心焦った。
そんなつもりで言ったわけではなかった。
戸惑った顔を浮かべるリリアナに、ペブリムの表情は少し厳しい眼差しで見つめ返している。
「……私は、部外者です。その私がどんなにあなたのせいではないと言っても、殿下の心には届き難い。しかし、あなたと共に暮らし、同じ時間を過ごして来た家族の言葉も、届かないのでしょうか」
厳しい言葉だが、彼女の言葉は真理を突いている。
リリアナが、ゲーリの言葉を信用できないと言うならそれは家族として積み上げた時間を否定するのと同じ気がした。
「……ごめんなさい、そう言うつもりじゃ」
「私に謝って頂く必要はありません。ただ、あなたがゲーリ殿を信用しなければ、彼の気持ちのやり場がなく、互いに寂しい思いをされるのではと思ったまでです」
冷たいようにも聞こえる言葉だが、今のリリアナには深く胸に刺さった。
思わず顔を下げたリリアナに、ペブリムは僅かに語気を弱める。
「また……ゲーリ殿と会うのでしょう?」
「……はい」
「でしたら、これからも変わらずあなたらしく生き、しがらみのない再会を果たしてください」
リリアナが再び顔を上げると、ペブリムは小さく微笑みかけていた。




