58話 ニライカナイの地へ
海鈴は小さく息を整え、静かに語り始めた。
「私たちニライカナイに伝わる伝承は、おそらく皆さんの知る『竹取物語』より前の出来事だと思います……。」
「かなり要約しますが……。」
「昔、ニライカナイへ豊穣の神々の御使として、一人の天女が月から舞い降りました。」
「天女は人々から慕われ、島は豊かな土地となりました。」
「ですが、一人の強欲な者が島を支配しようとし、豊穣の神々に願いを退けられた後、邪神へ祈りを捧げます。」
「邪神は邪なる御使を遣わし、その者を操りました。」
「やがて邪なる御使は天女へ取り憑き、天女も私欲に支配されてしまいます。」
「島の人々は再び豊穣の神々へ祈り、神々は天女から邪なる御使を引き離しました。」
「ですが、その御使は不死だったため滅ぼすことが出来ず、その力は五つの神具へ分けて封印されました。」
「その代償として、天女は二人の子どもの姿となります。」
「一人は、天女本来の清らかな心を受け継いだ子。」
「もう一人は、邪なる御使の心の欠片を宿してしまった子でした。」
「ですが、その子自身は決して邪悪ではありません。」
「普通の子どもと変わらず優しく、穏やかな心を持っていました。」
「ただ……邪なる心の影響なのか、時折、自分でも理解できない衝動に駆られることがあったと伝えられています。」
「まるで、本能のままに何かを求めるように……。」
「豊穣の神々は二人をニライカナイから連れ去り、島に残った人々へ五つの神具を代々守り続けるよう命じました。」
海鈴はそこで話を終え、小さく息を吐いた。
「……ここまでが、私たちニライカナイに伝わる伝承です。」
晴明は静かに目を閉じ、海鈴から聞いた話を頭の中で整理する。
「……なるほど。」
「ようやく全てが繋がった。」
一同の視線が晴明へ集まる。
晴明はゆっくりと口を開いた。
「君たちニライカナイに伝わる伝承は、おそらく竹取物語とは別の物語ではない。」
「竹取物語へ続く、始まりの物語なんだ。」
「始まり……?」
美雪が思わず聞き返す。
晴明は静かに頷く。
「天女が二人の子どもの姿となり、豊穣の神々によって島の外へ連れ出された。」
「海鈴君の知る伝承は、そこで終わっている。」
「ならば、その後に語られた出来事こそが――竹取物語だったのだろう。」
総司も小さく頷く。
「つまり、竹の中から見つかったかぐや姫っていうのは……。」
「ニライカナイから連れ出された二人のうちの一人ってことか。」
晴明は静かに答える。
「私はそう考えている。」
「そして、おそらく竹取物語のかぐや姫とは、邪なる心の欠片を宿した子だった。」
ジャンヌは驚きを隠せない。
「でも、そのかぐや姫は悪人ではありませんでした。」
海鈴も静かに頷く。
「はい……。」
「あの子自身は優しい子だったと伝えられています。」
「ただ……時折、自分でも抑えられない衝動に駆られていたと……。」
晴明は静かに目を細める。
「その衝動こそが、邪なる御使の本能だったのだろう。」
「五つの神具を取り戻し、自らを復活させようとする無意識の呼び声。」
「だから、かぐや姫は理由も分からぬまま五つの宝を求めた。」
「それが後の世では、求婚者へ与えた五つの難題として語り継がれた……。」
部屋は静まり返る。
千年以上、日本最古の物語として語られてきた竹取物語。
それは創作ではなく――
ニライカナイに伝わる伝承の続きを描いた、もう一つの歴史だったのかもしれない。
晋作は腕を組みながら口を開いた。
「で、夜の帝国は、その五つの神具を集めようとしてるって事でいいんだよな?」
晴明は静かに頷く。
「おそらく、その可能性が高い。」
セレナが腕を組みながら続ける。
「狙いは、邪なる御使の力?」
晴明は少し考え、静かに答えた。
「力そのものというより、注目すべきは邪なる御使が持つ"不死"という性質だろう。」
部屋が静まり返る。
晴明は続ける。
「神々ですら滅ぼすことができず、五つの神具へ分けて封印するしかなかった存在。」
「それほどまでに厄介な存在だったということだ。」
総司が口を開く。
「つまり、夜の帝国はそいつを復活させようとしてるってことか?」
晴明は静かに首を横へ振った。
「……それは分からない。」
「復活そのものが目的なのか。」
「あるいは、不死という性質だけを取り込み、自らの力にしようとしているのか。」
「現時点では判断できない。」
一拍置き、晴明は続ける。
「ただ、完全な復活は難しいはずだ。」
「もし竹取物語が、この伝承の続きだとするなら……。」
「邪なる心の欠片を宿した子は、物語の結末で月へ帰った。」
「少なくとも、この地にはもう存在しないことになる。」
ラファエルは険しい表情で腕を組む。
「つまり、神具だけを集めても完全には戻せない……。」
晴明は静かに頷いた。
「そう考えるのが自然だね。」
「だからこそ、夜の帝国が本当に何を目的としているのか……そこがまだ見えてこない。」
茜が小さく首を傾げる。
「じゃあ、とりあえずニライカナイへ向かうってこと?」
晴明は静かに頷いた。
「そうなるだろうね。」
「……もっとも、準備は必要だけど。」
総司も腕を組みながら口を開く。
「夜の帝国はもうニライカナイへ侵攻してる。」
「急がないと、向こうがどうなってるか分からない。」
セレナは迷いなく頷く。
「そうね。」
「もう始まってしまっている以上、私たちも行くしかないわ。」
美雪は少し心配そうな表情を浮かべた。
「でも……相手は夜の帝国だよ?」
「ゲイ・ボルグの件もあるし、本当に大丈夫なの?」
セレナは小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫かどうかじゃないわ。」
「放っておいて取り返しのつかないことになった方が、後々もっと困るでしょ?」
その言葉に、クー・フーリンが豪快に笑う。
「ははっ!」
「ゲイ・ボルグを狙ってるって話なら、俺も狙われるってことだろ?」
「なら話は早ぇ。」
「俺はセレナの護衛として、晴明たちと一緒に行動する。」
「それなら文句はあるまい?」
セレナは肩をすくめた。
「もっとも、ルシアンが今回の件に関わっているかは分からないけどね。」
「サリエルの時は魔槍には見向きもしなかった。」
「だから、この件はルシアンが単独で動いているだけかもしれない。」
「何も起きない可能性だってあるわ。」
美雪は安心したように微笑む。
「うん。」
「それなら決まりだね。」
海鈴は不安そうに皆を見渡した。
「皆さん……。」
「本当にいいんですか?」
「もしかしたら……死ぬかもしれないんですよ……。」
晋作はニヤリと笑う。
「何言ってんだ。」
「俺たちはAX班だ。」
「そういう厄介事を解決するための組織だろ?」
「それに今回は――。」
「世界機関になってから最初の任務だからな。」
「えっと……。」
晋作が腕を組みながら考え込む。
茜が苦笑しながら口を開く。
「ISEAでしょ?」
「あぁ、それだ!」
晋作は笑いながら頷く。
「世界機関発足後の初任務。」
「悪くねぇじゃねぇか。」
ジャンヌは一歩前へ出て、真剣な表情で口を開く。
「本当なら私たちもすぐに同行したいところです。」
「ですが、一度フランス本国へ報告し、指示を仰がなければなりません。」
「ですが必ず向かいます。」
「たとえ遅れてでも。」
セレナは優しく微笑んだ。
「そこは心配してないわ。」
「国は違っても、もう私たちは仲間なんだから。」
「それに、もしかしたらあなたたちが来る頃には全部終わってるかもしれないしね。」
そう言って、少しだけ悪戯っぽく笑った。
千代女はスマートフォンを取り出し、素早くメッセージを送る。
「とりあえず、松平さんには報告を入れておくわ。」
セレナは感心したように微笑む。
「さすが秘書ね。」
「抜かりないわ。」
千代女は照れたように小さく笑った。
「そんな大したことじゃないわよ。」
「報告だけ済ませたら、私たちも同行するから安心して。」
「もう、みんな仲間なんだから。」
総司は安心したように笑みを浮かべる。
「それは心強いな。」
晴明は腕を組み、静かに考え込む。
「問題は……どうやってニライカナイへ向かうかだね。」
美雪も首を傾げる。
「やっぱり……船かな?」
部屋の中が静まり返る。
「…………」
誰も決定打を思い付かない。
すると、海鈴がおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……。」
「私がいれば……海からでも、空からでも行けると思います……。」
もじもじとしながら答える。
「えっ!?」
一同が一斉に海鈴を見る。
茜は何かを思い付いたように、自分の左肩へ視線を向けた。
「ってことは……シン!」
「出番だよ!」
「キュぅぅ?」
左肩に乗っていた小さな赤龍・シンは、不思議そうに首を傾げる。
その様子に、美雪たちは思わず小さく笑みを浮かべた。
晴明も静かに口を開く。
「それなら私も式神を飛ばそう。」
「シンだけでは乗り切れないだろうし、私の式神も合わせれば全員運べるはずだ。」
美雪は嬉しそうに頷く。
「それなら、すぐに出発できるね!」
ジャンヌは少し驚いたように尋ねる。
「皆さん……準備はよろしいのですか?」
セレナは自分の手首にはめたSDへ軽く触れる。
「大丈夫よ。」
「必要な物のほとんどは、各自のSDに収納してあるから。」
そう言ってSDを見せる。
ジャンヌも納得したように頷いた。
「なるほど……。」
「それなら荷物に困ることもありませんね。」
その時――。
千代女のスマートフォンが小さく震えた。
画面を確認すると、ふっと笑みを浮かべる。
「松平さんから伝言よ。」
一同が千代女へ視線を向ける。
千代女はメッセージを読み上げた。
「『本来なら待機を命じるところだ。だが、お前たちは待てと言っても動くだろう。』」
総司たちは思わず苦笑する。
千代女も続ける。
「『援軍はこちらで手配する。ISEA発足後、初の任務だ。』」
そして、松平らしく短く締めくくる。
「『夜の帝国の陰謀を――叩き潰して来い。』」
その一言に、部屋の空気が一気に引き締まる。
総司は静かに笑みを浮かべた。
「……了解。」
「行こう。」
ISEA発足後、最初の任務。
その舞台は――伝説の島、ニライカナイ。
AX班は、新たな戦いの地へ向けて動き始めた。
ホテルの外。
総司たちは出発の準備を終え、ホテル前の広場へ集まっていた。
澄み渡る青空の下、穏やかな風が吹き抜ける。
晴明は静かに一歩前へ出ると、ゆっくりと印を結んだ。
「では、行こうか。」
穏やかな声とともに、足元へ巨大な陰陽陣が広がる。
淡い光が地面を覆い、神秘的な文様がゆっくりと浮かび上がった。
「顕現せよ――夜天、黒翼。」
次の瞬間。
二本の光柱が空へ向かって立ち昇る。
眩い光が弾けると同時に、二羽の巨大な大鴉が姿を現した。
一羽は鋭い眼光を放つ漆黒の大鴉――夜天。
そして、その隣には同じく巨大な漆黒の翼を広げた黒翼。
二羽は青空を大きく旋回すると、ゆっくりと総司たちの前へ降り立つ。
巨大な翼が羽ばたくたび、力強い風が広場を吹き抜けた。
海鈴は思わず目を見開く。
「すごい……。」
美雪も思わず笑みを浮かべた。
「何度見ても圧倒されるね。」
総司も苦笑しながら頷く。
「相変わらず迫力あるな。」
その横で、茜は左肩へ視線を向けた。
「シン。」
「お願い。」
肩の上に乗っていた小さな赤龍は、元気よく鳴いた。
「キュイッ!」
赤い光がシンの身体を包み込む。
みるみるうちに身体は大きくなり、本来の威厳ある赤龍の姿へと戻っていく。
真紅に輝く鱗。
長くしなやかな身体。
大きく広げられた翼が陽の光を受け、美しく輝く。
「グオォォォォッ!!」
大空へ向かって雄叫びを上げると、その存在感に海鈴は思わず息を呑んだ。
「龍……。」
茜は優しくシンの首筋を撫でる。
「ありがとう、シン。」
シンは嬉しそうに目を細め、小さく喉を鳴らした。
晴明は三体を見渡し、静かに頷く。
「これなら全員乗れるね。」
海鈴も安心したように頷く。
「はい……。」
「私が道案内をします。」
総司は仲間たちを見回し、力強く頷いた。
「よし。」
「ニライカナイへ向かおう!」
その一言を合図に、一同は夜天、黒翼、そして赤龍シンの背へと乗り込んでいく。
伝説の地――ニライカナイ。
夜の帝国との戦いへ向け、一行は大空へと飛び立った。
美雪は周囲を見回しながら、ふと疑問を口にした。
「そういえばニライカナイって、地図にも載ってない島だよね?」
「衛星写真とかでも写らないの?」
海鈴は少し考えながら答えた。
「えっと……。」
「長老様から聞いた話では、島全体が自然の原理を利用して光を屈折させているらしくて……。」
「外からは見えないようになっているそうです。」
「それに、船で近付こうとしても空間が歪む結界が張られていて、普通の方法では島へ辿り着けない……と聞いています。」
少し困ったように微笑む。
「でも……詳しい仕組みまでは、私にも分からなくて……。」
美雪は思わずクスッと笑った。
「ふふっ、そこは分からないんだ。」
海鈴は照れくさそうに頬を赤らめる。
「わ、私……これまで外の世界に興味がなかったので、その辺はあまり詳しくなくて……。」
茜は驚いたように目を丸くする。
「全く外に出たことなかったの?」
海鈴は小さく頷いた。
「はい……。」
「外へ出ようとしても、結界があるので簡単には出られませんから……。」
その話を聞いた晴明が静かに口を開く。
「なるほど……。」
「伝承として語られる『蓬莱島』も、実際にはそうした結界によって隠されていた島だったのかもしれないね。」
総司が晴明を見る。
「蓬莱島って、昔から伝説に出てくる島だよね?」
晴明は頷いた。
「ああ。」
「中国では不老不死の仙人が住む理想郷として語られ、日本でもその伝承が伝わり、数々の物語や文献に登場する。」
「そして本土では『蓬莱』、島の人々は『ニライカナイ』と呼んでいた。」
「呼び名こそ違えど、同じ場所を指していたとしても何ら不思議ではない。」
セレナは腕を組みながら呟く。
「なるほど……。」
「だから竹取物語にも『蓬莱の玉の枝』が登場するのね。」
晴明は静かに微笑んだ。
「そう考えると、多くの伝承が一本の線で繋がってくる。」
「昔の人々は空想で物語を作ったのではなく、断片的に伝わった真実を物語という形で後世へ残したのかもしれない。」
一同は改めて、海鈴の存在とニライカナイの重みを実感するのだった。
晴明は静かに続ける。
「もっとも、同じ島だからといって、そこに祀られている神々まで同じというわけではない。」
「ニライカナイで信仰されている神々は、この国の神道における天津神や国津神とも異なる存在だ。」
「もちろん、仏教の仏や菩薩とも違う。」
「文化も歴史も異なれば、信仰の形も異なる。」
「ただ、人々が豊穣や平和を願い、神へ祈りを捧げてきたという点だけは、どの文化にも共通している。」
晴明は海鈴へ穏やかな視線を向ける。
「だからこそ、本土では『蓬莱』という名で伝わり、物語へ姿を変えた。」
「一方で、島では今も『ニライカナイ』として、本来の信仰が受け継がれてきたのだろう。」
海鈴は小さく頷いた。
「はい……。」
「私たちも、神様は神様として教わってきました。」
「神社やお寺というものも、外の世界へ来て初めて知りました。」
晴明も静かに頷く。
「その違いこそが、ニライカナイが外界から隔絶された地であった何よりの証拠なのだろうね。」
海鈴は少し考えながら答えた。
「ニライカナイの神様は、人を支配する神様ではありません。」
「海や風、大地や太陽、月……。」
「自然の恵みそのものを司る神様です。」
「私たちは、その神様たちをまとめて『豊穣の神々』と呼んでいます。」
「豊かな実りも、海の幸も、雨や風も……。」
「全部、神様から授かった恵みだと教えられてきました。」
「だから神様へは、お願い事をするというより……。」
「日々の恵みに感謝を捧げるため、お祭りや祈りを続けてきたんです。」
「神様は私たちの上に立つ存在ではなく、一緒にこの島を見守ってくださる存在だと教わりました。」
総司は小さく頷いた。
「なるほど……。」
「だから『豊穣の神』なんだ。」
晴明も穏やかに微笑む。
「興味深いね。」
「日本の神道にも自然へ感謝を捧げる考え方はある。」
「だが、神道では天照大神をはじめとした天津神や、大国主命などの国津神といった神々が、それぞれ系譜を持ち、一柱ごとに信仰されている。」
「一方、ニライカナイでは個々の神を崇めるというより、『自然そのもの』を神々の意思として敬っているようだ。」
晴明は少し空を見上げる。
「つまり、神を人格として見る神話ではなく、自然と共に生きるための信仰。」
「同じ自然信仰でも、その成り立ちは神道とは別系統ということだね。」
海鈴は嬉しそうに頷いた。
「はい。」
「長老様も、『人は自然の中で生かされている』と、いつも話していました。」
晴明は静かに頷く。
「だからこそ、豊穣の神々は人の欲を嫌ったのだろう。」
「伝承でも、強欲な者の願いは退けられ、島を守ろうとする人々の願いには応えている。」
「力を与える神ではなく、自然との調和を重んじる神。」
「その思想こそが、ニライカナイという地の根幹なのだと思う。」
総司は感心したように頷いた。
「自然と一緒に生きることを大事にしてきたんだね。」
「だから島のみんなも、あそこまで必死に守ろうとしたんだ。」
海鈴は静かに頷く。
「はい……。」
「ニライカナイは、私たちにとって故郷であり、家族そのものなんです。」
美雪は優しく微笑んだ。
「素敵な場所なんだね。」
「自然に感謝しながら暮らすって、当たり前のことなのに、私たちは少し忘れちゃってるのかもしれない。」
セレナは腕を組みながら小さく息を吐く。
「文化や信仰は違っても、守りたいものは同じ。」
「だからこそ、夜の帝国のやり方は見過ごせないわ。」
晋作は苦笑しながら肩をすくめた。
「結局、全部の始まりは欲ってわけか。」
「昔も今も、人間ってのは変わらねぇな。」
茜は少し寂しそうに呟く。
「そんな平和な島が襲われるなんて……。」
「絶対に取り戻そうね。」
千代女も静かに頷く。
「ええ。」
「そのために私たちは向かっているんだから。」
恒一は前を見据えながら静かに口を開く。
「もう誰も犠牲にはさせない。」
「海鈴ちゃんの故郷も、そこにいる人たちも必ず守ろう。」
クー・フーリンは豪快に笑った。
「ははっ!」
「理由なんざ十分だ!」
「守りてぇ奴がいて、守りてぇ場所がある!」
「だったら俺は槍を振るうだけだ!」
海鈴は目を潤ませ、小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
海鈴は前方をじっと見つめていた。
やがて、その表情が少しだけ引き締まる。
「……皆さん。」
その一言に、一同が海鈴へ視線を向けた。
海鈴はゆっくりと前方を指差す。
「そろそろです。」
「この先を抜ければ――ニライカナイです。」
その言葉を聞き、総司たちも前方へ目を向ける。
遥か先。
青い空と海の境界に、薄く白い霧が帯のように広がっていた。
まるで、何かを隠すように。
晴明は静かに目を細める。
「……結界か。」
海鈴は小さく頷いた。
「あの霧の向こうが、私の故郷です。」
その声には、故郷へ帰れる喜びと、すでに夜の帝国に侵攻されているという不安が入り混じっていた。
総司は刀の柄へそっと手を添える。
「いよいよだな。」
セレナも静かに槍を握り直した。
「ここからが、本番ね。」
伝説の島――ニライカナイ。
その地で待ち受ける真実と、新たな戦い。
AX班は、静かに決戦の地へと足を踏み入れようとしていた――。
58話 完




