8話 凍てつくほど、あたたかい
大分県・別府市
街のあちこちから立ち上る湯けむりが、白く空へと溶けていく。
硫黄の香りが、風に乗って漂う。
温泉街特有の、どこか現実から切り離されたような空気。
昼間の賑わいが嘘のように。
夜は、静かに息づいていた。
その一角――
木造の落ち着いた佇まいの宿。
その中にある大浴場では。
ゆったりとした時間が流れていた。
湯けむりが、やわらかく立ち込める。
静かな水音。
硫黄の香りが、ほんのりと漂う空間。
「……はぁ〜……」
セレナが、肩まで湯に沈みながら息を吐く。
「生き返るわね、これ」
「……ほんとですね」
茜も、少しほっとしたように微笑む。
両手で湯をすくいながら、小さく息をつく。
「こんな時間があるなんて……ちょっと意外です」
「でしょ?」
セレナが、くすっと笑う。
「任務って言うからもっと堅いのかと思ってたけど」
一拍。
「“温泉でも入って羽伸ばしてこい”って言われるとはね」
肩をすくめる。
「しかも娯楽費まで出るとか、どういう組織よ」
「……確かに」
茜が、小さく頷く。
「ちゃんとしてるというか……」
「ゆるいというか……」
「両方でしょ」
セレナが軽く笑う。
その時。
「……あの」
茜が、ふと思い出したように顔を上げる。
「美雪さん!」
少し身を乗り出す。
「雪女って……温泉入っても大丈夫なんですか!?」
「……」
美雪が、きょとんとしたように瞬きをする。
その間に。
「確かに気になるわね」
セレナが、くすっと笑いながら続ける。
「雪女って、山の神が雪で作ったっていう伝承もあるじゃない?」
一拍。
「溶けたりしないの?」
その問いに。
美雪は、少しだけ考えるように目を細めて――
「……そういう種類もいるよ」
静かに答える。
「純粋な“雪そのもの”に近い存在とかね」
一拍。
「でも、私は違う」
やわらかく続ける。
「どちらかというと、人間寄りの存在だから」
湯に、少しだけ身体を預ける。
「このくらいの温度なら、全然問題ないよ」
ほんの少し、微笑む。
「ちゃんとあったかいって感じるし」
「……へぇ」
セレナが、少し意外そうに目を細める。
「なんか、もっとこう……冷たいままかと思ってた」
「うん」
茜も、こくこくと頷く。
「ちょっと安心しました……!」
「むしろ」
美雪が、少しだけ息を吐く。
「こういうの、好き」
一拍。
「リラックスできるし……落ち着くから」
「……いいわね、それ」
セレナが、小さく笑う。
「じゃあ遠慮なく満喫しなさいってことね」
「……うん」
美雪も、小さく頷く。
――そして。
「……っていうか」
セレナが、じっと美雪を見る。
「なんでそんなにスタイルいいのよ」
「え?」
美雪が、少しだけ戸惑う。
「わ、私も思ってました……!」
茜が、勢いよく身を乗り出す。
「すごく綺麗というか……その……」
「バランスが完璧すぎるっていうか」
「でしょ?」
セレナが、ぐっと距離を詰める。
「ちょっと見せなさいよ」
「え、ちょっ……」
美雪が、思わず後ろに下がる。
――と。
「……でも」
美雪が、ふと口を開く。
二人を見る。
「セレナさんと茜だって、スタイルいいじゃん」
一瞬。
空気が止まる。
「……は?」
セレナが、わずかに眉を上げる。
「いや、そういう話じゃ――」
「いえ……!?」
茜も、慌てる。
「わ、私は全然そんな……!」
「いやいや」
美雪が、普通に続ける。
「ちゃんと綺麗だと思うよ」
その言葉に。
「……あーもう」
セレナが、少しだけ顔を逸らす。
「そういうのはいいのよ」
一拍。
「維持するのがどれだけ大変か分かって言ってる?」
「それは私も!!」
茜が、勢いよく身を乗り出す。
「食事とか運動とか……色々気をつけてて……!」
「でしょ?」
セレナが、得意げに頷く。
「楽してこうなってるわけじゃないのよ」
そのやり取りに――
「……わ、私だって同じだよ!」
美雪が、少し焦ったように言う。
「ちゃんと、その……気をつけてるし……!」
どこか言い訳っぽい。
「……へぇ?」
セレナが、じっと見る。
「今のちょっと怪しくない?」
「べ、別に怪しくないよ!?」
「いや絶対ナチュラルでしょ」
「ち、違うもん!」
「ほんとに〜?」
ぐっと距離を詰める。
「ちょっと見せなさいよ」
「え、ちょっ――また!?」
「逃げるな逃げるな」
セレナが、にやっと笑う。
「検証よ、検証」
「け、検証って……!」
茜も、なぜか近づく。
「ちょっとだけ……!」
「二人とも!?」
美雪が、完全に囲まれる。
「ほら、ここ!このライン!」
「近い近い!」
「え、柔らか――」
「触らないで!?」
バシャッと水音。
小さな騒ぎになる。
「ちょっと、暴れないでよ」
セレナが笑いながら言う。
「お湯はねてるって」
「そっちが原因でしょ!」
美雪が、少し強めに返す。
その様子に。
「……ふふっ」
茜が、思わず笑う。
「なんか……こういうの、いいですね」
ぽつりと。
自然にこぼれる。
「……そうね」
セレナが、少しだけ優しく笑う。
「悪くないわ」
その空気の中で――
「……もう〜、二人とも〜」
美雪が、少し困ったように笑う。
呆れたようで。
でも、どこか楽しそうに。
その声に。
また小さく、笑いが広がる。
湯気の中に、笑い声が溶けていく。
任務の最中とは思えないほどの。
穏やかで――
少し騒がしい時間が、そこにはあった。
一方、その頃――男湯では。
湯けむりが、静かに立ち上る。
広い湯船。
夜の空気が、わずかに入り込む露天。
「……いい湯だな」
晋作が、肩まで浸かりながら呟く。
「身体の芯まで温まる」
「そうだね」
総司が、やわらかく頷く。
「こういうのは……嫌いじゃないかな」
静かな時間。
湯の音だけが、ゆっくりと響く。
――その時。
「検証よ、検証!」
「け、検証って……!」
「ちょっとだけ……!」
「触らないで!?」
バシャッ――と水音。
「……」
「……」
「……今の、完全に聞こえたな」
晋作が、真顔で言う。
「うん」
総司も、普通に頷く。
「壁、意味ないね」
「構造上の問題でしょうか」
晴明が、冷静に分析する。
「音の反響と湿度によって――」
「いや分析すんな」
晋作が即ツッコミを入れる。
「問題そこじゃねぇだろ」
「ではどこでしょうか」
真顔。
「全部だよ」
間髪入れず返す。
「……にしてもよ」
晋作が、肩まで沈み直しながら言う。
「うるさくねぇか?」
一拍。
「女湯の方」
「……かなり」
総司が、苦笑する。
「……」
一瞬の静寂。
――その時。
「ほら、ここ!このライン!」
「近い近い!」
「え、柔らか――」
「触らないでってば!」
バシャアアッ!!
「……」
「……激しくなってねぇか?」
晋作が、真顔で言う。
「……うん」
総司が、遠い目をする。
「完全に何か起きてるね」
「検証が進んでいるのでしょう」
晴明が、淡々と分析する。
「だから何の検証だよ」
晋作がツッコむ。
一拍。
総司が、少しだけ視線を逸らす。
「……今、“柔らかい”って言ってた気がするんだけど」
「言ってましたね」
晴明が、即答する。
「“柔らか――”で止まりました」
「記録すんな」
晋作がすぐさま突っ込む。
「いらねぇ記憶だろそれ」
「重要な情報かと」
「どこがだよ」
「戦闘における――」
「関係ねぇよ」
即否定。
「……」
総司が、小さく息を吐く。
「……聞かなかったことにしようか」
「無理だろ」
晋作が即答する。
「もう手遅れだ」
「確かに」
晴明が頷く。
「鮮明に記憶されています」
「だから言うなって」
「消去は困難ですね」
「やめろ」
「……」
一瞬の沈黙。
晋作が、ふと壁の方を見る。
「……おい」
少しだけ声を張る。
「うるさくねぇか?」
一拍。
そして――
「丸聞こえなんだけどよ」
言ってしまう。
一瞬の沈黙。
――そして。
「……え?」
向こう側から声。
「……今の、もしかして」
茜の声。
「聞こえてる……?」
「聞こえてるわよ」
セレナの声。
一拍。
「そっちもね」
「……」
男湯、沈黙。
「……マジか」
晋作が、ぽつりと呟く。
「双方向だね」
総司が、苦笑する。
「珍しい構造ですね」
晴明が、冷静に評価する。
「だから分析やめろ」
――その時。
「……ねぇ」
セレナの声が、壁越しに響く。
「さっきの、どこまで聞こえてた?」
一拍。
男湯、完全沈黙。
「……」
「……」
「……全部だな」
晋作が、正直に言う。
「正直すぎるでしょ」
総司が即ツッコむ。
「……全部って何!?」
向こう側で水音。
「いやそのままの意味だ」
「説明しなくていい!」
セレナのツッコミが返ってくる。
「じゃあ聞くなよ!」
晋作も返す。
「聞きたくなかったわよ!」
「いや聞こえてたんだろ!」
「そうだけど!!」
「……」
一瞬。
全員が、我に返る。
「……これ」
総司が、小さく呟く。
「会話成立してるね」
「してんな」
晋作が頷く。
「完全に」
「不思議な現象です」
晴明が冷静に言う。
「だから分析すんなって」
――その時。
「……あの」
茜の声。
「えっと……その……」
少し戸惑いながら。
「今のは……忘れてください……!」
「無理だな」
晋作、即答。
「即答!?」
「いや無理だろあれは」
「ちょっと!!」
「冗談だよ」
総司が、やわらかくフォローする。
「ちゃんと忘れるから」
「……ほんとですか?」
「うん」
一拍。
「多分」
「多分!?」
「信用ならないわね!」
セレナがツッコむ。
「そっちも大概だろ」
晋作が返す。
「何よ」
「“検証”とか言ってただろ」
「……あれはその」
一瞬の間。
「必要な検証よ」
「何のだよ」
即ツッコミ。
「言わないわよ!!」
「だろうな!」
――その時。
「……ねぇ」
少し間を置いて――
美雪の声が、静かに届く。
「総司くん」
一拍。
男湯側、ピタッと止まる。
「……聞いてたの?」
やわらかい声。
だが、逃げ場はない。
「……えっと」
総司が、少し言葉に詰まる。
「聞こえちゃった、かな……」
「……かな、じゃないよね」
ほんの少しだけ、圧。
「……」
総司、沈黙。
「総司くん」
もう一度、呼ぶ。
「はい」
即答。
「後で話そうね」
にこやかに。
確定した未来。
「……うん」
小さく頷く。
――その直後。
ピキッ――
「……?」
総司が、肩をすくめる。
「……なんか、ちょっと冷えてきてない?」
「……あ?」
晋作が、眉をひそめる。
湯の表面に――
小さな氷が、ひとつ浮かぶ。
「……いや待て」
「温泉だぞここ」
「……軽い現象ですね」
晴明が、静かに言う。
「警告レベルかと」
「怖ぇよ」
晋作が、ぼそっと呟く。
――その直後。
「……でも」
セレナの声。
「“柔らかい”って聞こえてたのよね?」
一拍。
空気が、変わる。
ピキピキピキッ――!!
「……あ?」
今度は明確に。
大きな氷が、いくつも浮かび上がる。
「増えてるどころじゃねぇぞ!!」
「サイズ上がってる!!」
冷気が一気に広がる。
「……っ!」
肩を震わせながら――
「温泉で凍えるって初めてだぞ!!」
「なんでだよこれ!!」
「温泉の概念壊れてるだろ!!」
「……美雪ちゃんだね」
総司が、苦笑する。
「言うな!!」
晋作が即ツッコむ。
「分かってても言うな!!」
――その直後。
壁の向こうから。
「……くすっ」
小さな笑い声。
「ちょっと美雪さん……!」
茜の声が、笑いを堪えながら響く。
「やりすぎですよ……っ」
「だって面白いんだもん」
美雪が、楽しそうに言う。
「面白がるな!!」
晋作が即ツッコむ。
「こっちは死活問題だぞ!!」
「大げさよ」
セレナが、くすくす笑う。
「ちょっと冷えただけでしょ?」
「“ちょっと”で氷浮かばねぇんだよ!!」
「普通の温泉基準で話すな!!」
「……ふふっ」
また、小さな笑い声。
完全に――
向こうは楽しんでいる。
――その時。
「……美雪ちゃん」
総司が、少し真面目な声で呼ぶ。
一拍。
「ほんとにごめん」
素直に言う。
「ちゃんと謝るから」
「……」
少し間。
「……しょうがないなぁ」
その一言と同時に。
スッ――と。
氷が、ゆっくりと溶けていく。
温度が戻る。
「……」
「……助かった」
晋作が、心底安堵したように言う。
「今の普通に危機だったぞ」
「ええ」
晴明が頷く。
「戦闘に匹敵する緊張感でした」
「温泉で何やってんだ俺ら」
「……」
そして。
「……平和だな」
晋作が、ぽつりと呟く。
「……ああ」
総司が、やわらかく応じる。
「賑やかでいいね」
「ええ」
晴明が、わずかに口元を緩める。
湯けむりの中。
笑い声が、壁越しに交差する。
戦いの前の。
不思議で――
そして最高に騒がしい時間だった。
湯上がりの廊下。
木の床が、わずかに軋む。
ほんのりとした温もりと、静かな空気。
――先に現れたのは、女子側だった。
「……あ」
茜が、小さく声を上げる。
ちょうどそのタイミングで。
反対側から、男湯の扉が開く。
「……」
「……」
一瞬、視線が交差する。
そして――
「……ふっ」
セレナが、口元を緩める。
「随分楽しそうだったわね?」
「そっちこそな」
晋作が、即座に返す。
「壁越しに全部聞こえてたぞ」
「こっちもよ」
セレナが、にやっと笑う。
「丸聞こえだったわ」
「構造どうなってんだあそこ」
晋作が、ぼそっと呟く。
「で?」
セレナが、一歩踏み込む。
「どこまで聞こえてたの?」
「全部だな」
晋作が即答する。
「正直すぎるでしょ」
総司が、苦笑する。
「……で?」
セレナが、さらに詰める。
「“柔らかい”ってとこまで、聞こえてたのよね?」
「言うな!!」
晋作が即座に叫ぶ。
「そこ掘り返すな!!」
「聞こえてただけだ!!」
「どう思ったの?」
セレナが、面白そうに覗き込む。
「どうもこうもねぇよ!!」
晋作が、即ツッコむ。
「ただの被害者だ!!」
「被害者って何よ」
セレナが笑う。
「精神的にだ!!」
晋作が、真顔で返す。
そのやり取りの中で――
「……」
美雪が、静かに口を開く。
「……聞いてたんだ」
一拍。
空気が、わずかに止まる。
「……総司くん」
やわらかく、名前を呼ぶ。
「はい」
総司が、素直に応じる。
「後で話そうね」
にこやかに。
逃げ場は、ない。
「……うん」
総司が、小さく頷く。
「……巻き込まれてんな」
晋作が、小声で呟く。
「ですね」
晴明も静かに同意する。
「……あの」
茜が、遠慮がちに口を開く。
「皆さん、お腹空いてませんか……?」
一拍。
「空いてる」
晋作が即答する。
「めちゃくちゃ空いてる」
「正直それどころじゃなかったからね」
総司が苦笑する。
「ええ」
晴明が、静かに頷く。
「消耗はしています」
「温泉で消耗ってどういうことよ」
セレナがツッコむ。
「精神的にだよ」
晋作が即返す。
「納得だわ」
セレナが、あっさり頷く。
「じゃあ」
美雪が、ふわりと微笑む。
「ご飯、行こっか」
その一言で。
空気が、自然に動き出す。
――食事処。
木の温もりを感じる、落ち着いた空間。
障子越しの柔らかな灯り。
湯上がりの身体に、ちょうどいい温度。
席に着くと――
次々と料理が運ばれてくる。
「……おお」
晋作が、思わず声を漏らす。
「いい匂いだな」
「美味しそう……」
茜が、身を乗り出す。
「ちょっと落ち着いて茜」
セレナが軽く笑う。
「まだ全部来てないわよ」
「すみません……!」
慌てて戻る。
やがて料理が揃う。
湯気を立てる小鍋。
白く濁った出汁の中で、野菜と鶏肉が静かに煮えている。
竹籠には、揚げたての天ぷら。
さらに――
関アジと関サバの刺身。
「いただきます」
総司が、静かに手を合わせる。
「いただきます」
全員の声が重なる。
「……うまっ」
晋作が、即座に言う。
「これ当たりだ」
「ほんとですね……!」
茜が、嬉しそうに頷く。
「軽いです……!」
「衣がいいね」
総司が、穏やかに言う。
「サクサクしてる」
「こっちもすごいわよ」
セレナが刺身を口に運ぶ。
「脂がちょうどいいわね」
「関アジですね」
晴明が、静かに補足する。
「名物です」
「詳しいのね」
「多少は」
そのやり取りの中で。
「……あったかい」
美雪が、小鍋を見つめる。
「ずっと温かいね」
「鍋だからね」
総司が苦笑する。
「そこに感動するんだ」
「だって……いいなって思って」
その流れで。
「でもさ」
晋作が、ふと思いついたように言う。
「美雪って、こういうの大丈夫なのか?」
一拍。
「……溶けたりしねぇの?」
「ちょっと待ちなさい」
セレナが即ツッコむ。
「その話、温泉でしてたでしょ」
「……あ」
晋作が止まる。
「マジか」
「マジよ」
セレナが腕を組む。
「完全に同じ流れだったわよ今」
「俺、今ループしてる?」
晋作が真顔で言う。
「してるわね」
セレナが即答する。
「怖っ」
晋作が引いたように言う。
「温泉で何か落としてきたんじゃない?」
セレナが肩をすくめる。
「記憶とか」
「やめろ」
晋作が即返す。
「取り戻してこい」
セレナが軽く笑う。
「どこに落ちてんだよ」
晋作が呆れる。
「脱衣所じゃない?」
セレナがさらっと言う。
「現実的すぎるわ」
晋作がツッコむ。
――その流れのまま。
「さっき何があったのよ」
セレナが、少し興味深そうに聞く。
「いや……」
晋作が、少し考えてから言う。
「氷が浮かんでた」
「言うな」
すぐに自分で否定する。
「トラウマだ」
「何それ」
セレナが笑う。
「別府来て温泉で氷って」
一拍。
「新しい地獄でも見つけたの?」
「やめろ」
晋作が即返す。
「それ“氷地獄”とか言うやつだろ」
「ちょうどいいじゃない」
セレナがニヤッと笑う。
「地獄めぐりの新名所よ」
「俺は展示物か!!」
晋作が叫ぶ。
「目玉枠ね」
セレナがさらっと言う。
「いらねぇよ!!」
「“実演型地獄”」
「やめろ!!」
「人気出そうね」
「出ねぇよ!!」
そのやり取りに――
「……ふふっ」
美雪が、小さく笑う。
「大丈夫だよ」
やわらかく言う。
「このくらいじゃ、溶けないから」
「……ほんとか?」
晋作が慎重に聞く。
「信用できねぇ」
「失礼だなぁ」
美雪が少し笑う。
「……でも」
少しだけ柔らかく。
「心配してくれたんでしょ?」
一拍。
「……まあな」
晋作が、少し視線を逸らす。
「だったら、ありがと」
その一言で。
空気が、少しだけ変わる。
「……いいね、こういうの」
総司が、ぽつりと呟く。
「……うん」
美雪が、小さく頷く。
笑いと。
食事と。
穏やかな時間。
そんな夜が、ゆっくりと流れていった。
――夜。
旅館の一室。
畳の上に、柔らかな灯りが落ちている。
風呂上がりの余韻が、まだ残っていた。
「はぁ〜……」
茜が、畳にごろんと倒れ込む。
「修学旅行みたいですね、これ……」
「分かる」
セレナが、くすっと笑う。
「完全にテンションおかしくなるやつ」
「もうなってます……」
茜が、顔を隠す。
「検証とか言ってた時点で……」
「検証よ、検証」
セレナが、にやっと笑う。
「まだ言う!?」
「ふふっ」
美雪が、小さく笑う。
「でも楽しかったよ」
「余裕ですね……!」
「むしろあの後が怖かったです……」
「氷?」
「氷です……」
三人、同時に笑う。
――その流れのまま。
「……ねぇ」
セレナが、にやっと笑う。
「せっかくだしさ」
一拍。
「全部ぶっちゃけない?」
「え」
茜が固まる。
「ええ!?」
「こういうのって夜じゃないとできないでしょ」
「いやいやいや!?」
「ほら、美雪から」
「!?」
いきなり振られる。
「ちょっと待って」
美雪が、少しだけ笑う。
「急すぎない?」
「いいからいいから」
セレナが押す。
「はい、どうぞ」
「……」
一拍。
そして――
「……好きだよ」
あっさり。
でも、はっきり。
「!」
茜、固まる。
「早っ」
セレナが笑う。
「迷いなさすぎでしょ」
「だって本当だし」
美雪が、少しだけ肩をすくめる。
「隠しても意味ないかなって」
「強いわね……」
セレナが、少しだけ感心する。
「でも」
美雪が続ける。
「まだ答えは出てない」
一拍。
「この先どうなるかとか」
「ちゃんと向き合えるかとか」
「……分かんない」
でも――
「それでも、隣にいたい」
静かに。
でも、まっすぐ。
「それが本音」
「……」
一瞬の静けさ。
「……いいじゃない」
セレナが、ふっと笑う。
「めちゃくちゃいいわよそれ」
「はい……!」
茜も、強く頷く。
「すごく素敵です……!」
「ありがと」
少し照れる。
――その瞬間。
「はい次」
セレナが切り替える。
「茜」
「えええええ!?」
逃げ場なし。
「無理です!!」
「無理じゃない」
「無理です!!」
「さっき人に言ったでしょ」
「うっ……」
詰む。
「ほら」
セレナがニヤニヤする。
「晋作のこと」
「やっぱりそこ!?」
「当然でしょ」
「……」
観念する。
「……楽しいです」
ぽつりと。
「一緒にいると」
「うんうん」
セレナが頷く。
「で?」
「で……」
顔が赤くなる。
「……気になります」
小さく。
「もっと知りたいって思います」
「はい十分」
セレナが即断。
「入口ね」
「入口です……」
茜、自己申告。
三人、笑う。
――そして。
「じゃあ次」
美雪が、ふっと笑う。
「セレナ」
「!」
今度はセレナ。
「……私は」
一拍。
「……まあ」
少しだけ視線を逸らす。
「頼りになるわよ」
「それだけ?」
美雪がニヤッとする。
「……それだけじゃない」
小さく。
「……ちゃんと見てる」
一瞬だけ。
本音が出る。
「へぇ」
美雪が笑う。
「言うじゃん」
「今のは忘れなさい」
「無理だよ」
「無理です」
即返し。
三人、笑い崩れる。
――そして。
笑いが少し落ち着いた頃。
「……いいね」
美雪が、ぽつりと呟く。
「こういうの」
「ええ」
セレナが頷く。
「悪くないわ」
「……はい」
茜も、小さく笑う。
――一拍。
美雪が、ふっと立ち上がる。
「……ちょっと行ってくるね」
「え?」
茜が顔を上げる。
「どこにですか?」
「……総司くんのとこ」
一瞬の沈黙。
そして――
「は?」
セレナ。
「え!?」
茜。
「今から!?」
「うん」
当たり前のように言う。
「話すって決めたから」
「いやちょっと待って!?」
「早くない!?」
「こういうのは勢いだよ」
美雪が、少しだけ笑う。
「……頑張ってください!!」
茜が、勢いで言う。
「報告待ってるわ」
セレナがニヤニヤする。
「やめてよそれ」
少し照れる。
そして――
「行ってくるね」
そう言って。
美雪は、静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる。
――残された二人。
「……行ったわね」
セレナが呟く。
「行きましたね……」
茜が頷く。
一拍。
そして――
「青春ね」
「青春ですね……」
二人は、同時に笑った。
夜は、まだ続いていた。
――その頃。
男子部屋。
畳の上。
湯上がりの空気が、まだ残っている。
「……」
「……」
「……静かだな」
晋作が、ぽつりと呟く。
「さっきまでが騒がしすぎたね」
総司が、苦笑する。
「ええ」
晴明が、静かに頷く。
「落差があります」
一拍。
「……にしてもよ」
晋作が、横を見る。
「さっきのあれ、何だったんだ」
「どれ?」
総司。
「氷だよ氷」
即答。
「温泉で氷って何だよ」
「確かに」
総司が頷く。
「なかなかない経験だね」
「なかなかじゃねぇよ」
晋作が即ツッコむ。
「一生ないわ普通」
「貴重ですね」
晴明。
「いらねぇよその貴重さ」
一拍。
「……しかもよ」
晋作が続ける。
「タイミングおかしくなかったか?」
「タイミング?」
総司が首を傾げる。
「俺が変なこと言った瞬間だったろ」
「……ああ」
総司が、少しだけ笑う。
「そうだね」
「確信犯じゃねぇか」
晋作、真顔。
「否定はできません」
晴明。
「やめろ」
「可能性が高いかと」
「だから言うなって!!」
一拍。
「……」
「……」
「……なぁ」
晋作が、ふっと口を開く。
「さっきの氷さ」
「うん?」
総司が見る。
「やっぱあれ、美雪の仕業だよな」
「……そうだね」
総司が苦笑する。
「ほぼ確定だと思う」
「だよな」
晋作が頷く。
そして――
少しニヤッと笑って。
「……あいつさ」
一拍。
「絶対、怒ると怖いタイプだろ」
「……」
「……」
「……」
「やめといた方がいいと思うよ」
総司が、やんわり言う。
「いやでもさ」
晋作が止まらない。
「ちょっとからかっただけで氷って――」
一拍。
「普通に怖ぇ女だよな」
ガチャ。
扉が、静かに開く。
「――誰が?」
一瞬で、空気が凍る。
入口。
そこに立っていたのは――
美雪だった。
「……」
にこやかに。
でも、目は笑っていない。
「……」
晋作、固まる。
「……今の無し」
小声で言う。
「遅いと思うよ」
総司が、苦笑する。
「非常に」
晴明も頷く。
「助けろよ!!」
――その瞬間。
ピキッ。
晋作の足元に、氷が走る。
「冷てぇ!!」
飛び上がる。
「来た!!今来た!!」
「当然の結果ですね」
晴明。
「実況すんな!!」
「……美雪ちゃん」
総司が、やわらかく声をかける。
「その辺で許してあげてくれるかな」
一拍。
「……」
美雪が、少しだけ総司を見る。
そして――
ふっと、表情を緩める。
スッ……
氷が消える。
「……助かった……」
晋作が、その場にへたり込む。
「生還だな」
「瀬戸際でしたね」
「お前ほんと他人事だな!!」
――そのまま。
美雪が、部屋の中へと入ってくる。
静かに。
そして。
「……総司くん」
やわらかく、名前を呼ぶ。
空気が、少し変わる。
「……少し、いいかな」
「……うん」
総司が、小さく頷く。
立ち上がる。
「……悪いね」
軽く振り返る。
「ちょっと席外すよ」
「おう」
晋作が、あっさり手を振る。
「行ってこい」
「ええ」
晴明も、静かに頷く。
「ごゆっくり」
「茶化すなよ」
総司が、少しだけ苦笑する。
「してねぇよ」
晋作が肩をすくめる。
「……たぶんな」
「してるね」
総司が、小さく笑う。
そのまま。
二人は、並んで部屋を出ていく。
扉が、静かに閉まる。
――残された二人。
「……」
「……」
一瞬の沈黙。
そして――
「……行ったな」
晋作が、ぽつりと呟く。
「ええ」
晴明が、静かに頷く。
「タイミングとしては、良い頃合いかと」
「……だな」
晋作が、軽く息を吐く。
「にしてもよ」
少しだけ、笑う。
「分かりやすいよな、あいつら」
「そうでしょうか」
晴明が、首を傾げる。
「かなり」
晋作が即答する。
「見てりゃ分かる」
「……なるほど」
晴明が、わずかに目を細める。
「では、順調ということですね」
「順調すぎて逆に怖ぇよ」
晋作が、ぼそっと言う。
「まあ」
一拍。
「悪い感じじゃねぇけどな」
「ええ」
晴明も、静かに言う。
「むしろ――良い流れかと」
「……だな」
晋作が、軽く笑う。
「たまには、こういうのも悪くねぇ」
「ええ」
晴明が頷く。
静かな部屋に。
ほんの少しだけ、穏やかな空気が残る。
二人は、それ以上は何も言わなかった。
ただ――
その先を、静かに見守るように。
夜の廊下。
静かな空気。
障子越しの灯りが、やわらかく揺れている。
「……ごめんね」
美雪が、少しだけ笑う。
「こんな時間に」
「いいよ」
総司が、やわらかく返す。
「約束だったし」
一拍。
少しだけ沈黙。
「……ここじゃ、ちょっと落ち着かないね」
総司が、周りを見ながら言う。
「……うん」
美雪も、小さく頷く。
「……せっかくだし」
総司が、やわらかく続ける。
「上の展望ゾーン、行かない?」
「……展望ゾーン?」
「夜景、綺麗だと思うよ」
一瞬。
そして――
「……行く」
美雪が、少しだけ笑う。
――
屋上の展望スペース。
夜風が、やさしく吹く。
街の灯りが、遠くまで広がっている。
静かで。
人の気配も、ほとんどない。
「……綺麗」
美雪が、ぽつりと呟く。
「うん」
総司が、隣で頷く。
「いい場所だね」
一拍。
静かな時間。
風だけが、二人の間を通り抜ける。
そして――
「……さっきの話」
美雪が、ゆっくり口を開く。
「ちゃんと、言いたくて」
視線を、まっすぐ向ける。
「総司くんのこと」
一拍。
「……好き」
静かに。
でも、逃げずに。
「……うん」
総司が、受け止める。
「……でもね」
美雪が続ける。
「総司くんが、この時代でどう生きていくのかとか」
「これからどうなるのかとか」
「……全部」
少しだけ笑う。
「ぐちゃぐちゃ」
その声が、少しだけ震える。
「それでも――」
一歩、近づく。
「隣にいたいって思う」
「……それが、今の気持ち」
その瞬間。
美雪の瞳が、わずかに揺れる。
きらりと光って――
一筋、涙がこぼれる。
「……」
総司が、そっとその表情を見る。
「……美雪ちゃん」
やわらかく呼ぶ。
そのまま。
そっと手を伸ばして――
頬に触れる。
指先で、涙をすくう。
「……泣くほどだったんだ」
小さく、優しく。
「……うん」
美雪が、少しだけ笑う。
「思ってたより……ずっと」
声が、かすれる。
「大事だったみたい」
一拍。
静かな夜。
「……俺も」
総司が、静かに言う。
「同じだと思う」
一歩、近づく。
「迷いもある」
「分からないこともある」
「でも」
まっすぐに。
「それでも、一緒にいたい」
その言葉に。
美雪の瞳が、さらに揺れる。
「……だから」
総司が、やわらかく言う。
「このまま、進もうか」
「……うん」
小さく。
でも、確かに頷く。
その瞬間――
そっと。
総司が、美雪を抱き寄せる。
驚く間もなく。
やさしく、包み込むように。
「……」
美雪も、少しだけ遅れて。
その背に手を回す。
「……あったかい」
ぽつりと。
小さく呟く。
「……そうだね」
総司が、やわらかく返す。
夜風の中。
二人の体温だけが、確かにそこにある。
少しして。
ゆっくりと、離れる。
でも――
距離は、もう元には戻らない。
「……よろしくね」
美雪が、やわらかく言う。
「うん」
総司が頷く。
「よろしく」
そのまま。
今度は自然に。
手を、繋ぐ。
夜の景色の中。
並んで立つ二人。
その距離は――
もう、迷いのものじゃない。
確かに。
――男子部屋。
障子が、静かに開く。
「……」
総司が、戻ってくる。
その瞬間。
「……」
「……」
視線が、刺さる。
「……おかえり」
晋作が、にやっと笑う。
「遅かったなぁ?」
「……」
総司、無言。
「どうでした?」
晴明が、さらっと聞く。
「結果は」
「早いよ」
総司が、苦笑する。
「まだ何も言ってないけど」
「嘘つけ」
晋作、即断。
「顔見りゃ分かる」
「え」
「分かるわ」
「分かりますね」
二人同時。
「……」
総司、詰まる。
「で?」
晋作が、前に身を乗り出す。
「どうなった?」
「いや、その……」
少し視線を逸らす。
「……普通に話しただけだよ」
「ほーん」
晋作が頷く。
「で?」
「……」
「で?」
「……」
「で?」
「しつこいな」
総司が苦笑する。
「当たり前だろ」
晋作が言う。
「こっちは命懸けで送り出してんだぞ」
「そんな大げさな」
「氷的な意味でな」
「やめて」
即答。
「トラウマなんだね」
「お前のせいだろ」
「僕じゃないよ」
「……」
一瞬の間。
「……で?」
晋作、戻る。
「どうなんだよ」
「……」
総司が、少しだけ息を吐く。
そして――
「……付き合うことになった」
一拍。
「……」
「……」
「……は?」
晋作、固まる。
「早くね?」
「展開が」
晴明が冷静に言う。
「予想より二段階ほど」
「分析すんな」
晋作がツッコむ。
「いやでもマジでか」
「……うん」
総司が、少しだけ笑う。
「ちゃんと話して」
「それで」
「……そうなった」
一瞬。
そして――
「ははっ」
晋作が、吹き出す。
「やるじゃねぇか」
「おめでとうございます」
晴明が、静かに言う。
「……ありがと」
総司が、少しだけ照れる。
「……にしてもよ」
晋作が、にやっと笑う。
「さっきまであんな顔してたやつがなぁ」
「どんな顔だよ」
「こんな顔」
適当な真似。
「絶対違うでしょ」
「でもよ」
晋作が、少しだけ真面目に言う。
「……いいじゃねぇか」
一拍。
「ちゃんと決めたなら」
「……うん」
総司が、小さく頷く。
「決めたよ」
その言葉に。
「ええ」
晴明が、静かに頷く。
「それで良いかと」
「……だな」
晋作も、軽く笑う。
「まあ」
一拍。
「冷やされない程度に頑張れよ」
「それやめて」
即答。
「ほんとにやめて」
三人の笑いが。
静かな部屋に、広がる。
――そして。
「……さて」
晴明が、静かに口を開く。
「明日は、地獄めぐりを兼ねた調査です」
「遊びじゃねぇからな」
晋作が、少しだけ真面目に言う。
「まあ半分は遊びだけどな」
「どっちですか」
「気分だ」
「適当だね」
総司が苦笑する。
「でも」
一拍。
「ちゃんと休んどかないとね」
「ええ」
晴明が頷く。
「万全の状態で臨むべきでしょう」
「……だな」
晋作が、軽く伸びをする。
「じゃ、そろそろ寝るか」
「うん」
総司が、やわらかく頷く。
灯りが、少しだけ落ちる。
騒がしかった夜が。
静かに、収まっていく。
――明日。
また、新しい一日が始まる。
繋がっていた。
――女子部屋。
障子が、静かに開く。
「……」
美雪が、戻ってくる。
その瞬間。暗かった部屋に電気がついた。
「……」
「……」
視線が、集まる。
「……ただいま」
何事もなかった様に自然を装う美雪
「遅かったわね」
セレナが、にやっと笑う。
「え、あ、その……」
「どうだったんですか!?」
茜が、前のめりになる。
「えっ、いや……」
「結果は?」
セレナ、即追撃。
「……」
一拍。
観念する。
「……付き合うことになった」
一瞬。
「……」
「……」
「……えぇ!?」
茜、爆発。
「ほんとですか!?」
「……いいじゃない」
セレナが、ふっと笑う。
「おめでとう」
「おめでとうございます!!」
茜が、ぱっと顔を輝かせる。
次の瞬間――
ぎゅっ。
「えっ」
左右から。
セレナと茜が、美雪を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと……!?」
「いいでしょ、これくらい」
セレナが、やわらかく言う。
「嬉しいんだから」
「ほんとに良かったです……!」
茜も、ぎゅっと抱きしめる。
その温もりに。
「……」
美雪の表情が、ゆっくりとほどける。
「……ありがと」
ぽつりと。
小さく呟く。
その瞬間。
瞳が、わずかに潤む。
「……」
こらえきれず。
一筋、涙がこぼれる。
「……え、ちょっ」
「泣いてるじゃない」
セレナが、少しだけ驚く。
「……ごめん」
美雪が、少しだけ笑う。
「なんか……」
一拍。
「思ってたより、嬉しくて」
声が、少し震える。
「……」
ぎゅっと。
二人に抱きつき返す。
「……背中、押してくれて」
「ありがと」
その言葉に。
「……当然でしょ」
セレナが、やわらかく言う。
「友達なんだから」
「はい……!」
茜も、しっかり頷く。
「応援しますから!」
三人の距離が。
一気に近くなる。
そして――
少しして。
「……にしても」
セレナが、ニヤッと笑う。
空気、切り替え。
「どこまで行ったの?」
「は!?」
美雪、固まる。
「何それ」
「いや普通に気になるでしょ」
「気になります……!」
「気にならなくていいよ!?」
「で?」
「で?じゃない!!」
「手は繋いだ?」
「……」
沈黙。
「繋いだんだ」
セレナ即断。
「言ってないでしょ!?」
「顔に書いてある」
「書いてない!!」
「え、じゃあ……」
茜が、おそるおそる。
「その……」
「……ハグとか……」
「……」
さらに沈黙。
「はい確定」
セレナ。
「確定ですね……!」
茜。
「やめて!!」
顔真っ赤。
「いやぁ〜」
セレナが、楽しそうに笑う。
「青春ね」
「青春ですね……!」
「ほんとやめて……」
美雪が、顔を覆う。
でも――
少しだけ、笑っている。
「……いいじゃない」
セレナが、ふっと言う。
「幸せそうで」
「……」
美雪が、少しだけ顔を上げる。
「……うん」
小さく、頷く。
「……幸せ」
その一言に。
「……よかったです」
茜が、やわらかく笑う。
「……ええ」
セレナも、静かに頷く。
一拍。
そして――
「……さて」
セレナが、軽く伸びをする。
「明日は地獄めぐりでしょ?」
「調査もありますし……!」
茜が頷く。
「そろそろ寝ましょうか」
「……うん」
美雪が、小さく頷く。
灯りが、少し落ちる。
笑いと。
涙と。
温もりを残して。
夜は、静かに更けていった。
8話 完
第8話をお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
初のギャグ回を描いてみましたごお楽しみいただけたでしょうか?
ぜひご感想などいただけると幸いです。
次回は4月5日10時頃公開予定です。




