65話 思惑が交差する蓬莱編Ⅶ
悪魔と堕天使の大群が、晋作、恒一、茜、千代女、海斗、海鈴の六人に襲いかかる。
四方から押し寄せる異形の群れに対し、六人はそれぞれ武器を振るい、敵を一体ずつ確実に撃破していく。しかし、倒しても倒しても新たな敵が現れ、その勢いは衰える気配すらなかった。
晋作
「こりゃぁキリがねぇな……茜! 五月雨はやれるか?」
茜
「規模を縮小できればね! ……この部屋、割と広いけど、流石に五月雨は放てないよ。それに、味方に誤射しそう……」
晋作
「やっぱりキツイか……」
広範囲を攻撃できる茜の五月雨であっても、この状況では味方を巻き込む危険が大きい。迂闊に放つわけにはいかなかった。
そのとき、千代女が神楽へと声をかける。
千代女
「神楽さん、さっきの光の壁みたいな結界って、まだ展開できる?」
神楽
「えぇ、可能です。ですが、敵の大型の槍による攻撃には耐えられないでしょう」
千代女
「十分よ! 一旦、相手との距離を取るから、合図したら展開して!」
神楽
「分かりました!」
千代女は恒一へと視線を送り、短く合図を送った。
恒一はその意図を察すると、腰に手を回し、一本の巨大な苦無を引き抜く。
それは、通常の苦無とは比較にならないほど長大な両刃の忍具だった。幅広の刀身は鋭利に研ぎ澄まされ、柄の末端には忍具特有の環状金具が備えられている。
千代女
「恒一君! ここは木の内部だから、炎は使わないようにね!」
恒一
「分かってます!」
藤原広嗣
「させんよ!」
広嗣が手をかざすと、青黒い炎をまとった悪魔たちが次々と姿を現した。新たに呼び出された敵は、いずれも邪神の力によって強化されている。
その数は、先ほどまでとは比べものにならなかった。
恒一
「オン・マリシエイ……ソワカ……」
恒一が小さく真言を唱える。
すると、手にした大苦無がぼんやりと光を帯び始めた。
恒一
「――霧隠流・断空刃!!」
鋭い掛け声とともに、恒一は大苦無を力強く振り抜いた。
次の瞬間、刀身から放たれた斬撃が敵の群れを切り裂く。
前方にいた悪魔たちは、反応する間もなく次々と両断され、押し寄せていた最前線に大きな空間が生まれた。
千代女
「神楽さん、今よ!」
その声を合図に、神楽が両手を掲げる。
直後、六人の周囲を包み込むように、光り輝く防御壁が展開された。
千代女
「今のうちよ!」
晋作、茜、海斗がすかさず動き、結界の内側に残っていた敵を片付けていく。
最後の一体が倒れると、千代女は周囲を見渡し、小さく息をついた。
千代女
「とりあえず、こっちの安全は確保したわね!」
藤原広嗣
「何をするかと思えば、同じことを……芸のない奴らよ。そちらの男の技には驚かされたが、所詮は暗殺や偵察の技術しか持たぬ者たちよ……」
千代女
「そうかしら? まだ序章……演目はここからよ?」
藤原広嗣
「ならば、その演目をぶち壊すまで!」
広嗣が再び手を掲げると、さらに多くの悪魔や堕天使が召喚される。
千代女
「芸がないのはあなたの方ね……ずっと同じことばかり」
晋作
「千代女……援護するから、思いっきりやれ!」
千代女は口元に笑みを浮かべた。
千代女
「言われなくても! それじゃあ行くわよ!」
千代女は両手を構え、口寄せの術を発動させる。
千代女
「――忍法口寄せ! 血の盟約に従い、災いを押し流す清浄の飛沫を上げ、雷鳴を轟かせよ!」
詠唱が終わると、千代女の足元にマントラの陣が浮かび上がった。
陣から溢れる光が強まる中、千代女はゆっくりと二つの名を呼ぶ。
千代女
「……水霊蛇……雷霊蛇」
陣の中から、二匹の巨大な蛇が姿を現した。
一匹は白く澄んだ鱗を持ち、瞳は清らかな水のように透き通っている。
もう一匹は黒い鱗に覆われ、その全身には金色の稲光を思わせる模様が走っていた。
ミズチ
「お久しぶりですね、望月千代女。何年ぶりかしら?」
千代女
「この時代から数えると、ざっと六百年ほどかしら?」
イカヅチ
「我らが同時に呼ばれるということは、それだけ切迫した状況にある……そういう認識で相違ないな?」
千代女
「えぇ。あなたたちの力を借りないと、この敵の数は厳しいからね! 一掃してくれないかしら?」
ミズチ
「なら、いつも通り私からね!」
ミズチの瞳が淡く光る。
すると、敵の足元に澄み切った水が流れ始めた。
水は瞬く間に広がり、悪魔や堕天使たちの腰の高さにまで達すると、渦を巻きながら激しい流れを生み出す。
足を取られた敵は次々と渦に飲み込まれ、身動きが取れなくなっていった。
イカヅチ
「外ではないから雲はない……か。ならば、潜るまでよ……」
そう言うと、イカヅチは身を翻し、水の渦へと飛び込んだ。
直後、水中で金色の模様がまばゆく輝く。
イカヅチの全身から放たれた雷撃が、渦の中を駆け巡った。
海鈴
「すごい……敵が一瞬で……」
晋作
「あれだけ澄んだ水じゃ、電気は通さねぇ気がするが……」
ミズチ
「よくご存じですね、高杉晋作。通常なら、その通りです。ですが、私は水神でもありますので、水に含まれる物質を調整することもできます。今回、水の中に含ませているのは……」
晋作
「金属か……!」
ミズチ
「ご名答! 極めて微細な金属を多く含ませているのです」
晋作
「なるほどな……。それにしても、水神級と雷神級の蛇を同時に扱えるとは……いや、もう龍と言った方がいいか」
晋作は二匹の巨体を見上げ、感心したように呟く。
晋作
「それに、こっちに被害が出ねぇよう、神楽に防御壁を張らせてる……。流石だな」
千代女は微笑みながら、渦の中心へと視線を向けた。
千代女
「そろそろね……」
やがて、渦の中心からイカヅチが姿を現す。
その周囲に巻き込まれていた敵は、すでに一体も残っていなかった。
イカヅチの放電が止まる。
荒れ狂っていた渦は次第に穏やかさを取り戻し、やがて水は、何事もなかったかのように静かに引いていった。
その様子を見届けた晋作は、浮遊して攻撃を回避していた広嗣へと視線を向ける。
晋作
「そろそろ詰みじゃねぇのか? 手下どもは壊滅したぜ?」
藤原広嗣
「ここまで一掃されるとはな……。ならば、儂自身がお前たちに手を下すしかなくなったか」
広嗣は両腕を広げ、天井にまで響き渡るような声で叫んだ。
藤原広嗣
「邪神・蘇我入鹿様! 我らの悲願を達成するため、我に力を与えたまえ!」
その言葉に呼応するかのように、周囲の壁、床、天井から、炎のような青黒いオーラが噴き出した。
それらは一斉に広嗣へと集まり、その身体を包み込んでいく。
茜
「まだ、こんな力を取り込むの!?」
海鈴
「こんな状況なのに……守ってもらうばかりで、私には何も……」
海鈴は悔しそうに拳を握り締めた。
その隣で、海斗は刀を構え直す。
青黒い力をまとった広嗣は、ゆっくりと地上へ降り立った。
次の瞬間、全身を包んでいたオーラが、青黒い閃光とともに弾け飛ぶ。
そこに立っていた広嗣の額には、二本の角が生えていた。
そして、その手には一本の巨大な太刀が握られている。
茜
「まるで鬼……それも、修羅や羅刹のような上位の鬼……!」
晋作
「晴明がいたら、今頃解説してそうだな……」
藤原広嗣
「この力……素晴らしい! 流石は蘇我入鹿様!」
広嗣は手にした太刀を確かめるように握り直すと、結界の奥にいる一同を真っ直ぐに見据えた。
晋作
「気をつけろ! 来る……!」
その警告が終わるよりも早く、広嗣の姿が動いた。
次の瞬間、凄まじい衝撃が光の防御壁を襲う。
結界は一撃で砕け散り、広嗣が振るった巨大な太刀が、六人をまとめて薙ぎ払った。
「ぐあっ!!」
全員が吹き飛ばされ、床へと叩きつけられる。
ミズチとイカヅチも衝撃に巻き込まれ、巨体を弾き飛ばされた。
さらに、背後にあった祭壇までもが破壊され、瓦礫が周囲へと飛び散る。
神楽
「いけません……神器が!!」
神楽が叫ぶ。
しかし、その声が響くよりも早く、広嗣は崩れた祭壇へと歩み寄っていた。
瓦礫の中から伸びる一振りの剣。その柄を、広嗣は迷いなく掴み取る。
藤原広嗣
「おぉ……これがアマミキヨの神器! 海尊ノ剣!!」
広嗣は手にした剣を見つめ、歓喜の声を上げた。
海斗はよろめきながらも立ち上がり、刀を広嗣へと向ける。
海斗
「その神器を返せ!!」
藤原広嗣
「今更、お前に何ができる? ……まぁいい。この剣の力を試すには、ちょうどいい相手か」
晋作
「海……斗、避け……ろ……!」
晋作は身体を起こそうとするが、衝撃で思うように動けない。
海斗
「今、立ち向かわないで何になる!」
海斗は刀を構え、広嗣へと踏み込もうとした。
広嗣は海尊ノ剣を軽々と振るう。
その剣が弧を描いた瞬間、軌道に沿って斬撃が生じた。
放たれた斬撃は海斗を直撃し、その身体を大きく吹き飛ばす。
海鈴
「海斗!!」
藤原広嗣
「まだ扱いが難しいか……。それとも……」
広嗣は海尊ノ剣を見下ろし、わずかに首を傾げた。
藤原広嗣
「いずれにしろ、海斗はこれで死んだ。次はお前たちだ!」
瓦礫が積み重なり、砂煙が立ち込める中、不意に声が響いた。
海斗
「勝手に俺を殺すなよ……まだ生きてるぞ!」
藤原広嗣
「ほぉ……あの威力の攻撃に耐えるか。力は凄まじいが、まだ正確に制御できていないということか」
砂煙の向こうから、海斗がゆっくりと姿を現した。
身体には傷が刻まれ、足取りも決して軽くはない。それでも、海斗は倒れることなく、広嗣を真っ直ぐに睨みつけていた。
そのとき、広嗣の視線が海斗の右腕へと向けられる。
そこには、かすかな光を放つ模様が刻まれていた。
藤原広嗣
「その模様は何だ! 以前には刻まれていなかったはずだ! なぜお前が加護を!?」
海斗
「お前が知る必要のないことだ!」
藤原広嗣
「そうか……城間宗玄……奴から譲り受けたか……」
広嗣は何かを理解したように呟くと、神楽へと視線を向けた。
藤原広嗣
「神楽よ、ますますお前は先が見通せないと見える! この状況、海斗が加護を持っているのなら、海斗に海尊ノ剣を持たせればよかったものを……」
広嗣は手にした海尊ノ剣を掲げ、不敵に笑う。
藤原広嗣
「だが、その海尊ノ剣も今は儂が持っている。海斗を倒すか、捕らえている他の長たちから加護を奪えばいいだけの話だ……」
言い終えるや否や、広嗣は海斗へと向かって地を蹴った。
凄まじい速度で距離を詰め、左手に持った太刀を振りかざす。
その一撃が海斗へと振り下ろされた、まさにその瞬間――。
晋作・茜
「LINK!!」
二人の声が重なった。
直後、大きな鈍い金属音が響き渡り、激しい砂埃が巻き上がる。
広嗣の太刀は、一本の刀によって受け止められていた。
藤原広嗣
「速いではないか……! そんな力を隠し持っていたとはな!」
砂煙の中から姿を現したのは、晋作だった。
晋作
「やらせるかよ……。お前の相手は俺たちだ……!」
そう言い放つと、晋作は左手に握った拳銃を広嗣へと向け、至近距離から引き金を引いた。
銃声が響く。
放たれた弾丸は広嗣の脇をかすめ、ジュッという音とともに、その身をわずかに削り取った。
晋作
「チッ、外したか……!」
藤原広嗣
「危ない危ない……。その弾丸も浄化の力を持つのか。喰らえば致命傷になりかねんな……」
広嗣は脇をかすめた弾丸の威力を確かめるように目を細める。
藤原広嗣
「だが、当たらなければどうということはない!」
広嗣が再び手を掲げると、悪魔や堕天使たちが次々と姿を現した。
茜
「まだ呼び出すの!?」
藤原広嗣
「お前たちは物量戦を苦手としているように見える。ならば、その物量の優位性を利用しない手はなかろう」
晋作
「確かに……俺が同じ立場なら、そうするな」
茜
「元奇兵隊総督として、戦場を見るとそういうことね……」
藤原広嗣
「お前も軍を率いていた側の人間か? ならば分かるだろう! どうすれば戦に勝てるか……。儂の場合は、戦に負けたがな……」
晋作
「俺も大政側に牙を剥いた人間だ。その時その時で、最善と思える手段を選んできたつもりだからなぁ」
藤原広嗣
「ならば分かるだろう! 儂の、我らの無念が! 怨念が! 同じ立場にいた者同士なら、恨みも理解できるはずだ!」
広嗣の声には、長きにわたって積もり続けた憎悪が滲んでいた。
だが、晋作はその言葉に同調することなく、鋭い眼差しを向ける。
晋作
「勘違いすんじゃねぇよ。俺たちは大政をひっくり返した側の人間だ! 幕府に、徳川に……信じた未来を、志を貫いて、大政奉還へと導いた側だ!」
晋作は刀を構え直し、広嗣を見据えた。
晋作
「劣勢だったが、それでも志を貫き通した! 俺は志半ばで病に倒れ、その先のことは知らねぇ……。だが、この時代に来て歴史を知り、世の中がどうなったのかを知ることができた。後の世をこの目で知れたことは、光栄だぜ?」
一瞬だけ、晋作の表情が和らぐ。
しかし、すぐにその眼差しは鋭さを取り戻した。
晋作
「怨みつらみでいっぱいのお前と一緒にすんじゃねぇよ! ……まぁ、少しも同情できねぇわけじゃないがな」
藤原広嗣
「勝った側か……。儂もそうなっていたかもしれぬな……」
広嗣は静かに呟き、手にした太刀と海尊ノ剣を構えた。
藤原広嗣
「……根本的に相容れなかったか」
晋作
「千代女、恒一。周りの奴らを頼んでいいか?」
千代女
「分かったわ! ミズチ、イカヅチ、まだ行けそう?」
ミズチ
「我は問題ない!」
イカヅチ
「この程度で音を上げていたら、雷神など名乗っていない。いつでも暴れられるぞ」
二匹の大蛇は、それぞれ力強く応じた。
恒一も黙って頷き、再び大苦無を構える。
晋作
「海斗、手負いのところ悪いが……。なるべく敵をそっちに行かせないようにする。だが、神楽と海鈴を頼むぞ」
海斗
「守り抜いてみせる!」
その力強い返答に、晋作は口元を緩めた。
晋作
「いい面構えになったな!」
そして、改めて広嗣へと向き直る。
晋作
「茜! 俺たち二人で奴をやるぞ! 援護を頼む!」
茜
「うん!」
二人は並び立ち、迫り来る敵と、海尊ノ剣を手にした藤原広嗣を見据えた。
晋作
「茜、もう一度やるぞ……」
茜
「うん! いつでも!!」
晋作・茜
「LINK!!」
二人の声が重なった瞬間、神々しい光が全身を包み込んだ。
互いの絆が共鳴し、その力が同調していく。
二人の身体には天野羽衣が顕現し、纏った装束が淡い輝きを放つ。晋作の刀と拳銃、茜の弓と矢。それぞれの武器に、邪なる力を祓う浄化の力が宿っていった。
先手を取ったのは晋作だった。
素早く拳銃を構え、藤原広嗣へ向けて発砲する。
広嗣は弾丸の軌道を見極め、身を翻して回避した。
だが、それは茜の狙い通りだった。
茜
「そこっ!」
広嗣が避けた先へ、茜の放った矢が迫る。
広嗣は右手に握った海尊ノ剣を振るい、矢を撃ち落とした。
しかし、その直後にはすでに晋作が間合いを詰めていた。
晋作
「もらった!」
和泉守兼定による鋭い斬撃が、広嗣へと襲いかかる。
広嗣は左手の大太刀を掲げ、その一撃を受け止めた。
甲高い金属音が響き渡る。
だが、刃が交わった瞬間、広嗣の大太刀を覆っていた青黒い炎が浄化の光に呑まれ、瞬く間に消し飛んだ。
藤原広嗣
「……っ!」
広嗣はすぐさま距離を取り、二人を見据える。
晋作と茜は互いの動きを読み合いながら、攻撃の手を緩めない。銃撃と矢によって広嗣の動きを制限し、隙が生まれれば晋作が斬り込む。
広嗣も二振りの剣を操り、巧みに攻撃を捌いていく。
その激しい攻防を、神楽は静かに見守っていた。
一方、別の場所では千代女が恒一へと声をかけていた。
千代女
「恒一君! 私たちも! 一気に行くよ!」
恒一
「了解です!」
千代女・恒一
「LINK!!」
二人の身体もまた、絆の力が生み出す光に包まれた。
同時に、その力は千代女と盟約を結ぶミズチとイカヅチにも伝わっていく。
ミズチ
「この力は……なんと温かい……」
イカヅチ
「これが二人の絆の力……」
千代女
「ミズチ、イカヅチ、もう少しお願いね!」
ミズチ
「問題ないわ! 血の盟約は交わしているけれど、千代女は私の友。私にとっては親友と同じですから、当然よ!」
イカヅチ
「我とて同じよ! そこの坊主、我に乗れ!」
恒一
「坊主!?」
イカヅチ
「千代女に相応しい男かどうか、お前の力を見せてもらうぞ?」
恒一
「御意!」
恒一は即座にイカヅチの背へと飛び乗った。
恒一
「イカヅチ様、敵の間を雷撃を放ちながら縫うように進んでください! 数を減らしましょう!」
イカヅチ
「ほぉ? 考えがあるようだな?」
恒一
「はい、多少は……」
イカヅチ
「ならば結構! 行くぞ!」
イカヅチは身をくねらせ、敵の群れへと突進した。
金色の雷撃を周囲へと放ちながら、悪魔や堕天使の間を縫うように駆け抜けていく。
その背で、恒一は大苦無を構えた。
恒一
「霧隠流……摩利支天秘奥義・八方霧刃!!」
イカヅチの動きに合わせて、周囲に濃い霧が生じ始める。
霧に包まれた敵は、視界を奪われ、周囲の状況を把握できなくなった。
次の瞬間、霧の中から無数の斬撃が襲いかかる。
前方から、背後から、そして左右から。
四方八方より繰り出される斬撃が、敵の身体を次々と切り刻んでいった。
イカヅチ
「ほぉ! 我の雷撃に合わせてくるとは、やるではないか!! 面白い! このまま続けるぞ! しっかり合わせろよ!」
恒一
「はい!」
イカヅチと恒一は互いの動きを瞬時に読み取り、雷撃と斬撃を織り交ぜながら敵を次々と撃破していく。
その息の合った連携を見て、千代女は感心したように笑った。
千代女
「あの二人、息ぴったりね!」
ミズチ
「そのようね! 私たちも負けてはいられないわ!」
千代女
「えぇ、そうね!」
ミズチは大きく口を開くと、圧縮した水を敵の群れへ向けて横薙ぎに吐き出した。
凄まじい勢いで放たれた水流が、悪魔や堕天使たちをまとめて薙ぎ払う。
水流に触れた敵は、その鋭い圧力によって瞬時に両断されていった。
千代女
「こんなにあっさり真っ二つに切れたっけ……?」
千代女は目を丸くして、ミズチを見上げる。
ミズチ
「私も驚いているわ。おそらく、あなたたちの絆の力ね!」
そう言うと、ミズチは千代女へと優しい眼差しを向けた。
ミズチ
「良い人たちに巡り会えたのね?」
千代女
「まぁ……そんなところかな?」
千代女は少し照れくさそうに笑い、それから気を取り直すように前を向いた。
千代女
「私たちも負けてられないわよ!」
ミズチ
「そうね!」
二人もまた、迫り来る敵の群れへと立ち向かっていった。
その戦いを見つめていた神楽は、感慨深げに呟いた。
神楽
「これが……絆の力……」
神楽は視線を移し、海斗と海鈴を見た。
神楽
「海鈴、海斗……二人とも、こちらへ」
神楽は二人を、破壊された祭壇のそばへと導いた。
海鈴
「神楽様?」
神楽
「まずは海鈴。あなたにも、神々の加護を譲渡します」
海鈴
「えっ? それでは、神楽様は加護を使えなくなるのでは……?」
神楽
「仮にそうなったとしても、私は構いません。ですが、今回の件で長の一人が命を落としました。加護を譲渡しないまま、その継承者が命を落とした場合、その加護は私のもとへ戻ってくるのです。ですから、その加護をあなたに委ねます」
海鈴
「……」
神楽
「さぁ、時間がありません。手を出してください」
海鈴は戸惑いながら、海斗と神楽の顔を見比べた。
二人は静かに頷く。
それを見て、海鈴も覚悟を決め、神楽へと腕を差し出した。
神楽
「神々の加護よ。ここに新たな継承者を、我、神凪神楽が認めん。この者を今より新たな導き手とし、力を与え給え」
神楽の言葉に呼応するように、海鈴の腕が淡い光を放つ。
やがて、その肌に海斗とは異なる紋様が浮かび上がった。
神楽
「これであなたも、神々の加護の力を使えるでしょう」
海鈴
「待ってください、今……ご自分の苗字を、神凪と……」
神楽
「隠し通せるとは思っていませんでしたが、やはり気づきましたね」
神楽は静かに微笑んだ。
神楽
「私は神凪かぐやの子。そして、あなたと海斗は、神凪かぐやの双子の妹である神凪かるらの子孫なのです」
海斗
「ってことは……」
神楽
「はい。私たちは親戚に当たります。……ずいぶんと遠い親戚ですけれどね」
海鈴
「でも……もう一人の子は、神々が月へ連れ帰ったって……伝承には……」
神楽
「伝承では、そうなっています。しかし、それはその子を守り、普通のこの地の人として生活できるように、当時の人々が書き換えた部分なのです。実際には、ニライカナイで大切に育てられたと聞き及んでおります」
海斗
「そんなことが……」
神楽
「神凪の姓を名乗る者は、今やあなたたち二人と私だけ……。豊穣の天女の直系に当たる者だけが、その名を受け継いでいるのです」
二人は、明かされた真実に息を呑んだ。
自分たちの血筋が、ニライカナイの神話にまでつながっていた。その事実は、容易には受け止めきれないほどの重みを持っていた。
神楽はそんな二人を見つめながら、続けて口を開いた。
神楽
「海鈴、あなたにはこれをお渡しします」
そう言って、神楽は壊れた祭壇から一本の杖を取り出した。
錫杖を思わせるその杖を、海鈴へと差し出す。
神楽
「これは、豊穣の天女が使っていたものです。『潮望の杖』といいます。神々の加護の力を高め、自然を操ることも可能にするものです」
神楽は海鈴の目を見つめ、穏やかな口調で続けた。
神楽
「本来の目的とは異なりますが、人や仲間を守るために使うのもよいでしょう」
海鈴
「私が……?」
神楽
「海鈴、あなたは今回の件で多くのことを見聞きし、外の世界との交流も果たしました。その経験をしたあなたなら、きっと潮望の杖を扱えるでしょう」
神楽は杖を見つめた。
神楽
「豊穣の女神が使用していたものですから、このニライカナイ由来の神器とは異なりますが、月読命の神器であることは確かです」
海鈴
「そんな……私は……」
神楽
「大丈夫です。自信を持ちなさい」
海鈴は戸惑いながらも、差し出された潮望の杖を受け取った。
その瞬間、杖の中央に据えられた宝玉が淡く輝き始める。
神楽
「やはり……あなたに反応しています。この潮望の杖は、あなたのものです!」
海鈴は宝玉を見つめ、ゆっくりと杖を握り直した。
神楽は続いて、海斗へと視線を向ける。
神楽
「海斗、あなたはこのニライカナイの行く末を、これから左右する選択を迫られることになります」
海斗
「ニライカナイの行く末を左右する選択……?」
神楽
「そうです。これまでの生活で得た経験、そして今回、皆さんと共に過ごす中で感じたこと。それらを踏まえ、自分なりの答えを出してください」
神楽はそこで言葉を切り、静かに海斗を見つめた。
神楽
「今は、それしか言えません」
そして神楽は、二人に古びた木箱を差し出した。
神楽
「最後に、二人にはこれも……」
海斗と海鈴が木箱を開くと、中には一組のネックレスが収められていた。
一つには波の紋様と珊瑚の形が刻まれ、もう一つには大地と木々の形が刻まれている。
神楽
「二つを重ねてみてください」
二人はそれぞれのネックレスを手に取り、並べるように重ね合わせた。
すると、大地と木々を囲むように海が広がる、一つの紋様が浮かび上がった。
海斗
「これって……」
神楽
「月読命からの物です。私は先程までのお二人を見て、貴方方にお渡しする物だと確信しました。これは二人の兄妹の絆に応える時が来るでしょう」
神楽は二人の手元を見つめ、穏やかに微笑んだ。
神楽
「それが今なのか、それとも先なのか……私にも分かりません」
そう言いながら、神楽は大地のネックレスを海鈴の首に、海を象ったネックレスを海斗の首にかけた。
神楽
「私からのお守りだと思ってください」
そのときだった。
千代女
「海斗君、ごめん! そっちに二体行った!!」
千代女の叫び声に、海斗は即座に振り返った。
迫り来る敵を確認すると、刀を構え、迷わず斬りつける。
一体を斬り伏せた直後、もう一体が海斗へと爪を振りかざした。
しかし、その爪が届く寸前――。
突如として風が吹き荒れ、敵の身体を大きく吹き飛ばした。
海斗
「今のって……?」
海鈴
「海斗が危ない! って思ったら、杖と加護が働いて……」
海鈴は手にした潮望の杖を見つめ、驚いたように呟いた。
神楽は、二人のやり取りを微笑みながら見守っていた。
その首元で、二つのネックレスが淡い光を放ち始める。
まるで、二人の絆に応えるかのように――。
遠目から神楽の動きを追っていた藤原広嗣は、彼女が海鈴に手渡した杖に気づいた。
藤原広嗣
(……他にも神器があるのか)
広嗣が一瞬、神楽たちへと意識を向けた、その隙を晋作は見逃さなかった。
晋作
「よそ見してんじゃねぇよ!!」
銃声が響く。
放たれた弾丸は広嗣の左肘を正確に貫いた。浄化の力が炸裂し、肘から先の一部が光とともに消し飛ぶ。
しかし、広嗣は動じなかった。
失われた左腕は、瞬く間に再生していく。
藤原広嗣
「俺が不死だってこと、忘れたか?」
広嗣は右手に握った海尊ノ剣を振るい、晋作へと斬りかかる。
晋作は和泉守兼定を巧みに操り、その一撃を受け流した。
晋作
「不死ってのは厄介だな……。しかも、再生が早い」
藤原広嗣
「お前らに儂を倒すことはできん!」
余裕を取り戻した広嗣が、再び海尊ノ剣を構える。
そのとき、二人の戦いを見守っていた神楽が声を上げた。
神楽
「いえ、一つだけ方法が!! 高杉さん! まずは海尊ノ剣を!!」
晋作
「そんじゃあ話は早い! 茜!」
茜
「うん!」
茜は弓を引き絞り、一本の矢に霊力を集中させる。
狙いを定め、広嗣へ向けて矢を放つ。
さらに間髪入れず、もう一本の矢を真上へと射放った。
藤原広嗣
「そんなもの、今更通じると?」
広嗣は迫り来る矢を見据え、海尊ノ剣を構える。
しかし、矢は広嗣へ届く直前、突如として五本に分かれた。
四方から襲いかかる矢に、広嗣は咄嗟に身を翻して回避する。
だが、そのうちの一本が左足に命中した。
浄化の力が炸裂し、広嗣の左足が光の粒子となって消滅する。
藤原広嗣
「……っ!」
広嗣はすぐさま再生を始め、体勢を立て直そうとする。
しかし、その直後だった。
真上へ放たれたもう一本の矢もまた、五本に分身し、頭上から広嗣へと降り注ぐ。
藤原広嗣
「小賢しい……!」
広嗣は海尊ノ剣を振るい、迫り来る矢を次々と叩き落とした。
その一瞬の隙を、晋作は見逃さなかった。
新陰流の足捌きで一気に間合いを詰める。
和泉守兼定を振るい、浄化の力を帯びた斬撃を飛ばしながら、広嗣へと迫った。
狙いは、海尊ノ剣を握る右手。
晋作は下段から鋭く刀を斬り上げる。
広嗣は海尊ノ剣を構えて斬撃を受け止めた。
だが、晋作の狙いは一撃で斬り伏せることではなかった。
すかさず刀の角度を変え、刃を滑らせるようにして、海尊ノ剣の鍔へと引っ掛ける。
そのまま刀を上段から下段へと振り下ろした。
刃が鍔を捉えたまま勢いよく引き下ろされ、広嗣の手から海尊ノ剣が弾き飛ばされる。
藤原広嗣
「なっ……!?」
晋作は刀を振り抜いた勢いを利用し、海尊ノ剣を海斗のいる方向へと弾き飛ばした。
広嗣は体勢を立て直すと、左手に握っていた大太刀へ邪神の力を流し込んだ。
青黒い炎が刀身を覆い、禍々しい光を放つ。
広嗣はその大太刀を両手で握り直すと、晋作へと斬りかかった。
藤原広嗣
「消し飛べ!!」
渾身の一撃が振り下ろされる。
晋作は和泉守兼定を構え、その斬撃を正面から受け止めた。
刃と刃が交差した瞬間、青黒い炎が激しく揺らぐ。
そして、刀身に宿っていた邪神の力が、浄化の光によって一気に消し飛んだ。
藤原広嗣
「何っ!?」
晋作は広嗣の動きを押し返し、素早く間合いを取る。
広嗣もまた距離を取り、周囲を見渡した。
海尊ノ剣は、すぐ近くにある。
だが、そこへ向かおうとするたびに茜の矢が飛来し、広嗣の進路を阻んでいた。
茜
「そう簡単には近づかせないよ!」
藤原広嗣
「小癪な……!」
そのとき、神楽が声を張り上げた。
神楽
「今です! 海斗、海尊ノ剣を!!」
海斗
「分かった!」
海斗は神楽の言葉に促され、海尊ノ剣の柄へと手を伸ばした。
指先が柄に触れた瞬間――。
目の前が、まばゆい白に染まった。
海斗
「ここは……?」
気がつくと、周囲の景色は一変していた。
上下の境界さえ曖昧な、果てしなく白い世界。
そこには何もなく、ただ静寂だけが広がっていた。
???
「神凪海斗……」
背後から、声が響いた。
海斗は驚いて振り返る。
そこには、人の形をした白い影のような存在が立っていた。
海斗
「あなたは……?」
???
「ある者の意思、とでも言っておこうか」
海斗
「ある者の意思……?」
???
「率直に聞こう。お前は、何のために力を求める?」
海斗
「俺が力を求めたって?」
???
「海尊ノ剣を手に取った。ということは、力を求めていたということだ」
海斗
「そりゃあ……敵を倒せるなら、その方がいいに決まってるだろ」
???
「敵を倒した後はどうする? 王になるのか? 支配するのか? 征服するのか? 望む力を与えよう!」
海斗
「そんなこと、思っちゃいない!! 姉さんを、仲間を、みんなを守りたいだけだ!」
???
「海尊ノ剣は絶大な力を持つ、唯一無二の剣。他の神話で言うなら、天叢雲剣やロンギヌスの槍に肩を並べる神の剣だ。世界を支配することさえ可能となる」
白い影は、海斗を試すように問いかけた。
???
「もう一度聞く。海斗、お前は何を望む? 支配か、私欲か、それとも破壊か? 恨みを晴らすためか?」
海斗
「……」
???
「さぁ、答えろ。神凪の姓を継ぐ者よ」
海斗はしばらく黙り込んだ。
やがて、まっすぐに白い影を見据え、口を開く。
海斗
「この剣を持つ意味が……私欲や支配、恨みを晴らすための力を手に入れることなら……」
???
「そのための力なら?」
海斗
「俺は……要らない」
???
「要らないだと? 世界を牛耳ることができるのだぞ!?」
海斗
「あぁ、確かに……恨みがないわけじゃない。この島が戦場になった元凶に対してはな……」
海斗は拳を握り締めた。
海斗
「でも、それで誰かを支配したり、傷つけたりするつもりはない」
???
「だったら、なぜだ? この力を使えば恨みを晴らせるぞ。その後、世界を支配することも可能だ!」
海斗
「あぁ……そうだな。だが、必要ない」
海斗は一歩、前へと踏み出した。
海斗
「自分の力で、今の状況を打開してやるよ! 姉さんを、みんなを、この島を……今の状況から守ってみせる!」
その声には、揺るぎない決意が込められていた。
海斗
「大層な神器なのかもしれない。けど、私欲のために使うような力なら、俺はこの剣を手に取らない!」
白い影は、しばらく黙って海斗を見つめていた。
???
「……それがお前の選択か?」
海斗
「あぁ。二言はない! これが俺の選択だ!」
???
「……仕方ない」
海斗は警戒し、身構えた。
しかし、次の瞬間――。
???
「合格だ!」
海斗
「……は?」
あまりにも唐突な言葉に、海斗は思わず呆気に取られた。
???
「今、言った通りだ。合格だ!」
海斗
「合格って……どういうことだ?」
???
「お前が私利私欲に走るようなら、このままお前の魂をここに繋ぎ止め、外へ戻れぬようにするつもりだった。要するに、お前が何のために力を求めているのかを試したのだ」
海斗
「ここは一体……? あんたは誰なんだ?」
???
「ここは海尊ノ剣の中。海斗、お前の精神だけをこちらへ呼び寄せたのだ」
白い影は静かに答えた。
???
「そして、私はアマミキヨ本人。お前がこの剣を扱うに相応しい者かどうかを試す存在でもある」
海斗
「アマミキヨ様!?」
海斗は驚きに目を見開いた。
だが、すぐに別の疑問が浮かぶ。
海斗
「だったら、あいつが……藤原広嗣が手に取った時に、奴の魂をここに縛りつけておくこともできたんじゃないのか!?」
アマミキヨ
「奴は加護を有していない。そもそも、この剣の力を使う資格がないのだ。たとえ加護を有していたとしても、奴がここへ来ることはなかっただろう」
海斗
「どういうことです?」
アマミキヨ
「本来、神々の加護は、このニライカナイの地で生まれ育ち、なおかつ長となる資格を持つ者のみが継承できるもの」
アマミキヨは、静かに言葉を続けた。
アマミキヨ
「豊穣の天女は、我らニライカナイの神々が遣わした存在。そして天女に持たせる潮望の杖のこと、そして邪神と邪なる者を封じる際の二人の幼子のことについて、高天原の月読命に相談し、その力を借りたのだ」
海斗
「月読命に……?」
アマミキヨ
「それゆえ、月読命とは密接な関係にある」
海斗は、先ほど神楽から聞かされた話を思い返した。
海斗
「豊穣の天女は、俺たちの……いや、アマミキヨ様たちが遣わした存在だった。だとすれば、神凪の姓は、このニライカナイに由来するもの……」
アマミキヨ
「その解釈で、ほぼ合っている」
アマミキヨは海斗を見据えた。
アマミキヨ
「海斗……お前のその信念、ニライカナイ最古の神であるアマミキヨが聞き届けた」
海斗
「……!」
アマミキヨ
「島を、仲間を、そして世界を脅威から救うために、海尊ノ剣を使いこなしてみせろ」
白い影が、ゆっくりと手を差し伸べる。
アマミキヨ
「託したぞ……」
その言葉を最後に、海斗の周囲はまばゆい光に包まれた。
◇ ◇ ◇
海鈴
「……斗!? 海斗!」
海斗
「……姉さん?」
海鈴の声に、海斗ははっと我に返った。
目の前には、心配そうに自分を見つめる海鈴の姿があった。
海鈴
「良かった……。一瞬、様子がおかしくなったから……」
海斗
(こちらでは一瞬だったんだ……)
海斗は自分の手に握られた海尊ノ剣を見つめる。
海斗
「……」
神楽
「……最古神に会ったのですね?」
海斗
「はい……この剣を託されました」
神楽
「そうですか……。戻ってこられたということは、あなたなりの選択をし、それを認められたのですね」
海斗
「そうだと思います」
神楽
「ならば、最古神様に認められた、その信念に従ってください!」
海斗はゆっくりと立ち上がり、藤原広嗣の方へと向き直った。
その頃、広嗣は海尊ノ剣を奪い返そうと、晋作たちを押しのけようとしていた。
藤原広嗣
「その神器を……その剣を返せぇ!!」
晋作
「行かせねぇって言ってんだろ!!」
晋作は和泉守兼定を振るい、広嗣の大太刀を弾き払う。
そのまま上段から刀を振り下ろし、広嗣へと斬撃を叩き込んだ。
広嗣は身をひねって受け流そうとするが、刃が身体をかすめる。
晋作
「……まだ傷が浅いか」
だが、晋作は違和感を覚えた。
先ほどまでなら、斬りつけたそばから再生していたはずの傷が、塞がっていない。
晋作
(ん? 傷が再生しない……? 浄化の力が、再生を邪魔してるのか?)
その可能性に気づいた晋作は、和泉守兼定を握り直した。
そこへ、海斗の声が響く。
海斗
「晋作さん、茜さん! ここからは俺がやってもいいですか?」
晋作
「あぁ、援護する」
海斗
「助かる!」
藤原広嗣
「その剣を返せ!!」
広嗣は大太刀を振るいながら、海斗へと迫る。
海斗は海尊ノ剣を構え、正面から広嗣を見据えた。
海斗
「この剣は、我々ニライカナイの宝剣! 貴様みたいなよそ者に渡してたまるかよ!」
海斗は剣を高く掲げた。
海斗
「アマミキヨの神器……海尊ノ剣よ! 我が名は神凪海斗! この地を守護する者なり! 仲間と世界を守護する者の一人なり!」
剣が、海斗の言葉に呼応するように強い光を放つ。
海斗
「正当な使い手として認めよ! 海尊ノ剣よ!!」
まばゆい光が刀身を包み込んだ。
次の瞬間、剣を覆っていた偽りの色が、まるでメッキが剥がれ落ちるように消えていく。
本来の姿と色を取り戻した刀身は、薄青く輝いていた。柄や鍔に施された装飾も、それぞれが持つ本来の色を取り戻していく。
海斗
「これが……海尊ノ剣……」
海斗は剣を握り直し、左下から右上へと大きく振り抜いた。
たちまち、凄まじい強風が巻き起こる。
藤原広嗣
「何だと……!? 先ほどまでとは出力がまるで違う! これが加護を持つ者と持たざる者の違いか……!」
海斗
「いや、違う!」
海斗は剣を構え直し、広嗣を真っ直ぐに見据えた。
海斗
「正当な後継者か、そうでないかの違いだ!」
藤原広嗣
「アマミキヨの正当な後継者だと!? 笑わせるな! そんなはずはない!」
そのとき、海尊ノ剣から声が響き渡った。
アマミキヨ
「この者が正当な後継者であることに、間違いはない」
藤原広嗣
「!!」
茜
「声が……!」
海鈴
「海尊ノ剣から、声が……!」
海斗
「この声……アマミキヨ様!?」
藤原広嗣
「剣からアマミキヨの声だと!? なぜ海斗が後継者なのだ!」
アマミキヨ
「此奴は、神凪の姓を名乗る者の中でも、神凪かるらの血を引く者よ!」
藤原広嗣
「神凪かるらの血を引く者だと!!」
神楽
「間違いございません! 豊穣の天女が分かたれた際、その系譜は母かぐやと、かるらの二人へとつながりました。海斗は、その直系に当たります」
アマミキヨ
「このニライカナイに関して、よそ者のお前とはまったく違うのだ! 分かったか、小僧!」
広嗣は、しばらく呆然と海斗を見つめていた。
やがて、その口元が歪む。
藤原広嗣
「……くくく……フハハハハハ!!」
狂ったような大声で笑い始めた。
藤原広嗣
「儂の物にならないか……。使い手となることができぬのならば、邪神様の力をもって、その剣も、お前たちも……この地も、蹂躙し、破壊し尽くすまで!」
広嗣は顔を上げ、周囲を見渡した。
藤原広嗣
「ちょうど、外の方も片付いたようだ……。今こそ、邪神となりし蘇我入鹿様と一つになる時!」
両腕を大きく広げ、天を仰ぐ。
藤原広嗣
「蘇我様! ようやくですぞ! 今こそ我らの悲願を! 朝廷への復讐を果たすために……その前哨戦として、この地を我らを捕らえていた牢獄の様なこの島を蹂躙する時!」
広嗣の叫びが、神木フバの内部に響き渡った。
直後、島全体を揺るがすほどの地響きが起こる。
周囲の壁や床、天井から噴き出す青黒い炎は、これまでとは比較にならないほど濃密なものへと変わっていた。
その禍々しい力が、広嗣の全身を覆い尽くしていく。
一同は息を呑んだ。
晋作
「……これはヤバいんじゃないか?」
千代女
「そうね……」
晋作
「全員、外に出るぞ!!」
恒一
「イカヅチ様、皆をお願いします!」
イカヅチ
「承知した!」
千代女
「ミズチ、あなたも!」
ミズチ
「えぇ!」
海鈴
「神楽様も!」
神楽
「私はここに残ります! フバの制御が……!」
神楽が言い終えるよりも早く、海斗がその手を取った。
海斗
「つべこべ言わずに行きますよ!! 後のことは、それからだ!」
そう言うと、海斗は神楽を連れてミズチの背へと飛び乗った。
突然の行動に神楽は言葉を失ったが、やがて抵抗することなく、その場を離れる決意を固めた。
千代女
「みんな、乗ったわね! ミズチ、イカヅチ、行くわよ!」
神楽
「出口を開きます! そこから外へ!!」
神楽が手をかざすと、目の前に出口へと続く門が出現した。
一同はそれぞれミズチとイカヅチの背に乗り、開かれた門へと向かって一斉に駆け出す。
背後では、藤原広嗣を包む青黒い炎が、さらに激しさを増していた。
ニライカナイを揺るがす邪神の力が、今まさに新たな段階へと達しようとしていた。
65話 完




