旅立ち・2
村を出て、どれくらいの時間が経ったのか。リリアナは徐々に馬の揺れにも慣れてき始め、体から少しずつ力が抜けてくる。
閉じていた目を、そっと開くと柔らかな風が頬を撫でていく感覚に気付き、広大な土地を進んでいることに長いため息がこぼれた。
「……綺麗」
遠く連なる山々は、太陽の光を受けて輝き、そばに並ぶ樹木は、心地よい音を立てて揺れている。
「落ち着かれましたか?」
「あ……はい。なんとか……」
「初めてでは無理もありません。しばらくはゆっくりこのペースで進みます」
「あ、ありがとう、ございます」
何気なく視線を下に下げると、ペブリムの腕はリリアナの腰をしっかり抱き寄せ、落ちないように配慮しているのが見えた。
――うわ……嘘でしょ?
リリアナは少し力が緩んだ体に、再び力が入る。
「王女殿下」
「な、な、何でしょうか」
「そんなに力を入れていたら、体が持ちませんよ」
そうは言われても、どうしても緊張してしまう。
リリアナは自分でも分かるほど顔を真っ赤にし、上げていた視線を再び下げた。
「……殿下」
プルプルと肩を震わせるリリアナに、ペブリムは一度馬を止める。そしてリリアナの腰に回していた手を外し、鞍を掴んだままのリリアナの手に手を添えた。
「!」
「私の手を掴んでください」
「へ……?」
いつの間にか、自分の両手を包み込むように添えられたペブリムの手は、温かく、そして少しゴツゴツしていた。
「は、離したら、落ちそうで怖いんですけど!」
「大丈夫です。絶対に落ちません。……私を信じてください」
背後から落ち着いた、女性の割に低めの声で囁かれると無意識にゾクゾクとしてしまう。
「……!」
恐る恐る鞍から手を離し、すぐそばのペブリムの手を掴むと、ペブリムはその手をそっと握り返す。
「深く息をしてください」
「……っ」
頭の芯が痺れたような感覚になりながら、リリアナは大きく深呼吸をした。
「……そのまま、力を抜いて」
静かな語りかけに合わせ、リリアナは肩からゆるゆると力を抜いていく。
「とてもお上手です」
「……っ!」
クスッと笑いながら呟く褒め言葉に、リリアナは余分な力を抜きつつも顔を赤らめていた。
ペブリムはそんなリリアナの顎に僅かに触れて、穏やかに前を向かせる。
「呼吸が浅くなると、余計な力が入ります。深く息をすることを意識してください。視線は遠くを見るように。視界が遮られると、恐怖を感じやすくなります」
一つ一つ丁寧に話すペブリムに、リリアナはいつしか余分な力が体から抜けていることを実感する。
ペブリムはリリアナの顎から手を離し、肩をそっと掴むと自分の方へと引き寄せた。
「わっ!」
瞬間的に力が入ってしまう。
「大丈夫です。体はこのまま、私に預けてください」
「……」
柔らかなクッションに包まれているような心地よさと、彼女から香る優しい香りにまた力が抜けていく。
リリアナはペブリムにもたれかかるような体勢のまま、何となく視線を上げてじっと彼女の顔を見つめると、見下ろしていたペブリムがニコリと微笑み返した。
「!」
その瞬間顔を赤らめ、リリアナは僅かに顎を引いて前を見た。
――深呼吸、深呼吸! それから、遠くを見る!
忙しない心臓の音に戸惑いながら、先ほど教えてもらったことを心の中で何度も繰り返し呟き、意識をそちらに向けようと必死になる。
――な、なんか調子狂うんだよね! 慣れないことが続いてるからかもだけど、なんか、ほんとに調子狂う!!
いつしかリリアナは憤りに似た感情になり、赤らんだ顔のままムッと頬を膨らませた。
「……」
ペブリムはそんな一人百面相をするリリアナを見て、思わず笑ってしまう。
それに過敏に反応したリリアナが、下げていた視線を再びあげて狼狽えながらも噛み付いた。
「な、なんですか!?」
「いえ、何でも……」
クスクスと笑いながら、ペブリムは手綱を握ると、ゆっくり馬を方向転換させる。
その視線の先には、だいぶ小さくなった村が見え、リリアナの怒りも落ちついていく。
「……また、会えるよね」
村を見つめながら、リリアナが呟くその言葉に、ペブリムは静かに答えた。
「……そうですね。いずれ、再会できる日も来るでしょう」
「……」
リリアナは、鞍を掴んでいた手に僅かに力を入れた。




