62話 思惑が交差する蓬莱編Ⅳ
薄暗い廊下に、ゆっくりとした足音が響いていた。
コツ……コツ……コツ……
静まり返った廊下を進んでいた男は、やがて一つの部屋の前で足を止める。
扉を開け、男が中へ入っていく。
そこには、一人の男が拘束された状態で座っていた。
男はその人物を見下ろすと、静かに口を開く。
比嘉真玄「そろそろ言う気になったか? 城間宗玄。邪神の封印場所と最古代兵器……アマミキヨの神器のありか。そして神々の加護の譲渡の仕方を。」
問いかけられた城間宗玄は、険しい表情を浮かべながら答える。
城間宗玄「あるはずのない物の在処など、知っているはずなかろう……。そんな物、伝承に過ぎん……。」
比嘉真玄「各街の長老に受け継がれたと聞いたが?」
真玄は淡々とした口調で続ける。
比嘉真玄「もっとも、その街の長老は、その言葉を最後に舌を噛み切り、息絶えたがな。」
城間宗玄「貴様……なんて事を……!」
宗玄の表情が怒りに歪む。
しかし、真玄は意に介することなく、薄い笑みを浮かべた。
比嘉真玄「すでに火鼠の皮衣、燕の子安貝、龍の首の球は手に入れた。あとは時間の問題だがな……。」
真玄は宗玄へ一歩近づく。
比嘉真玄「宗玄、お前が献身的に話してくれれば、悪いようにはせん。」
城間宗玄「では……守り人達は……」
比嘉真玄「街の族長と一緒に捕らえてある。」
真玄は一瞬だけ間を置く。
比嘉真玄「だが、サマエルの所だからな……。何をされるか……。」
宗玄は何も答えない。
ただ、固く拳を握りしめる。
比嘉真玄「……そうだ。良い事を教えてやろう。」
真玄の口元に、再び不気味な笑みが浮かぶ。
比嘉真玄「お前が海神の加護を使って逃した海鈴が……戻ってきたぞ。」
城間宗玄「……!」
宗玄の目が大きく見開かれる。
城間宗玄「海鈴が!?」
比嘉真玄「あぁ。外界の仲間とやらを連れてな!」
真玄は楽しげに笑う。
比嘉真玄「だが、海鈴は今俺の管理下にある。」
城間宗玄「仲間だと……?」
比嘉真玄「何やら珍妙な奴らよ。陰陽師とやらもいたかな?」
城間宗玄「陰陽師……」
その言葉を聞いた宗玄は、しばし考え込む。
やがて、何かを確かめるように真玄へ問いかけた。
城間宗玄「……海鈴は、人質のつもりか?」
比嘉真玄「どうとでも捉えると良い。」
その言葉に、宗玄は真玄を睨みつける。
そして、長い間胸の内に抱えていた疑問を口にした。
城間宗玄「比嘉よ……いつからじゃ。」
宗玄の声が低くなる。
城間宗玄「いつから、この結界が弱まる時を狙っていた?」
真玄は黙って宗玄を見つめている。
城間宗玄「昔のお前は皆に慕われておった。長老の座を譲り渡して、隠居しても良いとも考えておった……なのに……。」
真玄の口元が、ゆっくりと吊り上がった。
比嘉真玄「いつからだと?」
その声には、これまでとは明らかに違う響きがあった。
比嘉真玄「ざっと……1300年ほど前からだ。」
城間宗玄「……1300年前だと!?」
宗玄の顔から血の気が引いていく。
城間宗玄「お主……まさか……!」
その瞬間、真玄は高らかに笑い始めた。
比嘉真玄「気づいたか?」
その笑い声が、薄暗い部屋に響き渡る。
比嘉真玄「……お前達が『邪なる者』と呼んでいる本人だ!」
城間宗玄「……!」
宗玄は言葉を失った。
城間宗玄「不死は……誠であったか……。」
だが、すぐに疑問が浮かぶ。
城間宗玄「でもなぜだ? 封印されているはず!」
比嘉真玄「封印? ……体はな。」
真玄は自らの身体を見下ろし、薄く笑う。
比嘉真玄「今の俺は、正確に言うと『不死の魂』と言うべきか……。」
そして、自分の胸元へ手を当てる。
比嘉真玄「この比嘉真玄なる者の器を借りているまでよ。」
宗玄の表情が険しくなる。
城間宗玄「真玄を……乗っ取ったのか……。」
比嘉真玄「そういうことだ。」
真玄は楽しげに笑う。
比嘉真玄「今度こそ、このニライカナイの王として君臨する。もう少しで手が届く!」
城間宗玄「王となって……何をする!」
宗玄が声を荒らげる。
しかし、真玄は楽しそうに考える素振りを見せた。
比嘉真玄「そうだなぁ……。」
やがて、口元に邪悪な笑みを浮かべる。
比嘉真玄「昔は先の事なんて、何も考えていなかった。」
真玄は宗玄へ背を向ける。
比嘉真玄「だが、今は……この土地の力で外の世界を蹂躙し、支配下に置くのも悪くない。」
扉へ向かいながら、真玄は振り返る。
比嘉真玄「お前と海鈴には、ことの顛末を見届けさせよう。」
その目には、狂気にも似た愉悦が浮かんでいた。
比嘉真玄「もうじきだ。」
そう言い残すと、比嘉真玄は部屋を後にした。
扉が閉じられる。
足音が徐々に遠ざかっていく。
宗玄はしばらく身動きせず、真玄が完全に立ち去ったことを確認する。
そして、静かに口を開いた。
城間宗玄「神楽様……。」
その声には、深い敬意と、僅かな安堵が混じっていた。
城間宗玄「貴方の占い……いや、予言は当たったようだ。」
宗玄は目を閉じ、かつて聞かされた言葉を思い返す。
城間宗玄「『繋がりを力と変える者たちが現れる』……と言う、あの予言が……。」
薄暗い部屋の中で、宗玄の言葉だけが静かに響いた。
――神木フバの根の洞・拠点――
――深夜――
洞窟内が静寂に包まれていた深夜。
総司は、外から聞こえてくる僅かな物音に気づき、ゆっくりと目を開けた。
何かいる。
そう直感した瞬間、総司は気配を殺して身を起こす。
周囲を起こさないように、そっと洞窟の入り口付近まで近づき、外の様子を窺う。
すると――。
暗闇の中を、複数の魔族が周囲を探りながら歩いているのが見えた。
総司(……こちらを探している?)
総司は静かに菊一文字へ手をかける。
総司(中に入ってくるなら、斬るしかないか……)
息を潜め、魔族の動きを注視する。
その時、背後から小さな声が聞こえた。
美雪「どうする? 倒す?」
振り返ると、いつの間にか美雪がすぐ後ろまで来ていた。
総司「起こしちゃったかな?」
美雪「んーん。妙な気配があったからね……。それに、総司くんが起きて様子を見に行ったのが分かったし。」
総司「同じだね……。」
総司は再び外へ視線を戻す。
総司「とりあえず、この拠点はバレない方がいいと思う。こっちに来るようなら斬るけど、そうでなければ、このままやり過ごそう。」
菊一文字から手を離し、総司は静かに続ける。
総司「倒したら、相手にこちらの位置が分かるかもしれないからね。」
美雪「分かった。」
二人は物音を立てず、魔族たちの動きを見守る。
しばらくすると、魔族たちは洞窟の存在に気づくことなく、その場を離れていった。
美雪「とりあえずは、行ったみたいだね……。」
総司「そうだね。でも……何かを探してる感じだった。」
美雪「人海戦術かな? てか、探してるのって……もしかして私たちと同じ?」
総司「俺たちを探してる感じじゃないところを見ると、可能性は高いね。」
その時だった。
突然、美雪の視界が白く揺らいだ。
美雪「……!」
雪豹との感覚が一瞬にして同期する。
美雪の視界に、遠く離れた場所の光景が映し出された。
美雪「待って、総司くん。雪豹が何か見つけたみたい。」
総司「何を?」
美雪「これは……なんだろう……。」
美雪は雪豹の視界を通して、その場所を確認する。
美雪「ここと同じような神木の洞? 中に入っているみたい。でも……なんか、こことは違う不自然な感じがする。」
総司「不自然とは?」
美雪「なんかこう……難しいんだけど、気配的に? 見た目は分かるんだけど、なんとなく何かがカモフラージュされているような……。」
美雪は少し考え込む。
美雪「多分、これ……普通の人じゃ分からないと思う。」
総司「そこに行ってみる?」
美雪「うん。その方が良いかもしれない。でも、みんなを起こす?」
総司「確認するくらいなら、俺たちだけでも……。」
晴明「話は聞かせてもらったよ!」
突然、背後から声が響く。
総司は振り返り、思わず笑った。
総司「やっぱり起きてた人、他にもいた。」
セレナ「妙な気配があったもんね。そりゃ、仮眠状態なら気づくわよ。それに、他にも気づいてたみたいよ?」
すると、洞窟の奥から次々と仲間たちが姿を現す。
晋作「あんなあからさまな気配に気づかねぇ方が変だろ……。んで、どうすんだ? その雪豹が何か見つけたんだろ?」
美雪「うん……。北西の方角に同じような洞があって、なんかちょっと不自然な感じがするところがあるの。」
晋作「なら、行くしかねぇな。」
その時、千代女が口を開いた。
千代女「ちょっと待って。こちらもヒットありよ!」
千代女は目を閉じ、放っていた蛇たちの感覚を探る。
千代女「一つは、海鈴ちゃんを発見! こちらは様子を見させてる。」
全員の表情が変わる。
千代女「もう一つは……魔力反応ね。」
千代女の表情が険しくなる。
千代女「一際大きいのがある。この神木の右側面の枝付近……空間が歪められている、かな?」
晴明「確認のために、式の八咫烏を向かわせよう。」
晴明は右手の人差し指と中指を立て、印を結ぶ。
晴明「……もうすぐだ。」
しばらくすると、晴明の意識が八咫烏と繋がる。
クー・フーリン「早いな! さすがは空飛ぶ使い魔だ。」
晴明「使い魔……まぁ、同じような意味合いかな……。」
晴明は目を閉じ、さらに意識を集中させる。
晴明「見た目は何もない。だが、確かに膨大な魔力反応だ……。もう少し探る。」
その瞬間――。
プツン。
何かが切れるような感覚が、晴明を襲った。
総司「晴明?」
晴明「式からの念が途絶えた。」
晴明はゆっくりと目を開く。
晴明「正確には……式が消された。」
晋作「倒されたってことか?」
晴明「間違いない。」
晴明の表情が険しくなる。
晴明「一瞬だけ見えた。暗めに光る矢のような物が、何もないところから突然現れて……八咫烏を射抜いた。」
洞窟内の空気が一気に張り詰める。
晴明「これは間違いない……サマエルだ。」
クー・フーリン「ここにきて収穫が三つか。上場だな! 攻め込むか?」
セレナ「確かに、全員で行って攻めるのも手ね……。」
セレナは少し考えた後、首を横に振る。
セレナ「でも、倒せたとしても、この地での任務が終わりではないから、慎重にしたいかな……。罠だってこともあり得るし……。」
千代女「サマエルたちは式や蛇たちに見張らせるとして、海鈴ちゃんの方と捜索が先かな?」
千代女は仲間たちを見渡す。
千代女「二手に分かれる?」
恒一「俺と千代女さんで、海鈴ちゃんの近くで救出の機会を伺うのってどうかな?」
晋作「俺と茜もそっちに行こう!」
恒一「良いのか?」
茜「海鈴ちゃんのこと心配だしね!」
茜はそう言ってから、ふと何かに気づいたように恒一を見る。
茜「って、あ……もしかして……千代女さんと二人になりたかったとか?」
ニヤニヤしながら、茜が恒一を揶揄う。
千代女「そうなの? 恒一君?」
千代女も少し楽しそうに、恒一へ問いかける。
恒一「いや、俺は……。」
恒一は少し照れながら視線を逸らす。
恒一「中の状況が一番分かるのって、今は千代女さんだし……。一人じゃ心配だし……何かあった時のために、人数は少しでも多い方が……。」
千代女はそんな恒一を見つめ、少し色っぽい笑みを浮かべた。
千代女「心配してくれるのは嬉しいな……。ありがとね、恒一君。」
恒一は何も答えず、少しだけ照れたように目を逸らした。
セレナ「なら、私と晴明は総司たちと一緒に捜索の方ね! もし術を使ってるなら、晴明がいた方が良いでしょ?」
総司「その方が助かる。術に関しては、皆無だから……。」
晴明「決まりだね!」
晴明は海斗へ視線を向ける。
晴明「海斗さんはどうする? 海鈴さんの方に行くかい?」
海斗「……良いのか?」
美雪「もちろん! お姉さんのこと心配でしょ?」
海斗はしばらく考えた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
海斗「いや、俺は捜索の方に行く。」
茜「え? 捜索に!?」
海斗「何となくだけど……この島の根幹に関わることが知れる気がする。」
海斗は地図へ目を向ける。
海斗「だから、捜索の方に加えてくれ。姉のことをお願いします。」
千代女「分かったわ! 海鈴ちゃんのことは任せておいて!」
晋作「あぁ、心配すんな。俺たちが何とかする。」
海斗「ありがとう!」
セレナ「クー・フーリンはどうする?」
クー・フーリン「俺は……そうだな。」
クー・フーリンは洞窟の外へ目を向ける。
クー・フーリン「ここからサマエルたちの動向を確認しながら待機してるよ。そしたら何があっても対処できるし、お前らのどちらかで何かあっても、応援に駆けつけられるだろ。」
セレナ「そうね。ならお願いしとくわ、英雄さん!」
総司「なら俺たちは、善は急げってことで……これから行こうか。」
美雪「何かあったら、SDで連絡ってことで良いかな?」
茜「うん!」
セレナ「お互い、必ず気をつけて事を進めること! 良いわねー!」
全員「了解!」
こうして一行は二手に分かれ、それぞれ別の目的へ向かって動き始めるのだった。
――――――――――
神木フバ・右枝 夜の帝国側陣営
――――――――――
神木フバの右枝付近。
夜の闇に包まれた森の中で、夜の帝国の一団が身を潜めていた。
周囲には異様なほどの静寂が漂っている。
その中で、サマエルが先ほど射落とした八咫烏のいた方向を見つめていた。
サマエル「使い魔を放って来るとはな……。小癪な真似を。」
すると、背後から足音が近づいてくる。
ルシウスがサマエルのもとへ歩み寄った。
ルシウス「何かあったみたいだが……。」
サマエル「昼間取り逃した奴らの使い魔がこちらに来たから、射落としてやったまでだ。」
ルシウスは周囲を見渡し、僅かに口元を上げる。
ルシウス「へぇ……流石だな。こちらの補足が早い。」
そして、射落とされた八咫烏の方へ視線を向ける。
ルシウス「でも、射落として良いのか? 確実にこの付近だってことがバレるんじゃないのか?」
ルシウスは肩をすくめる。
ルシウス「何なら、一斉攻撃に出てくるかもだぞ?」
サマエルは鼻で笑った。
サマエル「ふん、問題ない。下等な人間どもの集まりだ……造作もない。その時は一捻りだ。」
ルシウス「人間をそんなに甘く見ていると、痛い目を見ることもあるぞ? 特に奴らはな。」
サマエル「誰に言っている!」
サマエルの声が低く響く。
サマエル「人間など、俺たちからしたら蟻以下だ。高貴な我らにとってはな。」
その言葉を聞いたルシウスは、僅かに呆れたような表情を浮かべた。
ルシウス「サリエルの一件もあったと思うが?」
サマエル「サリエルが不甲斐ないだけだ……。高貴な堕天使の面汚しよ。」
ルシウスは一瞬、何か言おうとした。
しかし、結局それ以上は口にせず、小さく息を吐く。
ルシウス「せいぜい、足元を掬われないように……。」
そう言いながら軽く手を振り、サマエルに背を向ける。
だが、数歩進んだところでサマエルが声をかけた。
サマエル「お前は、奴らを買っているようだが?」
ルシウスは足を止める。
そして振り返ることなく答えた。
ルシウス「人間にしては骨のある、大した奴らだなと……。」
少し間を置き、口元に僅かな笑みを浮かべる。
ルシウス「まぁ、スノーホワイトの悪夢は魔族に近い妖怪だがな。」
そして、ようやく振り返る。
ルシウス「じゃあ俺は、自室でまた休むとするよ。どうせ、すぐに戦闘は起こりゃしないからな。」
そう言って再び歩き出そうとした、その時。
サマエル「そう言えば、夕刻ここにいなかったみたいだが……どこに行っていた?」
問いかけられたルシウスは、僅かに含みのある笑みを浮かべた。
ルシウス「外の夜風に当たっていたよ。」
そして、周囲の荒れ果てた景色を見渡す。
ルシウス「ここには酒場もなければ、娯楽もない。街を破壊してなければ、もうちょっと楽しめたかもしれないが……。」
肩をすくめる。
ルシウス「今は何もないからな。自室に籠もっていても、気が滅入るってもんだ。」
サマエルはしばらくルシウスを見つめる。
やがて、低い声で告げた。
サマエル「まぁ良い。下手な動きをすると……分かっているだろうな?」
ルシウスは振り返り、いつもの飄々とした表情を浮かべる。
ルシウス「あぁ。そんな事はしないさ。肝に銘じているよ。」
サマエル「なら良い。」
それ以上、二人が言葉を交わすことはなかった。
ルシウスは静かにその場を離れていく。
その背中を、サマエルは無言のまま見送っていた。
やがてルシウスの姿が闇の中へ消える。
森には再び、夜の静寂が戻ってきた。
――――――――――
AX班・捜索組
――――――――――
ニライカナイでは、夜が明けようとしていた。
捜索組の五人は、二羽の大鴉――夜天と黒翼に乗って移動し、日の出とともに目的地へと降り立った。
東の空から昇る朝日が、広大な森を黄金色に染めていく。
美雪「朝日が綺麗だったね!」
セレナ「そうね。空からだったから、よく見えた。神木の影とのグラデーションが神秘的……。流石ニライカナイ、とでもいうところかしらね。」
海斗「空からっての、初めてだった……。てか、高かった……。」
総司「海斗さん、もしかして高所は苦手?」
海斗「空を移動すること自体、初めてだ……。」
海斗の言葉に、総司は思わず笑う。
総司「そりゃぁ、緊張するよね。」
晴明「ふふ……感想はそのくらいにして、この辺りで良かったのかな?」
美雪「えぇ、そのはずよ。ここからは雪豹が案内してくれる。」
すると、近くの茂みがガサッと揺れた。
一頭の雪豹が、静かに姿を現す。
雪豹はそのまま美雪のもとへ歩み寄ると、足元で立ち止まった。
美雪は優しくその頭を撫でる。
美雪「ご苦労様! もう少しお願い……案内して。」
雪豹は美雪の言葉を理解したかのように立ち上がる。
そして、一行を導くように先頭へ進み始めた。
五人はその後を追い、深い森の中を進んでいく。
しばらくすると、木々の間から巨大な神木の根によって形成された洞が見えてきた。
晴明「ここだね。」
総司「中に入ろうか。でも、みんな何があるか分からないから、気をつけて進もう……。」
総司の言葉に、全員が頷く。
そして、一行は洞の中へと足を踏み入れた。
内部は薄暗く、夜露の影響なのか、ひんやりとした湿気に満ちている。
晴明は周囲を確認すると、形代を一枚取り出した。
晴明「招来白狐……。」
形代が淡い光に包まれる。
次の瞬間、それは一匹の白狐へと姿を変えた。
白狐が静かに立ち上がる。
晴明「白狐、狐火で辺りを照らしてくれ。」
白狐は尻尾を揺らす。
すると、尾の先端から小さな火の玉が次々と浮かび上がった。
狐火が周囲を照らし、洞の奥まで明るく照らし出していく。
美雪「すごい、明るくなった。」
セレナ「進みましょ!」
五人は周囲を警戒しながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。
セレナ「今のところ、これといって変わった感じはないわね……。」
晴明「いや……微妙に結界が何重にも張られているよ。」
晴明は壁や天井を注意深く見回す。
晴明「一番初めの方はカモフラージュのようなものだけど……奥に行くにつれて、段々と拒絶が強くなっているみたいだ。」
総司「何にも感じないけど……。」
美雪「人間には感じないようになってるのかな? 私は、たまにピリピリする感じがあるくらいだけど……。」
その時だった。
不意に、洞の奥から声が響いた。
???「そのまま奥へ。」
総司「誰だ……?」
総司の声が洞窟内に反響する。
しかし、それ以上の返答はない。
総司は菊一文字へ手を添え、周囲を警戒する。
晴明「邪気は感じない……。」
晴明も周囲を見回す。
晴明「言われた通り、進んでみるしかないか。」
五人は警戒を解かぬまま、さらに奥へと進んでいった。
やがて、セレナが足を止める。
セレナ「……今、気づいたんだけど、壁が変わってる。」
晴明「壁に模様が刻まれている……というより、模様が刻まれた石が敷き詰められているね。」
壁面には、これまでとは明らかに異なる石材が並べられていた。
複雑な紋様が刻まれ、その一つ一つが何かを物語るように配置されている。
海斗「この模様……どこかで……。」
美雪「見て! こっちは壁画になってる!」
美雪が指差した先には、巨大な壁画が描かれていた。
総司「本当だ! でも……何を表してるのかな?」
海斗は壁画を見つめる。
その表情が、徐々に変わっていった。
海斗「こっちは分かる……というより、俺たちが読み聞かされてきた絵本と全く同じだ……。」
壁画には、古い時代の神々と、人ならざる存在たちの姿が描かれている。
海斗「邪神と……邪なる者の伝承だよ。」
晴明「竹取物語の前日譚に当たる話だね! この前、海鈴さんに聞いたよ。」
海斗「俺たちからしたら、竹取物語って方が分からないけどな……。」
海斗は壁画を見回しながら答える。
そのまま後ろへ下がった瞬間――。
海斗「おっと、すまない……。」
海斗が晴明にぶつかる。
海斗「てか、前に進まないのか?」
晴明「それが……行き止まりなんだ……。」
晴明の目の前には、壁が立ちはだかっていた。
総司「前に……進めない……。」
セレナ「何か仕掛けがあるんじゃない? 例えば、どこかの模様の石を押すと……って感じで……。」
セレナは壁面の紋様を調べながら言う。
晴明「流石は遺跡発掘関係の娘だね。目の付け所はいい。」
晴明も壁面へ手を伸ばす。
晴明「でも……違ったみたいだ。」
その瞬間だった。
壁面と石畳に刻まれていた幾多もの紋様が、一斉に淡い光を放ち始めた。
美雪「何、この光……!」
光は次第に強さを増していく。
美雪「どんどん光が強く……!!」
総司「みんな、固まろう! 晴明を中心に集まって!」
総司の声に、全員が即座に反応する。
五人は晴明を中心に身を寄せ、周囲を警戒する。
そして――。
辺りが一瞬、真っ白に染まった。
強烈な光が視界を覆い尽くす。
やがて、その光はゆっくりと収束していった。
眩しさのあまり、総司は羽織の袖で顔を覆っていた。
やがて光が完全に消える。
総司「……止んだか……。」
総司はゆっくりと袖を下ろし、周囲を見渡す。
他の四人も、次第に目を開いていく。
そして、全員が違和感に気づいた。
晴明「……別の空間に転移したって感じか。」
先ほどまでの洞とは明らかに違う。
そこは広々とした、静謐な空間だった。
さらに奥へ視線を向けると、一段高くなった場所に祭壇がある。
そして、その祭壇の前には――。
薄い羽衣を纏った、三十代ほどに見える女性が静かに座っていた。
女性は一行を見つめ、穏やかな表情を浮かべる。
「ようこそ、絆を力に変える者達よ。」
女性は静かに立ち上がる。
「私の名は……神楽。」
その声が、広大な空間に静かに響き渡った。
神楽「其方らは私達の希望の光…歓迎致します。」
全員が、神楽の方へ視線を向ける。
神楽「元新選組の武士……沖田総司。平安の世の大陰陽師……安倍晴明。土地神の力を持つ妖雪女……雪城美雪。神槍と魔槍の使い手、セレナ・マク・リアス。絆で結ばれし選ばれた者たち……そして、神凪海斗。よくぞ、ここまで足を運んでくれました。」
自分たちの素性を一人ひとり正確に言い当てられ、全員が驚きの表情を浮かべる。
海斗「神楽……もしかして、神具の守り人の神楽様!?」
神楽は静かに頷いた。
神楽「はい。」
海斗「宗玄長老が、幼い頃からよくしてもらったって話を聞いてたから……てっきり……。」
海斗の言葉に、神楽はにこやかな笑みを浮かべる。
神楽「宗玄坊がそんな事を……。昔が懐かしい。」
その穏やかな表情を見つめながら、晴明が口を開く。
晴明「失礼を承知でお聞きします。貴方は……術か何かを使用しておられるので?」
神楽「術ではありません。」
神楽は静かに答える。
神楽「不老不死の霊薬と言ったら、察しがつくのではないですか? 陰陽師……安倍晴明。」
晴明「なるほど……不老不死の霊薬と来ましたか。」
晴明は顎に手を添え、少し考える。
晴明「では、貴方はかぐや姫にまつわるお方とお見受けしますが?」
神楽「察しがよろしいですね。」
神楽は静かに微笑んだ。
神楽「私は……かぐやの子です。」
その言葉が発せられた瞬間。
一同に衝撃が走った。
美雪「かぐやって……かぐや姫だよね!? 物語には、子が居たなんて全く無かった!!」
神楽「物語上そうなってます……。」
神楽は祭壇へ視線を向ける。
神楽「母・かぐやは月へ帰る時には孕っていました。時の帝との子を……。それが私です。」
晴明「と言うことは……貴方は天皇家の血を引き、天照大御神の直系の子孫ということになる……。そして、千年以上も……。」
神楽「その通りです。」
神楽は静かに頷く。
神楽「月へ帰った母は私を産み、このニライカナイの行く末を見守る者として、この不老不死の霊薬と共に私をこの地へ……。」
晴明「なるほど……そういう事ですか。」
晴明は納得したように頷く。
晴明「このニライカナイの地での伝承では、貴方の母君には『邪なる者』の意思のようなものがあるのではないか……との話でしたが、貴方は?」
神楽「私には、そのような意思は存在しません。」
神楽の表情が僅かに曇る。
神楽「ですが、この地に降りた途端……私から何かが抜け出し、邪気を放っていた。」
その時の光景を思い出すように、神楽は目を伏せる。
神楽「その邪気は『ついに戻ってきた。ここからだ』と言い残し、去って行った。」
晴明「なら……邪悪なる者の意思は、今回の件とは別に動いている可能性もあるという事ですか……。」
神楽「それ以来、出会ったこともない。」
神楽は静かに続ける。
神楽「だが……その意思が何をしようとしているかは明白。」
総司「邪神と……自分の本体の復活……。」
神楽は頷いた。
神楽「おそらく、夜の帝国を招き入れたのも奴だでしょう……。」
神楽の声が、少しだけ低くなる。
神楽「でなければ、このニライカナイの事を……結界の弱まる時期を外の者が把握するはずがありません。」
セレナ「貴方は、夜の帝国の侵攻後に仏の……神の御石の鉢と共に行方不明になったと聞いてるけど、ここに隠れていたという事?」
神楽「正確には……外に居たのは、私の分身のような者です。」
神楽は祭壇の方へ歩み寄る。
神楽「本体である私はずっと、ここに居ます。この神具と共に。」
そう言うと、神楽は祭壇に置かれていた物へ手を伸ばした。
そして、壊れ物を扱うように、そっと掬い上げる。
それは、五つの神具の最後の一つ――。
**仏の御石の鉢**だった。
美雪「それが……最後の一つの神具……。」
晴明「先ほど、私たちが『希望の光』だと言われました……それは、なぜです?」
神楽「このニライカナイを救うことのできる可能性を持つ希望……と、私には見えた。」
神楽は晴明を見つめる。
神楽「其方にも、通ずるところがあるのでは?」
晴明「お告げ、予言、占い……未来視のような感じでしょう。」
晴明は少し笑う。
晴明「陰陽師も『星読み』という占いをしますから。」
その言葉を聞いた海斗が、咄嗟に問いかける。
海斗「なら、この地の未来はどうなるんですか!?」
神楽は少しだけ沈黙した。
神楽「それは……分かりません。」
海斗の表情が曇る。
神楽「私に見えたのは、其方たちが『希望』『光』であるというところまで……。」
神楽は静かに首を横に振る。
神楽「その先からは、見えていません。」
そして、一行を真っ直ぐに見つめる。
神楽「此度の件……邪神と邪なる者、そして夜の帝国の思惑が重なっています。」
神楽「今は手を取り合っているように見えますが……最終的には、双方が決裂するでしょう。」
神楽は深く頭を下げる。
神楽「どうか……其方たちの力をこの地に貸していただけないでしょうか?」
総司「無論、そのつもりで来てるんだけどね……。」
総司は海斗を見る。
総司「新しくできた友人の、海鈴と海斗のために。」
その言葉に、仲間たちも頷いた。
海斗も驚いたように総司を見る。
神楽「……その言葉を聞けて良かった。」
神楽は穏やかな笑みを浮かべる。
晴明「質問があるのですが、よろしいですか?」
神楽「何なりと……。」
晴明「この場所は一体どこでしょう?」
晴明はここへ来るまでの道を思い返す。
晴明「私たちは神木フバの根の洞の通路を進んできました。その途中で、何重にも重なった結界を一つ一つ通り抜けてきた。」
晴明「初めは暗かったので、式に灯り役をさせていましたが……三つ目の結界を潜った後に、式は消えた。」
晴明は周囲を見渡す。
晴明「そこから察するに、一つ一つの結界を潜る度に空間そのものを移動しているのではないか。そして、術などの類が使えなくなるのではないか……というのが私の仮説です。いかがでしょう?」
神楽「概ね、当たっています。」
神楽はゆっくりと頷く。
神楽「ここは神木フバの中に作った、守り人たちの集まる場所。島の者であっても容易には入って来れません。」
神楽「其方らが通ってきた通路の空間はいくつも存在しており、正しいルートでなければ到達できない。」
神楽「結界は通路を繋ぐためのものであり……邪を排除するためのものでもあります。」
晴明は黙って耳を傾ける。
神楽「それに、この場では術や魔力、妖力の類は力を失います。聖剣や魔剣であっても……。」
その言葉に、セレナが僅かに目を見開く。
神楽「ただ、二つ例外があります。」
セレナ「私たちがLINKと呼んでいる力ね。」
神楽「はい。その力だけは、無効化できませんでした。」
全員が顔を見合わせる。
神楽「それと……この神木フバが切り倒された場合、各空間は元の位置に戻り、神木フバ内のありふれた、ただの部屋や通路となるでしょう。」
一同は息を呑む。
神楽「仮にそうなってしまうと……封印の要となる真鉱石と各神具は力を失い、邪神と邪なる者の封印も解けてしまう。」
晴明「全ての封印は……この神木の力による物という事ですか?」
神楽「その通りです。」
神楽は静かに頷く。
神楽「神木フバの力は、その中に隔離空間を作成するなどの力を持っています。」
総司「その空間のどこかに、邪神と邪なる者が封印されている……。真鉱石と神具を要として。」
神楽は頷き、話を続ける。
神楽「そして……邪なる者の狙いは、『アマミキヨの神器』というものも手に入れるつもりでしょう。」
海斗「アマミキヨの神器!? 本当に存在するのですか!?」
神楽「えぇ。この場所に……。」
神楽は、先ほどまで自分が座っていた祭壇へ視線を向ける。
神楽「あの祭壇に、厳重に保管されています。」
セレナ「アマミキヨの神器って?」
神楽「このニライカナイの太古の神であるアマミキヨに由来する、強力な力を持った神器です。」
神楽「神の加護を持つ者が手にすると、このニライカナイの王となれる。」
その言葉に、全員の表情が変わる。
神楽「使い手次第では……聖にもなり、邪にもなる。」
神楽「私たち神具の守り人に課せられた、もう一つの守るべきものです。」
美雪「そんな物が存在するなんて……。」
海斗「姉さんは、それを知ってたって事か……。」
セレナ「もしかして、海鈴が言ってた『おいそれと使えない武器』って……その事?」
晴明「おそらくは、そうだろう……。」
晴明は神楽へ向き直る。
晴明「それで、神々の加護とは?」
神楽「各長老の腕に刻まれた紋様……それが神々の加護です。その力によって、自然の力を操ることができます。扱えるのは、その紋様を持つ長老のみ。」
そして、神楽は静かに一同を見渡す。
神楽「守り人と長老は、その力を使う者が現れないように……お互いを見張る役割を、水面下では担っているのです。」
晴明は神楽の言葉を聞き、しばし考え込む。
晴明「神々の加護は、自然の力を使える……ですか。陰陽五行の木・火・土・金・水と、同じ考え方ですね。」
神楽「安倍晴明……貴方に隠し事はできませんね。その通りです。」
神楽は穏やかに微笑む。
しかし、晴明はさらに一歩踏み込む。
晴明「貴方の母君、かぐや様の基となった天女は……月と夜にまつわる高天原の神、月読命の関係者ではありませんか?」
その言葉に、神楽の表情が僅かに変わる。
晴明「もしそうなら、貴方は……。」
神楽「安倍晴明……それ以上は……。」
神楽は静かに首を横に振る。
神楽「ご想像にお任せします。」
晴明「……そうですね。私の心に留め置きましょう。」
神楽「ありがとうございます。」
神楽は一度、祭壇へ視線を向ける。
神楽「高天原とは別としてきた、ニライカナイの根幹とも言える話ですので。」
そして、再び晴明を見る。
神楽「ですが、本当にアマミキヨに関しては全く別です。」
晴明は黙って耳を傾ける。
神楽「おそらく貴方は、邪神たちの封印に関して五行が使用されていることも、すでにお分かりでしょう。」
神楽「一見すると……正位置と逆位置の五芒星によるもの。」
神楽「ですが、実際には二つが重なり合うことで、十芒星による術式となっている。」
晴明は静かに頷いた。
晴明「はい。その中心にアマミキヨの神器がある……。」
晴明は先ほど見た術式の構造を思い返す。
晴明「上手く異なる力を融合させたな、と……。」
その言葉を最後に、しばしの沈黙が流れた。
やがて、セレナが一同を見渡す。
セレナ「それで……どうするの?」
総司「とりあえず、神具の鉢はここにあった方が安全そうだね。」
美雪「そうね。持ち出した方が危険そう。」
海斗「となれば……神木フバを切り倒されないようにするしかないか……。」
神楽は静かに頷く。
神楽「私は、ここで神器と神具を守ります。」
そして、一行へ深く頭を下げた。
神楽「皆様には酷なお願いとなりますが……外の事を、お願い致します。」
一同は顔を見合わせる。
そして、それぞれが静かに頷いた。
来た道を戻るため、一行が歩き始める。
その時だった。
神楽「神凪海斗……。」
海斗が足を止め、振り返る。
海斗「……?」
神楽は真っ直ぐに海斗を見つめていた。
神楽「貴方は、ここに来たことで……長老や守り人も知らない真実まで知った。」
神楽「今、多くの葛藤があると思います。」
海斗は黙って神楽の言葉を聞く。
神楽「ですが……貴方が何を選択するにしても、自分を信じてください。」
海斗「俺の……選択……。」
神楽「はい。」
神楽は優しく微笑む。
神楽「今は、まだ分からないと思います。ですが、いずれ……その時が来るでしょう。」
神楽「自分の選択に、自信を持ってください。」
海斗はしばらく考え込んだ。
だが、今の彼には、その言葉の意味を完全に理解することはできない。
それでも――。
海斗「……はい。」
海斗は短く答えた。
そして、仲間たちの後を追って歩き始める。
そのやり取りを少し離れたところで聞いていた晴明は、目を細めながら微笑んでいた。
それに気づいたセレナが、隣から声をかける。
セレナ「どうしたの? 晴明。」
晴明「いや、何でもない……。」
晴明は前へ視線を戻す。
晴明「行こうか。」
セレナ「えぇ。」
やがて、一行の足音が遠ざかっていく。
コツ……コツ……コツ……。
その音が完全に聞こえなくなった後――。
神楽は一人、静まり返った空間の中で祭壇を見つめていた。
そして、誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
神楽「あなた方のお力添えと……海斗の選択が、打開の鍵となる……。」
神楽は目を閉じる。
神楽「……この導き方で、良かったのでしょうか?天照様……月読様……須佐男様……。」
その問いは、誰もいない静寂の中へと消えていく。
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神木フバ・サマエル陣営
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ルシウスが自室から出てくる。
廊下を歩きながら、少し離れた場所にいたサマエルへ声をかけた。
ルシウス「その後、何か収穫は?」
サマエル「奴らが何か掴んだようだから、使い魔をそのまま追わせた。だが、途中で途切れたくらいだ。」
ルシウス「気づかれて排除されたんじゃ?」
サマエル「それはない……。」
サマエルは腕を組み、険しい表情を浮かべる。
サマエル「おそらく結界……しかも、術などが使えなくなる場所がある。」
ルシウス「なら、その奥に……。」
サマエル「だろうな。」
ルシウスは少し考え込む。
ルシウス「なら、どうすんだ? このままだと時間だけが過ぎるぞ?」
サマエル「慌てるな。手がないこともない。」
サマエルはルシウスへ視線を向ける。
サマエル「お前には追って連絡する。しばし待て。」
ルシウス「はいよ……。」
ルシウスは軽く手を上げると、そのまま自室へ戻っていった。
その背中が見えなくなったことを確認すると、サマエルは一枚の鏡へ手をかざす。
魔力が鏡へ流れ込んでいく。
サマエル「比嘉真玄、聞こえるか?」
すると、鏡の表面が波打つように揺らめいた。
やがて、その向こう側に比嘉真玄の姿が浮かび上がる。
比嘉真玄「どうした? いつもより、かなり早いではないか?」
サマエル「予定変更だ。」
サマエルは淡々と告げる。
サマエル「残る二つのうちの一つの神具……『珠の枝』を手に入れろ。」
真玄の表情が僅かに変わる。
サマエル「それで事態は動く。」
比嘉真玄「ほぉ? どうやって……。封印解除には五つ必要なはずだ。」
サマエル「かなり荒くなるが……四つで十分だ!」
サマエルの目に、強い意志が宿る。
サマエル「手に入れたら、この神木の頂上まで持ってこい。」
そして、低い声で言い放つ。
サマエル「話はそれからだ!」
鏡の中の真玄は、静かに口元を吊り上げた。
ニライカナイの闇の中で、夜の帝国側が新たな動きを始めようとしていた。
事態は、静かに次の段階へと移ろうとしていた。
――――――――――
**62話 完**




